ダメ姉は、修学旅行へ出発する(その12)

 ご存じだと思うけど。マイプリチーラブな双子の妹のコマは……ひじょーにお酒に弱い。ウイスキーボンボン一かじりしただけでも。ほんの数滴お屠蘇を舐めただけでも。速攻で酔う特技(?)を持っている。

 それに加えてアルコールが入れば入るほどにタガが外れてしまう。酔った状態だと理性が吹っ飛び、本人曰く普段から抑えている色んな感情がこぼれ出すらしい。そもそもの大前提として私たちはまだ未成年で、お酒を飲んでも良い年齢に達していないから試行錯誤とかもあんまり出来ないんだけど……過去の前例を見るに、アルコール度数が上がればそれに比例してコマの暴走度も上がってゆき……より激しく、淫らに、大胆に酔ってゆく傾向があるみたいだ。


 さて。ここで一つどうでもいい余談なんだけど。ご飯のお供にとっても合う奈良漬というお漬物には……結構な量のアルコールが含まれている。度数で言うと3.5度以上のアルコールが含まれている事が奈良漬の定義らしく、一般的に出回っている奈良漬には5度以上のアルコール分が含まれているんだとか。

 これはつまりビールや缶のチューハイと同じくらいのアルコールが含まれているという事だそうだ。……そんな代物を、お酒に超弱いコマが食べてしまったらどうなると思う?


「…………ふ、ふふ……ふふふ……」

「あ、あの……コマ?」

「…………ふふふふふふ」

「コマちゃん?コマさん?コマさま?ええっと……」


 答え、こうなる。それが奈良漬だと知らずに、店員さんに勧められるがままぱりんぽりんと試食してしまったコマ。気づいたときにはもう遅い。

 完全暴走酒乱モードになったコマにお姫様抱っこされ、そのまま近くのホテルに連れ込まれ。厳重に鍵をかけられて……部屋に着いた早々コマに私はベッドへと放り込まれていた。


「…………やっと、やぁあっと……二人っきり、ですね……マコ姉さま……」

「あ、うん……」

「私たちの仲を……邪魔する……鬱陶しい輩は……もう誰もいませんね……」

「そ、そうだね……」


 ブレザーを脱ぎ、シャツをはだけ。コマはベッド中央にいる私に舌舐めずりしながらにじり寄ってくる。アルコールに酔い、とろんと正気を失った目……その目は怪しく鋭く光り、私だけを見つめていた。

 い、いかん……この状態のコマは……


「あ、あのねコマ!い、今折角滅多に来られない京都に来てるわけだし……京都でしか出来ない事もいっぱいあると思うんだ私!?コマが多分今考えていることは、お家に帰ったらいっぱい出来るはずだし……正気に戻ったらコマもきっと後悔すると思う。だ、だからまずは京都での思い出作りに二人で観光を―――」

「姉さま…………黙って。んむ……っ」

「ぁ……んぅ……」


 このままじゃ多分京都観光どころの話じゃなくなると察し、一生懸命コマに説得を試みた私。けれども私のそんなささやかな抵抗は、コマのキス一つでかき消される。


「……んちゅ……ちゅ……ちゅぅ……」

「んンっ……!んぅ、ぅんんん……ッ」


 思えば修学旅行へ来てからずっと。日課のコマとのキスがお預けだった。挨拶代わりのキス、行ってきますのキス、ただいまのキス、お休みなさいのキス……その全てがお預けされていた。……その反動だろうか?3日ぶりのコマとするキスの味は、びっくりするくらい気持ちよくて……私を容易に腰砕けにする。


「ぁは……♪ねえさまの、ねえさまとのキス……好き、すきぃ……」

「こ、ま……ふぅ……あむ……」


 柔らかなコマの唇が私のと重なり合う。全身の力が抜け、なすがままにコマのキスを受け入れてしまう。お互い3日分のキスを埋め合わせるように、長く、長くキスをする。


「姉さま……おくち、開けて。ね?お願い」

「んー!んんー!!」

「ぁん……閉じちゃダメ……開けないなら、こじ開けちゃいますよ……?」

「ッ……ん、ぐぅ……」


 唇で唇を食み、軽く歯を当て甘噛みされ、舌先でチロチロとなぞられて。耐えきれずに思わず開いた口。そこへ間髪入れずにコマの舌がヌルリと侵入してきた。生き物みたいに縦横無尽に這うコマの舌が私の口腔内を蹂躙してゆく……


「ら、らめ……コマ、待っ……」

「ダメ、じゃないでしょう?良い、でしょう?ね?姉さま、気持ちいいでしょう?私とのキス、きもちいいでしょう……?」


 イヤイヤと首を振ってみたけれど、コマはキスをやめようとしない。やめないばかりかますますエスカレートしてゆく。チュッチュッとわざと音を立ててみたり、歯の一本一本を磨くように舌で擦ったり、ほっぺたの内側を舌先でくすぐったり。


「ふ、ぁあ……はぁんっ!」

「ちゅ、ちゅぅうう……じゅるる……れろ」

「んぐぅううう!?」


 そして……私の舌に自分の長く綺麗なその舌を絡みつかせてくる。重なり合い擦れ合うたびに背筋がゾクゾクと痺れてしまう。強烈な快感からすがるように私もコマを抱きしめると、嬉しそうにコマは抱きしめ返してきた。


「ふ、ふふふ……やっぱり。姉さま気持ちいいんだぁ♪えへ、えへへ……良いですよ、もっと……もぉっと……してあげますからね」

「ぁ、ぅぁ……は、ぅぅ……」

「ちゅ、ちゅぅ……じゅる、ちゅぷ……」


 口の中はもうぐちゃぐちゃだ。互いの唾液が混ざり泡立ち溢れて口の端から漏れ出す。それを見計らい、果実から汁を絞り取るように私の舌を唇で挟み、コマは思い切り吸引する。

 じわりと口の中で溢れていた唾液はコマにぜんぶ吸い取られてコマのお口の中へと渡り。そしてコクンコクンと喉を鳴らし、コマに美味しそうに飲み込まれていく。


「甘い……美味し……姉さまもっと、もっとください」

「ハァ、はぁ……やぁだぁ……すわ、ないでぇ……」

「嘘。ほら、見て姉さま。姉さまの顔、『もっとシて』って言ってますよ」

「ぇ……ぁぅ」


 私の上に跨がっていたコマは、おかしそうな顔で壁側を指さす。何のことかと釣られて見ると……ホテルに備え付けてある鏡が見えた。そこにはだらしなく半開きした口から唾液を零し、濡れた瞳で快楽に酔いしれる自分の間抜けな姿が映っていた。

 かぁっと顔が熱くなる。やだ、これじゃコマの言うとおりじゃない。コマとのキスを催促しているみたいじゃないの……


「わかりました?じゃあ、姉さま……続きしましょう。もっと、もっと……姉さまを満足させてあげますからね……」

「ぅ……だ、ダメ……ッ!」


 シャツの裾から手を差し入れて、次なる行為を始めようとするコマ。恥ずかしさを隠すように、私はそんなコマをどうにか押しやって起き上がる。ダメだ……このまま流されるわけには!


「も、もうやめようコマ……!キスは、もうおしまい!」

「え……?おしまい……?」

「折角、修学旅行に来てるのに。こんな爛れた事ばかり……ダメだよ……」

「……ダメ?」

「こういうことはさ。明日、お家に帰ってからいくらでも出来るよ。だから……ね?お願い、今は……」

「……姉さま」


 こんなにキスで興奮しておいて、こんなにおねだりしてる顔を見せておいて。なんとも説得力のない拒否の仕方だなって自分でも思う。でも……多分コマが正気に戻ったら、酔って私を襲った事をまた後悔するだろう。何より折角の京都観光する機会を失ったって悲しく思ってしまうだろう。ならば姉として。心を鬼にして拒絶してあげないと。

 そう思いコマを諭すように私が言うと、コマはさっきまでの意気揚々とした表情に……薄暗い陰りを見せる。


「姉さまは、私とのキス……嫌なんですか……?」

「とんでもない!嫌なわけないよ!でもね、流石に今日ばかりは―――」

「……嫌、なんですね……ごめんなさい。でも私には、こういう方法しか。姉さまを繋ぎ止められないんです。これしか繋ぎ止める方法を知らないんです……」

「え?こ、コマ……コマ?」


 繋ぎ止める?コマ、一体何の話を?


「最近の……姉さまは。昔ほど私を求めてくれない……そんな気がしていました……もしかしたら、飽きられたんじゃないかなって……密かに、思っていました……」

「は、はぁ!?何を、言ってんのコマ!?」


 いきなり何を言っているんだこの子は!?よりにもよって、この私が!コマの事を求めない!?コマを飽きる!?それだけは世界がひっくり返ってもあり得ないんですけど!?


「だって、だって……昔は、私が何かするたびに……鼻血を出して喜んでくれたり。授業中であろうと大声を上げて私を呼んでくれたりしたじゃないですか……それなのに……ここ最近の、姉さまは……全然そういうこと……してくれなくなったじゃないですか」

「…………い、いやまあそれは確かにそうかもしれんけど……」


 逆に聞くがコマちゃんや?高校生にもなってそんな奇天烈な事続ける双子の姉の姿とか、君は見たいと思うのかね?


「……私は……マコ姉さまだけしかいないんです。マコ姉さまが全てなんです。……ですが、マコ姉さまは……私じゃなくても、周りに素敵な人がいっぱいいます。例えばかなえさま、レンさま、先生……」

「ッ!こ、コマ……まさか、泣いてるの……!?」

「泣きたくも、なりますよ……皆さん……私よりも素晴らしいものを持っています。愛らしさや人懐っこさはレンさまが。料理の腕では先生が。かっこよさや親密さでは……かなえさまが。姉さまを慕う皆さまは、全員素晴らしいんです……」


 ため込んでいた感情を爆発させるように。コマはそう言葉を紡ぎながら目に涙を浮かべる。


「私は……今まで誰かに勝てなかった事、なかった。理想の姉さまの妹として居続けられた。だから姉さまに好きでいてもらえてた……でも、最近は……色んな人に負けっぱなしで……完璧な存在の妹としての自分が出せないでいて。……姉さまが好きだって思ってくれた妹じゃなくなってきてる……」

「違う、違うよコマ……私は、どんなコマでも大好きだよ」

「はい……姉さまはそう言ってくれるって、わかってます。けど……不安なんです。ここ最近はずっと不安だった……姉さまが、他の誰かに取られちゃうんじゃ、ないかって……」

「そんなの……」


 そんな事を考えていたの?そんな悲しそうな顔をしちゃうくらい、不安を抱えていたのコマ……?


「他の皆さまには無い、私の唯一誇れそうなものって言ったら……この、キスくらいしかないって。だって……これは。私が味覚障害になった時から始まった……姉さまと私を繋ぐ、唯一絶対のものだから。だから……これを無くしたら、もう私には……何も……」


 ようやく酔いが回ってきたのだろうか。こくりこくりと船を漕ぎ始めるコマ。それでも最後まで必死に自分の思いを私に告げようとする。


「……だから、ねえさま……おねがい。どうか……私の、こと……嫌いにならないで……?私を、すてないで……」


 そう呟いて、コマは涙を一粒こぼし。コマは倒れ込むように私に覆い被さって……静かに夢の中へと向かっていった。


「…………コマ」

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