(番外編) ダメ姉は、密かに想われる

 ~Side:???~



 ——変な奴。それが……ダメ姉こと、立花マコの第一印象だった。


「初めまして、立花マコだよ。これから3年間、どうかよろしくね!さて……早速で悪いんだけど、一つだけ忠告させて欲しい。これから先何があっても……私の可愛い双子の妹のコマに、間違っても惚れちゃダメだゾ☆コマは私のだからねっ!」


 クラスメイトになって。初対面の挨拶の時に、そんなわけのわからない事を言い放ちながら握手を求めてきたマコ。変な奴だと思った。

 しばらく経って、マコの人となりがそれとなくわかってきてから……そんなマコの評価が変わることになる。


「うぉおおおおお!コマ、コォオオマァアアアアアアアアアア!!!」


 事あるごとに鼓膜が破れくらいのボリュームで。奇声を上げて自分の妹の名を呼び。


「うへへぇ……コマったらなんて大胆な……あ、嘘そんな……こんな場所でお姉ちゃんとイチャイチャするなんて……あ、やめて恥ずかしい……皆が見てるわコマ……♡」(←妄想)


 授業中だろうとお構いなしに。妹とイチャイチャする妄想妄言を垂れ流し。


「てんめぇえええ!!!?うちのかわゆいかわゆい天使なコマに、なぁに晒しとるンじゃボケぇえええええ!!!」


 そして妹に手を出す輩には。ありとあらゆる手段で制裁を下す。


 変な奴、どころの話じゃ無い。マコは今までに見たことが無いくらい…………変な奴。変態で変人な超説シスコンのダメ人間。私の中のマコの評価は、そんな風にクラスチェンジした。

 そんなマコと過ごす学園生活は……それはもう、毎日がドタバタで。それはもう大変なものだった。何かとトラブルメーカーなマコの側に居ると、こっちまでトラブルに巻き込まれてしまうし。前述の通り授業中とか関係無しに、先生に怒られるのすら厭わずに妹愛を叫ぶせいで毎度毎度授業に集中出来ないし。自他共に認めるシスコンで、ちょっと妹さんに絡んだら男女どころか生徒先生関係無しに掴みかかってくるから……それを止めるのにえらい労力が必要だしで……


 そう、本当に……マコは変な奴だ。


「おいーっす。今日も良い天気だねー!おぅ?なーに?何読んでるのー?みしてみしてー!」

「あ……ちょ、マコ……やめて、見ないでよ……!?」

「へぇ……面白そうじゃないの!ねぇねぇ!私も一緒に読んで良い?」

「え?…………あ、うん……別に、いいけど……」


 私みたいな地味キャラに、気軽に声をかけてきて。


「いやぁ、この前借りたあの本!凄く良かったよー!ドハマりしちゃったわ。お陰で授業中に読んじゃって、先生に没収されちゃってさぁ……」

「没収って……マコ、あんたって子は……」

「あっ!大丈夫大丈夫!借りた本はさっきこっそり職員室に忍び込んで取り返してきたから——」

「たぁちぃばぁなぁああああああ!!!!没収品を持ち出したのは貴様かぁああああああああ!!!」

「あっ、やっべ…………す、すまん!そういうわけだから本は返すね!そんじゃ、私は逃げる!さらば!」


 後先考えないダメなやつで、他人のためにバカをやって怒られて。


「おろ?どしたん?なんか今日は気持ちブルーな感じ?」

「マコ……別に、なにも……」

「私で良かったら話してみない?天才なコマと違ってダメ人間全開な私じゃ到底解決出来る気はしないけど……相談くらいなら乗るよ」

「……うん」


 鈍感なくせに変なところで鋭くて。頼んでもいないのに、人の悩みに真剣に向き合ってくれる……そんなお節介焼きで。


「……はぁ。なんか……マコと話してたら……悩んでた事が馬鹿馬鹿しく思えてきたわ……」

「ハハハ!そりゃ良かった!ダメな私でも役に立てて何よりだね!」

「……言っとくけど。褒めてないからね。……もー。ホント、マコと話してると調子狂っちゃうわ」

「おっ……そうそう!その笑顔!やーっぱキミは、くらーい顔よりも。そういうにこにこ明るい笑顔の方が素敵だよ!」

「す、素敵……!?へ、変な事言わないでよね!?」

「えー?本当の事じゃんか。なーに恥ずかしがってんのさ」


 ……凄く変な奴で、不思議な奴だった。側に居るだけで……自然とこっちまで笑顔になれる。それが立花マコという女だった。



 ◇ ◇ ◇



「——そーいやさ。キミ、誰か好きな人とかいないのかしらん?」

「…………え?」


 そんな騒がしくもどこか面白おかしい日々をマコと共に一年、二年と過ごしていたある日の事だった。マコからそう問いかけられたのは。


「い、いきなりどうしたのよマコ……好きな人って……」

「いや、だってさ。キミってあんましラブい話とかしないじゃん?恋バナとか全然参加しないし珍しいなーって思って。誰かいないの?ああいう人が良いとか、ああいう人に興味があるとかさ。……あ!ちなみに私は——」

「いや、マコは言わなくても大丈夫よ。どうせ『一番興味があって一番好きなのは妹のコマなんだー♡』って言いたいんでしょ」

「何故わかった?エスパーか貴様……!?」


 マコのベタなボケ(?)を無視して考えてみる。今更だけど、マコに言われるまで考えた事なんて無かった。好きな人の事なんて、考えた事なんて……

 好きな人。好きな人って……どんな人のことを言うんだろう。一般的には……やっぱりあれだよね。一緒に居ると楽しくて、会えないと寂しくて。見ているだけでドキドキしたり笑顔になれる……そんな存在。

 私にとってのそういう存在って……


「…………ぁ」

「ん?どした?なんで顔真っ赤にして私をジーッと見てるの?」

「え、えっ!?あ、いや…………こ、これは違……何かの間違いであってそんなバカな事あり得ないし……!?」


 気づいた、気づいてしまった……嘘でしょ、私……!?まさか、そんなバカな……!?よりにもよって自分の好きな人が……目の前の——


「ちょ、待てぃ!…………そ、その反応……!まさかキミ……ッ!?」

「ッ……!」

「——まさか、うちの双子の妹のコマの事を好きだとかふざけた事言わないよね!?ゆ、許さん!許さんぞ!お姉ちゃんは絶対に許しませんよ……!?」

「……え?」


 …………あ、ああ……なんだそっちか。


「……うん、まあそうね。別に……その。私今好きな人なんていないけど。マコかコマちゃんだったら、コマちゃんを選ぶわ。マコだけはないわー」

「そりゃそうでしょ。誰だって私よりもコマを選ぶ。私だってコマを選ぶわな!はっはっは!」

「は、はは……ははははは……」


 マコとそんな風に笑い合いながらも。私は内心……今までに無いくらい動揺していた。

 マコの言うとおり……普通、どっちを好きになるかって話なら……マコじゃなくて双子の妹である完璧超人な美人さんのコマちゃんを選ぶのが道理ってやつだ。コマちゃんはあらゆる意味でマコの上位互換だし。


「(けれど、私は……)」


 コマちゃんを見ていても……綺麗だなとは思っても。ドキドキなんてそこまでしないし。コマちゃんが居なくても……ああ、今日はマコが荒れるだろうなとは思っても。寂しいなんて別に思えない。コマちゃんと居て……凄い人だなとは思っても……別段、楽しいって気持ちには……

 そう、そうだ……私が心を揺さぶられるのは……いつだって……


「…………マコ」



 ◇ ◇ ◇



「——皆さま聞いてください。実は私……マコ姉さまと正式にお付き合いする事になったんですっ♡」

「ちょっ……こ、コマ!?い、いいいいきなり何を……!?」

『『『はぁああああああああ!!!?』』』


 好きを自覚して、そう間も無い頃だった。唐突にクラスに現れたマコの双子の妹のコマちゃんが……そんな爆弾発言をかましてきたのは。


『は、ハハハ…………お付き合い?コマさんと……ダメ姉がか?ハッハッハ!……笑えねぇよオイ。どういうことだアァン!?』

『気のせいかしら?コマちゃんと恋人同士になったとか……あり得ない発言が聞こえた気がするんだけど?』

『奇遇だな俺もそう聞こえたぞ。妹ちゃんと想いを遂げられた、とかも聞こえた。さぁてと……立花マコ君?ちょーっと俺らと向こうでお話しようじゃないか。な?』


 学園一人気のあるコマちゃんと、学園一の問題児のマコが付き合うという爆弾発言。これにはクラス中が……いいや学園中が荒れに荒れた。皆がマコに嫉妬した。

 ……けれど、ごく一部の生徒は……全く真逆の反応をしていて。


「……マコ、そんな……嘘……でしょ……?」


 嬉しそうにマコと恋人関係になったと報告するコマちゃんと、否定せずまんざらでも無い様子で顔を赤らめるマコを見て……私は陰で放心していた。


「……二人とも、あんなに……幸せそうに……」


 ……正直に言うと、ショックだった。悔しかった。『マコなら受け入れてくれるかもしれない』というそんな淡い期待を抱きながらも、手をこまねいて告白する勇気すら持てずにいた自分に腹が立った。

 そんな私の気持ちなんて知るわけも無く、マコに想いを伝えて両思いになったコマちゃんをほんのちょっぴり恨んだりもした。


 …………けれど。


「——残念だったわね。マコをコマちゃんにとられちゃって」

「……ッ!?」


 複雑な思いを抱きながら、マコとコマちゃんを遠くから見ている私に。ある女生徒が突然話しかけてきた。自分の内心を読まれたことに動揺しながらも振り向くと……そこには……


「か、叶井……さん……?」


 ……自他共に認める、マコの一番の親友。叶井かなえさんがそこに立っていた。とられたって……こ、この人……何を言って……!?


「な、なんの……話を……」

「あー、いいのいいの隠さなくても。好きだったんでしょ、マコのこと。貴女……ここ最近、無自覚だったマコへの好意を自覚しちゃったもんね」

「んな……!?」


 ピタリと恋していた事を言い当てられて。私は真っ青になって押し黙る。……何故、どうして……?自分ですらほんの数日前にようやくその自分の中の気持ちの正体がわかったっていうのに……どうしてこの人は……!?


「マコの側に居るからさ、否が応でもわかったわ。貴女のマコに向ける熱視線……丸わかりだったもの。……悲しきかな、当の本人はド鈍いから全然気づいてなかったけど」

「……あ、の。何……で……」

「何でわかったのかって?そりゃわかるわよ。……わたしもさ、マコのこと好きだから。そういうマコへの好意とか、なんとなく理解出来ちゃうのよね」

「……はぇっ!?」


 更にそんな叶井さんの一言に驚かされる。か、叶井さんも……マコのことが好き……?


 まさか、と思いながらも……妙に納得してしまう。何せ一時期はコマちゃん共々マコと付き合っているのではと噂にもなったくらいの人だし。あれだけマコと一緒にいるんだ……マコの良さとか、私以上に知っているんだろうし……


「……辛かったわよね。悔しいわよね、やっぱし。わたしの場合は幸運な事に……少し前にマコに告って。直接フラれたからまだ良かったけど。貴女は……自分の想い、伝えられなかったのよね。」

「…………うん」

「そうよねぇ。フラれる以上に辛いわよね。不完全燃焼みたいで。……で。どうする?今更ではあるだろうけど。自分の気持ち、マコに伝えてみる?気持ちの踏ん切りが付けるかもよ」

「マコに、自分の気持ちを……」

「わたしはマコがコマちゃんと付き合おうが何だろうが。これまでも、これからもマコのこと好きで居続けるし。アタックだってし続けるわ。コマちゃんがどう思おうが知ったこっちゃない。……それで、貴女はどうするの?」


 叶井さんに言われて考える。……告白、自分の気持ちをマコに伝える……確かにそれが出来たなら、結果がどうあれ私もすっきりすることだろう。初恋だったし……マコを諦めたくない。万に一つの可能性に賭けてみたいという気持ちも勿論ある。

 けれど、私は……


「……私は、いいや」

「あら。それでいいの?後悔しない?」

「うん……どう考えても、あのコマちゃんから……マコを奪うなんて、私にはとても出来そうにないし…………それに」

「それに?」


 それに。付き合っていると宣言したマコとコマちゃんの二人を見て私は……お似合いだと思ってしまっていた。幸せそうに笑うマコの笑顔が、今までで一番綺麗で……それはもう素敵に見えた。マコの事、好きになってしまったからこそ……あの笑顔を曇らせるなんて嫌だと思った。

 そう思ってしまった時点で……私の恋は、失恋とか関係無しに。もう終わってしまっていたのだろう。

 そういう意味じゃマコに気持ちを伝えなくて良かった。私の気持ちがマコに伝わらなくて本当に良かった。変なところで真面目で一生懸命なあのダメ人間のことだ。きっと私の気持ちを知ってしまったら……困らせる事になっちゃうだろう。

 だから……私はこれでいい。見ているだけで良い。……舞台には、上がらない。


「そっか。貴女がそれで良いなら良いと思うわ。あいつと付き合うってなると……色んな意味で大変だろうからね。やれやれ。お互い、厄介な奴好きになったものよね」

「……あはは。ホントにそうだね……私は、諦めちゃったけど。叶井さんはマコ諦めないんでしょ?頑張って」

「言われずとも。いつかあの妹バカを、必ず振り向かせてみせるわ」

「それじゃあ私は……マコのこと、陰で愛でることにしようかな。それくらいなら……二人の邪魔にはならないよね?」

「所謂隠れファンってやつ?そういうのも悪くないわね。ああ、いっその事。隠れファンクラブでも作ってみたらどうかしら」

「マコファンクラブか…………ははは、それもアリかもね。まあただ。あんなダメ人間、好きになる物好きなんて……せいぜい私やコマちゃんや叶井さんくらいしかいないだろうけど」


 一目を憚らず、コマちゃんと幸せそうにハグしているマコを遠く見つめながら。叶井さんの冗談を笑う私であった。







「と、ところで……叶井さん。聞いてもいい?」

「んー?何かしら」

「マコを陰ながら愛でようと思っているけどさ……それはそれとして。あわよくば……ちょ、ちょーっとだけ。マコをつまみ食いしちゃうのは……アリだと思う?」

「……ふむ。つまみ食いね。ありか無しかで言えば——ね」

「ありか無しかで言ってなくない!?」

「あのコマちゃんの監視の目がある中でマコをつまみ食いとか、無謀だし不可能だもの。コマちゃん出し抜いてマコにつまみ食い出来る方法があるならわたしに教えて欲しいくらいだわ」

「そんなぁ……」



 ◇ ◇ ◇



「——と、まあそんな感じで。今だから暴露したんだけど。中学時代からマコってば地味にモテてたって話よ。類は友を呼ぶ、なんて言うけれど。マコに淡い恋をした女子生徒がいつの間にやら集まって。気づいたらマジでマコファンクラブが出来上がってたわ。罪作りな女よねマコは」

「い、いやいやカナカナ?流石にファンクラブは嘘でしょ。……流石にそこまで好意を持たれてたら……鈍いって自覚ある私でも気づいてたと思うよ」

「……ほーんと。罪作りな女よねマコは」

「なんで二度も言ったし……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る