第98話 ダメ姉は、待ち合わせする
私、立花コマは……恋をしています。相手は自分の半身の―――双子の姉のマコ姉さまです。
恋を自覚するきっかけは、今から数えて6年前。雨が酷く降り、耳をつんざく雷が鳴り響く6月のある日の話です。
季節の変わり目のせいか、はたまた毎日のようにくだらない喧嘩ばかりをしている父と母たちにストレスを感じていたせいなのか。ともかくその日の私は体調を崩し、朝から熱を出していました。
「それじゃ、まかせて!おねーちゃんがこまをビョーインにつれていってあげるよー♪」
「い、いいよ……お姉ちゃんは学校いかなきゃ。病院はおかあさんたちにつれていってもらうからだいじょうぶだよ」
当時から慈愛の天使のように優しく頼りになるマコ姉さまは、熱のある私の看病の為に学校を休もうとされていましたが……
『小学生ふたりで病院にいくのはちょっとむりがある』
『お姉ちゃんがいないと心ぼそいけど、大好きなお姉ちゃんにめいわくかけたくない』
などと思い至り、その姉さまのありがたい提案を断腸の思いで断って私は姉さまに学校へ行くように説得しました。
「こま、じゃあちゃんとおかあさんたちにビョーインつれていってもらうんだよ。おねーちゃんもすぐにかえるからね」
「うん……待ってるね」
(かなりギリギリまで姉さまは渋っていましたが)そうやって私を心配してくれる姉さまを学校へと送り出した私。
……ここまでは良いのです。問題はこの後です。
『大体、あんたが浮気なんてするから私も―――』
『ふざけるな!だからって浮気していい理由には―――』
『先に浮気したのはあんたなのに、何を偉そうに―――』
姉さまが学校へと向かった後も、父と母のいつもの朝の喧嘩は落ち着くどころかヒートアップ。二階で熱に苦しむ私にも一階で怒鳴り散らす二人の声が届くくらい言い争いは白熱していました。
二人の怒鳴り声が痛む頭に響いて辛かった……声のボリューム的にも、その喧嘩の内容的にも聞きたくない話で正直うんざりでした。
「(……やっぱり……病院……お姉ちゃんに、つれていってもらえばよかったかな……)」
二人の声が届かないように布団を頭からかぶり、そんな事を考えながら少しでも体力を回復させるべく眠っておこうと考えた私。
…………まさかこうやって私が眠っている間に、両親共々喧嘩に気を取られ風邪を引いている娘の存在などすっかり忘れて出かけるなんて……流石に予想外でしたね。
数時間後、胸と肺を鷲掴みされたような息苦しさと全身をガタガタと震わせる寒気に起こされて目を開いたら……時すでに遅し。父も母も私に一声もかけることなく、そのくせ鍵だけはしっかりかけて家から姿を消していました。
……ああ、ちなみに。誤解の無きように先に申しておきますが。別に私はあの人たちに……両親に自分の存在を忘れられたこと自体は正直言うとどうでもよかったのです。
怒りもなく、悲しみもなく。本当にどうでもよかった。『ああ、あの人たちらしいな』『やっぱり、私のみかたはお姉ちゃんだけ』としか思わなかったですし。
「……こまった……」
まあ、そんなわけで両親には大して期待はしていなかったのですが……この時ばかりは私もちょっと焦りました。自分の身体です。自分が今どんな状態なのか自分が一番よくわかっています。怖いくらいに熱発があり吐き気もあり全身には倦怠感がありました。
幼いながらも『今すぐ病院にいかないと、たいへんなことになる』と身体が警告を発していて……そんな状態なのに家には誰もいないというこの状況。そりゃ焦りますよね?
「とりあえず……きゅうきゅうしゃ、を……」
このままベッドで休んでいても状況は悪くなるばかり。頼れる人間が居ないなら、自分で動くしかありません。まずは救急車を呼ぼうと重たい身体をどうにか動かしてベッドから抜け出す私。
「…………あ、れ……?」
……ところがです。ベッドから抜け出した瞬間、脚に全く力が入らずにそのままガクンと膝から崩れ落ちてしまいました。
「…………うそ……うごけ、ない……?」
すぐさま起き上がろうとしましたが、手足どころか指先すらもまともに動かせません。マズい、これはちょっと冗談じゃなく本気でマズい……
「だ……だれかー!だれかいませんかーっ!助けてくださーい!きゅうきゅうしゃ、よんでくださーい!」
自分が動けないのなら、外にいる誰かに助けを呼ぼう。ご近所の皆さまか通行中の皆さまに気付いて貰えるように私は必死に声を張り上げました。
ですが……外はあいにくの大雨。おまけに追い打ちをかけるかのようにゴロゴロと雷鳴が轟いて、私の声など誰にも届くことはありませんでした。……私、この一件のお陰で雨と雷が今でもちょっと苦手です。
それでも私は懸命に叫び続けましたが、次第に声も掠れて出なくなってきました。急に立ち上がったり倒れたり声を張り上げたせいで熱は更に上がっていきます。
それに伴い目がかすみ、意識が朦朧としだして……本格的に、死を意識してしまい……絶望しました。死の恐怖に震えました。
「(……だれか……たすけて……やだ……しぬのは、いやだ…………たすけて……たすけて……たすけ……)」
もう碌に声も出なくなって。もう碌に考える事も出来なくなって。最後に脳裏に浮かんだのは、一番大好きな双子の姉のマコ姉さまでした。
「……おねえちゃん……おねえ、ちゃん……おねぇ……ちゃ……ん」
どうせ死ぬなら……せめて一番大好きなお姉ちゃんに会いたい。一目で良いからお姉ちゃんの姿を見たい。そう思ったら、自然と私は姉さまを呼んでいました。
呼ばずにはいられませんでした。そうしないと……辛くて苦しくて、どうにかなってしまいそうだったから。
でも無駄です。私の声なんて姉さまに届くハズありません、だって姉さまは私が学校に送り出したんですよ?時間的に、まだ姉さまは学校にいるはず……
いくら呼んだって、姉さまが来てくれるなんて―――
ダァンッ!!!
「(…………ぇ?)」
絶望の果てに気を失いかけたその時です。突如として蹴り破る勢いで部屋の扉が開かれました。この時の私……病気とは別の意味で、心臓が止まるかと思いました。何故かって?だって……
「―――ま……こまっ!?こま、だいじょうぶ!?しっかりして!?」
「…………おね……ちゃ……?」
……現れたのは父でも無く母でも無く、私が是が非でも会いたいと強く願っていたマコ姉さまだったのですから。
届くハズないと思い込んでいた私の呼びかけに、応えてくれたマコ姉さま。
部屋の中に飛び込んで来た姉さまは、倒れている私をすぐさま抱き起し……懸命に呼びかけてくれました。
その小さな体のどこにそんな力があったのか、姉さまはそのままぐったりしている私を抱っこして一階へ連れてゆき、救急車とめい子叔母さまを電話で呼んでくれました。
片方の手で冷たくて気持ちの良い氷を私の額に当てながらも、その間も姉さまはもう片方の手で私の手をしっかりと握って……救急車が到着するまで頑張れ頑張れと必死になって励ましてくれました。
…………私は一生、この出来事を忘れないでしょう。生死の境を彷徨いかけた私に救いの手を差し伸べてくださった姉さまの……あのとても凛々しいお姿を。
多分私にはずっと前から……それこそ、物心がついた時から姉さまに少なからず好意はあったと思います。「誰が好きか」と問われれば、「お姉ちゃんが好き」と即答するくらいには姉さまへの好意はありました。
ですがその「好き」はあくまでも「妹として好き」という域を超えていなかったのです。……この日までは。
ええそうです。この日私は……生まれて初めて『恋』という感情を知りました。
~SIDE:マコ~
「…………(ブツブツブツ)お財布に携帯、あと防犯グッズ一式……うん、忘れ物はないね。……
駅前の広場で一人ブツブツと呟きながら、身だしなみや本日のデートプランをチェックする私。
今日はコマと(かなり強引に)約束したデートの日。勘違いしないで欲しいのだが、女の子同士で遊びに行くアレではなく、私的には本気も本気のデート。ここのところ連敗続きだったけど、今日こそはコマにちゃんと告白しようと決意して準備をしてきたのである。
「……だ、大丈夫……だよね?変な恰好とかじゃないよねコレ?気合入れすぎて引かれたりはしない……よね?」
忘れ物が無いか確認したら、今度は広場近くのお店のショーウィンドウを鏡代わりにして身だしなみチェック。(私にしては珍しく)寝癖は無いしリップケアもきっちりしている。コマの好きそうな香りのする軽めの香水も付けてみたし、今日のファッションだってセンスの良いヒメっちに頼んで前日アドバイスして貰っているから問題はない……ハズ。
『あ、あのさヒメっち!?こ、これでホントに良いの……!?これちょっと胸強調しすぎじゃない!?スカート短すぎじゃない……!?』
『……だいじょーぶ。それくらい攻めといた方が絶対コマ喜ぶ。私が保証する』
……まあ、ヒメっちのありがたいアドバイス通りに着替えてみたら……やけに胸のラインが出ちゃう服着る羽目になったり、ちょっとスカートの丈が短くなり過ぎた気がしなくもないけど……
ま、まあこれでコマは喜んでくれると何故かヒメっちが自信満々で言っていたし、今更別の服に着替えるわけにもいかないだろう。し、信じているからねヒメっちさん……!
「待ち合わせ時刻30分前……うん、大丈夫。デートの時は30分前行動が基本中の基本ってあの本にも書いてあったし……」
誘った私が待ち合わせに遅れるわけにもいかない。腕時計をチラリと確認してホッと一息つく私。あとは我が妹にして想い人、コマの到着を待つだけだね。
…………は?お前とコマは同じ家に住んでいるのに、何で待ち合わせなんて無駄な事をしているのか?一緒に行けば効率的じゃないのかって?
HAHAHA!一体何をバカな事を仰るのやら。そんなんこれがガチのデートだからに決まっているだろうが。デートってものはねぇ……待ち合わせをするところから始めるんだよ……!
「コマが約束の時間に来て……『姉さま、待ちましたか?』って聞いてくれたら……『ううん。今来たところだよ♡』って返す……うんうん。これぞデートの常套句!」
例の恋愛ハウツー本で勉強して、恋愛はシチュエーションが何よりも大事という事を学んだ私。テンプレ結構。お約束上等。奇を衒うより、先人の知恵を活かしてデートを成功へと導くことこそが……ひいては告白を成功へと導くことに繋がっていくことだろう。
「さて……と。準備はオーケー。コマが来るまでもうちょっと時間があるし……心の準備に深呼吸でもしておくかな」
余裕をもって待ち合わせ時刻よりも早く到着しているわけだし、緊張を解して最高のコンディションでデートに望まなきゃね。
「すー……はー……すー……はー……」
深呼吸の基本は鼻から息を大きく吸って、口からゆっくりと吐く。こうする事で息も、そして気持ちも落ち着かせることが出来るのである。……よしよし。大分落ち着いてきた感じ。
念のため最後にもう一度やっておくとしよう。鼻から息を大きく吸って―――
「お待たせしましたマコ姉さま」
「ぶふぉッ!?」
―――そして盛大にムセる。深呼吸の途中、背後からコマにいきなり声を掛けられた私は驚きすぎて息がつまりかける。こ、心の準備がぁ……ッ!?
「っ!?ね、姉さま!?だ、大丈夫ですか姉さま!?どうなさいました!?」
「…………だ、だいじょうぶ…………おねえちゃん、ちょっとムセただけだから……平気……だよ……」
「本当ですか?病院とかに行かなくても良いのですか……?」
「う、うん……ホント大丈夫だから……せ、背中さすってくれてありがとコマ……」
コマに背中をさすって貰いつつ、息を整えるため俯いたまま受け答えする。き、緊張を解すために深呼吸してたハズなのに……パニックになってどうすんだよ私……
お、落ち着け……冷静に対応しろ。ま、まずは乱れた息を整えなくちゃ……
「そ、それよりどうかしたのかなコマ?デートまでまだ時間はあるよね……?ひょ、ひょっとしてお姉ちゃん待ち合わせの時間間違ってたりしてたかな?」
「あ……えっと、その……ま、待ち合わせの時刻までまだ時間はあるのですが……」
「ですが?」
「ごめんなさい。私、今日の姉さまとのデートが楽しみで……本当に楽しみで。待ち合わせ時刻まで待てなくてつい……来ちゃいました。……そのぅ……ご迷惑でしたか?」
「…………(ポタポタポタ)」
「って、ねねね……姉さま!?は、鼻血!鼻血がとめどなく……!?」
その破壊力抜群の乙女チックな一言に、思わず胸がキュンとなり……乱れた息が、乱れた心が更に乱される。そしてコマへの
「やっぱり姉さま何かのご病気なのでは!?今日のところはデートを中止して、今すぐ二人で病院に行きませんか!?」
「っ!?ちゅうしッッ!?中止ぃッッッ!??な、なにをご無体な事を言っているのさコマさんや!?で、ででで……デート中止ぃ!?だ、ダメ!そんなのだめぇ!?」
私の(いつも通りの)異常な行動を不審に思った立花コマさん。ここでデートの中止を提案。コマの優しさが身に染みるけれど……じょ、冗談じゃない……
まだ告白してないのに、そもそも何も始まってすらいないのに中止なんて……やめてよして堪忍して……!?
「だ、大丈夫!お姉ちゃん鼻がかゆくて擦ったらちょっと鼻血が出ちゃっただけなの!もう止まったからホント平気!だいじょーぶ!」
コマに必死に『もう大丈夫だ』とアピールする私。慌てて鼻の穴にポケットティッシュを丸めて突っ込み、無理やり止血してから(空)元気な姿をコマに見せようと顔を上げた―――次の瞬間。
「(プシャアアアアアア)ふぉ、ふぉおお……ふぉおおおおおおおお!?」
「きゃ、きゃぁあああああああああ!?姉さま血が……血が滝のように!?」
鼻の穴に突っ込んで栓にしていたポケットティッシュを押しのけて、鼻血が勢いよく噴射された。
「(ダラダラダラダラ)ほわ……ほ、ほーッ!?ほわぁああああああああ!?」
「ね、姉さましっかり!しっかりなさって!?い、一体どうしたというのですか!?」
動揺するコマをよそに、あまりの衝撃に言語すら忘れて奇声をあげたまま鼻血を垂れ流し萌え悶える私。……いやうん、でもこれは仕方ないと思うの。
見上げた先にあったのは、かわいいかわいい私の自慢の妹コマの……綺麗におめかしをした姿だったのだから。
髪はいつも以上にしっとり艶々で、シャンプーの香りが心地いい。普段お化粧とかは特にはしないコマだけど、今日はメイクをバッチリきめてより一層キラキラと輝いて見える。服装に至っては露出マシマシで……肩や胸元はかなり大胆に開いてるし、スカートと黒のハイソックスの間に見えるふとももが……絶対領域が堪らなくエロい。エロい……
全体的に何だかとってもえっちい大人の女性感が溢れ出ていて……お姉ちゃんドッキドキよ……
「(ジャバジャバジャバジャバ)コヒュー……コヒュー……」
「息はちゃんと出来ていますか!?鼻血は止められますか!?というか、意識あるのですか姉さま……姉さまぁあああああああ!?」
そんな色っぽいコマをまじまじと見ていたら、更に鼻血の勢いは増してゆき足元には血の水たまりが出来ていた。呼吸も荒れるどころの話では無く過呼吸で満足に息が出来なくなる。
こ、こまったな……
と、まあこんなぐだぐだな感じで。私とコマのデートは始まったのであった。
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