ダメ姉は、アルバイトする(その3)
『…………私も、姉さまと一緒にバイト。させてもらいます』
―――そして迎えた日曜日。人生初のアルバイト当日。
「……で?つまりこういう事?マコがバイトで悪い虫に引っ掛からないように。監視も兼ねてコマもバイトする事になったと」
「う、うん……そう言う事になるね」
「あ、あはは……ひ、ヒメさま。突然の追加バイトですが……どうかよろしくです……」
急遽我が愛しきコマもアルバイトに参加する事になった旨を、アルバイトを紹介してくれた親友であるヒメっちに説明した私。カナカナは私のその説明にハァ……っとため息一つ吐き。
「……心配性。過保護。シスコン。束縛女。気持ちは分からんでもないけど、コマはさぁ……」
「返す言葉もございません……」
呆れた様子でコマに辛辣な言葉を贈る。流石のコマも無理を言った自覚はある様子で、しおしおと身を縮ませてヒメっちのセリフを甘んじて受け止めている。
「ま、まあまあヒメっち!募集自体は確か二、三人欲しいって書いてあったわけだしさ!完璧超人なうちのコマなら接客とかすっごい上手っぽいし!私なんかよりもよっぽど即戦力になるよきっと!」
「……ん。まあ、確かに優秀な人材は多いに越したことはない。一応、店長にもさっきメールして説明しといたから。『可愛い女の子のアルバイトなら一人や二人増えても全然問題ないわよー。寧ろ助かっちゃう♪』って了承も貰ってる」
「あ、ありがとうございますヒメさま……!」
「ありがとねヒメっち!」
呆れながらもちゃんとコマがバイトに参加する事を許可してくれてるヒメっち。なんだかんだで面倒見がいいのもこのマザコンの良いところ。
「……ただし。バイト中にマコとイチャイチャし始めたら、蹴り飛ばすからそのつもりで。マコもそのつもりでお願いね」
「「…………善処します」」
ぎろりと私とコマを睨み忠告するヒメっち。肝に銘じておくね……
「……とりあえず、そろそろ予定の時間。軽い面接もあるからさっさと入るよ」
「「はーい」」
そんなこんなでヒメっちに従って、早速喫茶店へと足を踏み入れることになった。
◇ ◇ ◇
「―――いらっしゃーい♡よく来てくれたわね。今日一日、みんなよろしくねー」
「「「よろしくお願いします」」」
私たち一行を出迎えてくれたのは、一目見ただけで柔らかなオーラを醸し出すいわゆるゆるふわ系お姉さんチックな店長さん。
「立花さんちのマコちゃんとコマちゃんね。慣れないお仕事で大変かもしれないけど、どうか頑張ってね!」
にこにこ笑顔で私とコマの手を取って握手をし、ぶんぶんと手を振る店長さん。あれ?なんかすでに私たちも働く流れになってるみたいだけど……アルバイトをするにあたっての初めの一歩というべき面接はどうしたんだろう?
「あの、店長さん?こちらとしてはありがたいんですけど……面接とかしなくて良いんですか?」
「私たち、履歴書書いてきたのですが……必要ではないのですか?」
気になってコマと一緒にそう問いかけると。店長さんは笑みを絶やさずこう答えてくれる。
「あー、いいのいいの。面接なんて必要ないわ。ヒメちゃんから事前に話は聞いてるもん。マコちゃんとコマちゃんがどういう子たちかはちゃんと分かってるつもり」
「そうなんですか?」
「うん。ヒメちゃんが自信を持って推してくる子たちなら信用できるし、実際に会ってみてすぐわかったわ。二人とも明るくて、人当たり良さそうで、一緒に働けると楽しそう。店長として採用するに十分値する、とっても素晴らしい子たちよ」
「店長さん……」
出会って早々に自分たちの本質を見透かされ褒めて貰えて、ちょっと気恥しいけど嬉しい。店長さんにこんなこと言って貰えて働かせて貰えるなら、その期待に応えられるように頑張って働かないとね。
「それにねー」
「「……?それに?」」
「二人とも、ヒメちゃんのお友達なだけあって超絶に可愛い!もうね、ぶっちゃけこれだけで即採用よ!うふふ♪眼福眼福♪可愛い女の子が仕事場に増えて、お姉さん嬉しいわぁ」
「「……」」
店長がそんな基準でバイト採用して大丈夫なんだろうか……?
「……店長がそんなてきとーに面接するから店員も碌に増えないし、バイトからもすぐに逃げられるんだと思う。可愛い女の子なら問答無用で雇おうとする癖、直した方が良い」
「たはー……ヒメちゃんきびしー。ま。とにかくよろしくねーマコちゃんコマちゃん!」
「は、はぁ……」
「よ、よろしくです……」
一抹の不安を抱えつつも。とにかくバイトの面接(?)はクリア。早速お仕事内容について尋ねることに。
「ええっとね。大きく分けるとホールで接客と、それから厨房でお料理の二つのお仕事があるんだけど……どうしよっか?ヒメちゃん、マコちゃん、コマちゃん。どこで働きたいとか希望はある?」
「あ、はい。店長さま。私、希望があります」
店長さんのその問いかけに。真っ先に手を挙げたのはコマだった。おぉ……ちょっと意外だ。昔から頼まれた仕事は完璧にこなすのがうちの嫁。てっきり『どこでも大丈夫です』と言ってくるとばかり思っていたんだけど……
はてさて。コマは一体何処で働きたいのだろうか?
「はいはーい。希望があるなら遠慮せずに言ってねコマちゃん」
「では遠慮なく。是非とも厨房で働かせてください」
ほほぅ、厨房か。味覚障害が完治してからはお料理だってちゃんと出来るようになったわけだし、最近はますます完璧超人に磨きがかかっているのが私の嫁。きっとお料理も完璧に仕上げてくれるだろう。
「わかったわ。ならコマちゃんは厨房でお料理担当ねー」
「え?……ああ、違いますよ店長さま。誤解です。私はどこででも働くつもりですから」
「「「え?」」」
「私ではなく―――是非ともうちの姉さまを厨房で働かせてください。それが私の希望です」
「へっ?わ、私?」
なんて思ったのもつかの間。そんな事を言い出したコマ。自分の働きたい場所の希望じゃなくて……私に働いてほしい場所の希望……?
確かに私的には慣れない接客よりも、やりなれている料理が出来る厨房の方が助かるけど……何故にコマはこんな希望を……?
「姉さまがホールで接客なんてしたら……姉さまに優しくされて勘違いをしたりナンパするような不届き者がいつ現れるのか分かったものではありませんからね。お客のいない裏方でお料理をしてくれた方が私としては助かります」
「そんな理由!?」
い、いやだからさ……天使みたいにかわゆいコマをナンパするならともかく。私をナンパする希少生物はそういないってば……
「……うん、わかってた。大方、そんな理由だろうなとは思ってた」
「あはは!ヒメちゃんの言ってた通り、ホントにコマちゃんってお姉ちゃん大好きっこなのねー。いいわよ、なるべくはお料理が得意な子に厨房で働いてほしいって思ってたし。マコちゃんは厨房担当でよろー♪」
コマのそんな発言にヒメっちはまたもやれやれとため息を吐き。店長さんは大笑いをしながら私の働く場所を(勝手に)決定する。
……あの、どうでもいいけど当事者である私の希望とかは……聞かないんですか店長さん?いやまあコマから直々に指名されたようなもんだし、謹んでお受けいたしますがね……
「無事にマコちゃんの働く場所も決まったところで。ヒメちゃんとコマちゃんはどこがいい?」
「……私は口下手だし。接客に不向き。出来ればマコと一緒に厨房で料理がしたい」
「はーい。んじゃヒメちゃんも厨房でけってーい。あとは……ごめんねコマちゃん。ホールに一人くらいはウエイトレスとして入ってもらいたいから。コマちゃんはホールで接客でもいーい?」
「ええ構いません。姉さまの安全さえ確保出来るなら、私はどこでも大丈夫です」
「ありがとー♡それじゃあコマちゃんはホールね」
あっという間に各々の担当も決まった。コマはホールで私とヒメっちが厨房か……コマと離れ離れになっちゃうのは寂しいけど。それでもめげずに頑張ろう。これも全てはコマへ素敵な恋人記念日のプレゼントを買うためだもの。
「さて。それじゃあ早速各担当の仕事内容の説明をしたいんだけど……その前に。マコちゃん、コマちゃん。先に聞いておきたい事があるんだけど」
「「はい」」
「二人ってさ……S?それとも……M?ヒメちゃんのは知ってるけど二人のは知らないし、教えてくれないかしら」
「「えっ……?」」
唐突にそんな事を聞かれる私たち。私とコマがSかMかって?そんなの一目見れば一目瞭然なのでは?
「そうですね。私は……どちらかと言えばSで。姉さまは見ての通りの生粋のMかと」
「ん……?いや、違うくない?逆でしょう?私はどう見てもSだけど、コマは……どっちかというとMだと思うよ」
コマは日を重ねるごとに美しく、そして逞しく成長しているというのに。姉の私は相も変わらず、胸ばかりが成長して背丈は昔と変わらないままだ。だから服のサイズ的には私がSで、コマがMがちょうど良いはず。
「え……?い、いえ……そんなハズありませんよ。私はSかMかははっきりしませんが……姉さまは誰がどう見てもMかと……」
「い、いや……私はどう考えてもSじゃないとおかしくない……?」
「姉さまがS……?確かに姉さまは……時々はグイグイと来て私を
「んんん……?」
「ええっと……?」
「「???」」
おかしい。なんかコマと話が絶望的なまでにかみ合っていない気がする。待って、なんで急に昨日の夜の恥ずかしい話を暴露してるの?
「……コマ、違う。何か盛大に勘違いしてる。店長は服のサイズを聞いてるだけ。制服のサイズがSかMかを聞いてる、ただそれだけ」
「え?…………あっ。も、ももも……勿論ですともヒメさま!?べ、べべべ……別に勘違いなどしてはいませんよ。う、うふふ♪ええ、姉さまの仰る通りです。誰がどう見ても私がMで姉さまがSですね!」
「おーいコマさんや?まさかとは思うけど……今のSかMかってやつ……性癖の話と勘違いしたわけじゃあるまいね?」
「違いますよマコ姉さま。そんなとんでもない勘違い、するわけないじゃないですか♡」
笑顔で誤魔化してくるコマは抱きしめたくなるくらい可愛いけれど。流石に異議を唱えたい。だから私は……Mなんかじゃないってば……!
「はいはいりょーかい。じゃあMなマコちゃんにはSサイズの制服を。んでもってSなコマちゃんにはMサイズの制服を用意するからちょっと待っててねー」
「店長さぁん!ですから私は決してMじゃないんですけどぉ!?」
いかん、今ので店長さんにまで妙な印象が植え付けられた模様。変なトラブルが起こる前に、早いうちに誤解を解いておきたいところだ。
「(あ……ところで店長さん。店長さんに一つ頼みたいことがあるんですけど……)」
「(……?なぁにマコちゃん?)」
と、SM話はさておきだ。制服を取りに向かおうとする店長さんを引き留めて。コマに聞こえないようにとある相談事をする為にこっそりと耳打ちする私。
「(うちのコマの制服なんですけど……なるべく大人しそうな、露出の少ない清楚な感じのやつを着せてあげて欲しいんです)」
「(露出の少ない清楚な感じ?)」
「(はい。変な客に下手に目をつけられて、それでナンパでもされたら困るんで。間違ってもどっかのいかがわしい風俗店で働くような格好とかさせないでくださいね。絶対ですよ?いかがわしい格好は絶対にNGですからね?)」
「(ああ、なるほどね。わかっているわよマコちゃん。安心して、お姉さんに全部任せて!)」
ナンパ対策として念を押してそうお願いすると。全てを理解したと言わんばかりに頷いてくれる店長さん。よしよし。これだけ念押ししたら大丈夫だろう。
「それじゃ改めて。制服を取ってくるわ。……あ、でもコマちゃん。コマちゃんの制服はホール用でちょっと一人で着るのが難しいと思うから。お姉さんと一緒に来てくれないかしら。着替え、手伝ってあげる」
「あ、はいです。では……すみません姉さま、ヒメさま。先に着替えさせていただきます」
「はーい。いってらっしゃーい」
「……お先にどうぞー」
そう言ってコマと店長さんは二人ロッカールームへと向かっていく。
『―――ちょ、ちょっと店長さま……!?こ、この制服は流石に……』
『だーいじょうぶ大丈夫。マコちゃんの強い希望で。コマちゃんにはこういう服を着てほしいんだってー』
『ほ、本当に……?う、うぅ…………ね、姉さまの希望でしたら……し、仕方ない……です、よね……?』
そしてその数分後。ロッカールームからそんな声が聞こえてきたかと思うと、バンっと勢いよくロッカールームの扉が開かれ。
「…………お、お待たせしましたマコ姉さま……ヒメさま……」
「(ブシュァアアアア!)~~~~~~~っ!!??!!?」←言葉にならない歓喜の悲鳴と鼻血の噴射音
中から現れたコマのお姿を見て。久しぶりに盛大に鼻血を噴射する私。そりゃそうだろう。だってコマの今の格好は……
「ど、どう……ですかね?に、似合いますか……?」
「……うん。まあ、似合うっちゃ似合うけど……さてどう思うマコ?」
「似合い過ぎて色々とアウトだよぉ!?」
ご立派な胸の谷間、すべすべの太ももやスラリと伸びた生足、傷一つない美しい背中がはっきり見えるように大きく開かれたうえ。ボディラインがこれ以上ないほどに強調されたタイトでピンクなミニドレス。予め私が店長さんに頼み込んだ『露出の少ない清楚な感じのやつ』とは真逆の。いかにもいかがわしいお店で客を相手取ってますと言わんばかりなセクシーすぎる大人の女性が着る……ぶっちゃけ言い逃れ出来ないほどにえっろい格好だったのだから。
どう考えても喫茶店のウエイトレスのする格好ではない。断じてこれはない。
「オウ、店長さんや。私頼みましたよね?コマにいかがわしい格好はさせるなって。露出の少ない清楚な感じでよろしくって。…………これのどこがそうなんですかねぇ!?」
思わず店長の胸ぐらを掴み。だらだら鼻血を垂れ流しながら抗議する私。
「え……?あら?違ったの?これ以上なく念を押してたから……てっきりマコちゃん『こういうエッチな服を着たコマが見たいです!コマに着せてやってください』っていうフリなのかと……」
「フリじゃねーですよ!?」
見たくないかと問いかけられれば見たかったと正直に言わざるを得ないけど。とりあえずこんな格好で接客など言語道断。この後すぐにコマには先ほど注文した通りの清楚な格好に着替えて貰う事になった。
ああ……なんか。バイト始まっても居ないのにすでにどっと疲れたわ……
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