第88話 ダメ姉は、嫉妬される

 覚えているだろうか?8月にコマと交わしたとある誓いを。私の悪癖を矯正する、とっておきの罰ゲームを。


 夏休みの海水浴場でナンパ共と遭遇した私は、非常に良くない対応をしてしまい……コマに不安や心配をいっぱいかけてしまった。

 んでもってその日の夜……『姉さまは少々卑屈すぎる』と指摘され、そして『自分自身をもっと大切にして欲しい』『意識改革して欲しい』と願うコマから―――


『今後は自分を卑下する発言は極力控えてください。もしも私の前でそのような発言を姉さまがした場合は……罰として私が姉さまの唇を容赦なく奪いますからね♡』


 という約束を交わす事となったのである。


 そんな私にとってはある意味ご褒美な罰ゲームを設定されてからというもの、極力そういう発言はしないようにと心がけてきた私。ま、まあ家では油断して(コマとチューするために故意にやったんじゃないよ?ホントダヨ?)時々コマの前で失言し罰ゲームを受けたりもしたけど……でも外ではコマの前でコマを腹立たせるような言葉を発することはほとんどなくなったと思う。

 だって過剰な卑屈さは相手を怒らせたり傷つける事になるとコマや叔母さんや編集さんたちにも怒られたし、何より知らず知らずのうちに私自身が一番大好きな妹を傷つけていたって事実がかなりショックだったからね……


 けれど……


『…………マコ姉さま』

『え?何かなコ―――』

『罰ゲームです』

『―――ングッ!?』


 ……昨日と今日は色々と目まぐるしい出来事が起こり過ぎてテンパっていたんだと思う。そのせいで罰ゲームにまで気が回らずに、本日のお昼休みにコマの前でついうっかりNGワードを発し今回初めて学校内で罰ゲームを受ける事となってしまった私。


 さて。ご存知の通りただでさえ今日の私はあまり良くない意味で注目を浴びている。朝の出来事を始めとし、コマとカナカナに二股をかけている噂を新聞部に流された事も助長して『マジであの二人とあのダメ姉が付き合っているのかも』と皆が思い込み始めていた。

 その絶妙なタイミングで、まるでその噂は真実だと証明するかのように皆の目の前で私がコマと濃厚な口づけを交わしたら……どうなるだろうか?


『『『立花、コロス……』』』


 …………ま、こうなるよね。昼までは直接的な言い方は避けていたようけど、私とコマの口づけシーンを目撃した事で完全に堪忍袋の緒が切れたらしい。ハサミ、カッター、コンパス、彫刻刀、キリ、のこぎり、竹刀、木刀、鉄パイプ(?)にetc.―――をちらつかせ、私に聞こえるようにハッキリとその胸いっぱいの想い(さつい)を言葉に出すクラスメイトたち。


 いや、それはクラスメイトたちだけの話じゃない。お昼休みの一件は瞬く間に学校全体に広まってしまい……休み時間になれば教室の外にはコマやカナカナに好意を持った連中が、学年性別を問わずブチギレた様子でワラワラと集まってくる。

 どうやら私が教室から出てくるのを待っているらしく、クラスメイトと同様に物騒な物を手に取って『『『コロス……!!!』』』とブツブツ呟いているのがこわい、シャレにならないレベルでこわい。これじゃおちおちお手洗いにも行けやしないわ。


「―――いやはや。こうなる原因を作ったわたしが言うのもなんだけど……まさかここまでの大騒ぎになるなんてね」

「……そだね」


 最早この学校には私の味方は片手で数えられる程度しかいないようだ。その味方の一人である我が最高の親友カナカナは、ほとんどのクラスメイト及び全校生徒たちに刺すような視線で睨みつけられている私を庇いながら苦笑いをする。


「ま、皆が見ている前であれだけの事をしたらこうなるのも仕方ないか。ホント、マコは人気者よね。わたしを含めた学校中の人たちがマコに熱い視線を送っているじゃないの」

「……カナカナとかコマの熱い視線はともかく、他の連中の熱い視線は御免こうむりたいんだけどね……」


 皮肉たっぷりに茶化すカナカナに私は憔悴しきった声で返す。大体人気なのは私じゃなくてカナカナの方だと思うの私。

 ……ほら見てよ。カナカナを慕っていると思しき一年女子たちの、私に向けられた並々ならぬ殺意を。


『……じゃ、じゃあ本当なのね?かなえ先輩があの人にキスしたって噂は……』

『…………うん。その上告白したって……先輩に直接きいた……』

『そ、そんな……かなえ先輩、いったいどうして……?どうしてあのダメダメ先輩に……どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……』


 どうやらコマのキス騒動でカナカナも私とキスしているとあの子たちは確信したらしい。

 ……実際、昨日カナカナにされたから下手に言い訳も出来ないし……もしカナカナがガードしてくれなかったら多分私はあの子たちに……


「あ、あのさカナカナ……」

「ん?何かしらマコ?」

「その……さ。ゴメンね」

「は?ゴメン?ゴメンって……一体何の話よマコ?」

「いや……だってこんな事に巻き込んじゃった上に庇って貰う事になるなんて……流石にちょっと申し訳なくてだね……ホントにゴメンよカナカナ。あとありがと……」

「……ああ、なんだそんな事?」


 庇ってくれているカナカナに心から感謝と謝罪をする私。幸運な事に半狂乱状態になって私の命を狙っている連中にも、コマかカナカナが私の傍に居る場合は巻き込んでしまう恐れがあるからと大人しく静観してくれるだけの理性はまだ持っているらしい。

 まあ仮に一瞬でも二人の側を離れたり、もしくは隙をちょっと見せたりでもしたら最期―――


『よぉ立花。俺らとたのしく野球をやろうぜー!…………おめぇボールな』←釘バットで素振りする野球部

『立花せんぱーい、ウチらと一緒に弓道で遊びましょー♪…………先輩はまと役でお願いしまーす!』←弓を構えた弓道部

『やあ立花くん。僕らと一緒にボクシングしないかい?…………ああ、立花くんはサンドバッグになって貰うからね』←メリケンサック装備したボクシング同好会


 隙を伺いつつ牙を研いでいる彼ら彼女らにあっという間に取り囲まれて捕えられ、私の命は儚く散っていくことになるだろうけど。

 そんな周り全てが敵な私の今の立ち位置を不憫に思ってか、私のボディガードを買って出てくれたコマとカナカナ。この教室にいる時や移動教室の際はカナカナが、お昼休みや登下校の際はコマが私の傍にいてくれると約束してくれたお陰で……辛うじて私も今のところ怪我一つなく無事に一日を過ごすことが出来ている。


「別に大したことはしてないわよ。ただマコの傍にいるだけだもの。そもそもマコが皆から敵視されることになったのって元はといえばわたしたちが原因なのよ?ある意味わたしたちにも責任があるわけだし、マコが気にするような事は何もないわ」

「そう言って貰えると助かるよ……」


 神様仏様コマ様カナカナ様本当にありがとう……いくら感謝してもしたりないくらいだよ……


「それにねマコ。感謝するのは寧ろわたしの方。わたしとしてはマコのボディーガードが出来て正直大助かりなのよ」

「へ?大助かりって……なんで?別にカナカナが私を庇っても何の得にもならないんじゃ……」

「なるわよ。だって……マコの好感度上げる絶好の機会を貰えたんですもの。これを感謝せずして何になるのよ」


 こ、好感度……?


「……もしかして忘れちゃった?朝マコにも言ったでしょ。『マコに振り向いてもらえるように、これからマコに積極的にアプローチしていく』的な事を」

「あ、ああうん……言ってたね」

「マコをボディーガードするって事は、マコにわたしのかっこいいところをいっぱい見せられるチャンスなのよ。だから……ここで遠慮なく好感度を稼がせて貰うわ」


 そうして片目を瞑ったカナカナは、素敵な笑顔を見せつつこんなカッコいい事を言い出す。


「どんな人が相手でも大丈夫。安心しなさいマコ。このわたしが絶対に守ってあげるからね」

『『『…………タチバナ、コロス……』』』


 瞬間、大勢の口から発せられた禍々しい呪詛めいた台詞が私の耳に届いた。あ、あの……カナカナ?好感度上げるのは自由だし、頼りになる事を言ってくれるのは嬉しいし、守ってくれるのは大変ありがたいんだけれど……あまり周りの連中を刺激しないで欲しい。

 だって下手に連中を刺激したら……なけなしの理性すらかなぐり捨ててでも、コマやカナカナが傍にいようがいまいが関係なしに私を襲ってきそうだし……


「そんな事よりさマコ。ちょっとあんたに聞きたい事があったんだけど……結局アレはなんだったの?」

「へ……?あ、アレって何の事?」

「またまたー。マコったらとぼけちゃって。ほらアレよアレ。マコとコマちゃんがお昼やってたじゃない。……キスの事よ」

「……うぐっ」


 殺意が増した周りの連中に警戒している私に、唐突にカナカナがそんな事を尋ねてくる。そ、そういえばお昼に私とコマの口づけしているところをカナカナにも見られてたんだっけ……


「わたしってさ、実を言うとそこまでコマちゃんの事はよく知らないんだけど……でもマコからよく話を聞かされるからわかるのよね」

「わかるって……な、何が?」

「コマちゃんが聞いていた通りの子なら……何の理由もなくいきなり学校の中でキスするような破廉恥な子じゃないって事がよ。だから何かしらの理由があって、それでコマちゃんはマコとキスをしたんだろうってわたしは推理してみたんだけど…………どうかしら?違う?」

「…………よくわかるねカナカナ」


 親友の鋭い洞察力にちょっと感心する。他の連中は何故私たちが口づけしたのかなんて全く気にも留めず、『とにかく立花をヤってしまえば済む話』とか頭の悪い事しか考えていないから猶更感心しちゃうね。

 ……いや、これは周りの連中が異常なだけか?


「そのマコの反応……やっぱり何か訳ありのようね。それで?アレって一体どういう理由でキスしてたのかしら?」

「……えーっと」


 ……さてどうしよう。『罰ゲームとして口づけした』なんて説明したとして、果たして信じて貰えるだろうか?信じて貰えたとしても罰ゲームで実妹とキスとか頭がおかしいんじゃないかと引かれる恐れも十分あるし、やっぱ誤魔化した方が良いのかな……?

 いやでも誤魔化そうにもバッチリとコマと口づけしていたから下手な言い訳は通じ無さそうだし……何よりコマがキス魔だと勘違いされても困るし……


「え、ええっとねカナカナ……アレは、その…………コマと約束した罰ゲームの一種なんだけど……」

「んん……?罰ゲーム……?」



 ~マコ説明中~



 悩んだ末にカナカナにだけは素直に事情を話してみた私。


「……なるほど。夏休みから始まったマコの自己評価の低さを矯正する為の罰ゲーム(口づけ)ね。…………(ボソッ)昼のアレはわたしへの当てつけ……いや、昨日の仕返し兼宣戦布告だと思うけど……一応そういう意図もあったわけね……」

「あ、あの……カナカナ……?」

「(ブツブツブツ)参ったなぁ……これでもわたし、かなり勇気出して頑張ってみたのに……まさかそんな手を使ってマコと普段からキスしてたなんて……やっぱコマちゃんは手強いわね……」


 拙くも一生懸命私が口づけの理由を説明すると何やら難しい顔でブツブツと呟き始めるカナカナ。……むぅ、マズったかなコレ。いくらカナカナでも引いちゃう話だったかも。


「ね、ねぇ……もしかしてカナカナ引いちゃったりする……?ち、違うんだよ!?これはコマも仕方なく私と口づけしているだけで……決してコマがキス魔だとか、変な子ってわけではなくて!変なのは私の方であって……だからそのぅ……」

「……ん?ああ、安心なさいマコ。別にそれくらいの事でこのわたしが引くはずないでしょ?」

「そ、そう……?なら良いんだけど……」

「……ハァ……そっかぁ。失言したら口づけか……夏から三日に一回は口づけしていたわけなのか……」


 口では『引いていないよ』と言ってくれるカナカナ。だけど表情はちょっと固い。

 これはやはり私に気遣ってくれているけれど、内心ではカナカナも妹と日常的に口づけしている私にドン引きしているという事―――


「…………つまり、昨日のわたしのキスは……マコにとってはファーストキスじゃなかったって事ね……」

「そっち!?」


 引いているのかと思ったけれど、どうやら違っていたらしい。至極残念そうに唇を撫でるカナカナに、思わずツッコミを入れてしまう私。

 い、いやまあこの私に告白してくれたカナカナにとっては重要なことかもしれないけどさ……


「……ま、良いわ。先を越されたとはいえ、わたしがマコにキスした事実に変わりはないわけだし。それに―――」

「それに?」

「―――それに、わたしのファーストキスはじめては……マコにあげられたわけだし♡」

『『『……タチバナ、マジコロス……ッ!』』』


 少し頬をポッと染めたカナカナの衝撃的な発言の後、さっきよりも数段上の殺気が込められた怒声が学校全体に響き渡る。カナカナさん!?だからあまり彼ら彼女らを刺激しないで貰ませんかね!?


『おい……聞いたか野郎共……!あ、あいつ……やはりコマちゃんだけじゃなく叶井さんのファーストキスまでも……!』

『叶井先輩に守って貰えるだけでも羨まし―――恨めしいのに……先輩のはじめてを奪ったですってぇ……!?』

『もう我慢ならねぇ……オイ弓道部!やれ今すぐ!ヤツを狙い射ろ!大丈夫!俺らがちゃんと『事故だった』って口裏合わせるから安心して射てしまえ!』

『ダメだ!下手したらかなえさんに中るだろうが!それよりも皆!ここは我らオカルト研究会特製のこの呪いの藁人形を使え!かなえさんを巻き込む心配もないし、何よりこれを使ってあのダメ人間を呪い殺しても日本の法律じゃ不能犯扱いで罪には問われないぞ!今なら五寸釘も付けて特別価格の一体294憎し円!お買い得だぞ!』

『『『マジかよ買ったァ!!!』』』


 特にカナカナを慕っている一年生とかキス未体験と思われる男子とかが色々凄まじい。奇声を上げ、血の涙を流して本気で私の命を狩ろうとしているのが嫌でも視認できてしまう。

 ……本格的にヤバいぞこれ。カナカナの傍から一歩でも離れたら……私一巻の終わりだろうなぁ……


「……そ、それにしてもさカナカナ。よく今の罰ゲームの話を信じてくれたよね」

「ん?信じてくれたってどういう意味かしら?」

「いや……だって自分を卑下したら罰ゲームとして妹と口づけするとか……そんな荒唐無稽な話は普通信じないと思うし、絶対引かれるだろうなって心配だったから……」


 基本的にカナカナは私の知り合いの中でもトップクラスの常識人だし、絶対ツッコミを入れてくるような話だと思うのに……あっさり信じてくれて少し意外だった。


「だから引かないって言ってるでしょ。……寧ろわたし、その罰ゲームって中々面白いと思うわ」

「面白い……?そ、そうかな?」

「ええ。『罰ゲームとして人前でコマちゃんとキス』……シスコンでコマちゃんの事を誰よりも大切にしているマコにとってはこれ程効く罰ゲームは他にないわよ。コマちゃんもよくこんな罰ゲームを考え付いたものよね」


 引くどころかなにやら感心しているカナカナ。どこら辺を感心されたのかよくわからんが、コマ発案のこの罰ゲームは素晴らしいってカナカナにお墨付きを貰えたって事……かな?


「…………(ボソッ)本当に良い罰ゲームねコマちゃん……マコの自己評価の低いところは……わたしも変わって欲しいって思っていたし……」

「……?カナカナ、今何か言った?」

「んーん、何でもない。ただ……わたしも罰ゲームをやってみたいなーなんてちょっと思っただけ」

「…………え?」

「うん。我ながら良い考えね。……ねぇマコ。わたしも微力ながらその罰ゲームに手伝ってあげましょうか?」

「て、手伝うって……まさか」

「そのまさかよ。マコがわたしの前で自己卑下する発言をしたら……コマちゃんがお昼にやってたみたいに、わたしもマコにキスしてア・ゲ・ル♪」


 なんですと……!?


「な、なんで!?なんでカナカナまでキスする流れになるのさ!?」

「だってさぁ……コマちゃんの前だけ自分をおとしめるような発言を控えても、コマちゃんが居ないところでマコがそういう発言をしたら意味がないでしょう?本当の意味で矯正できているとは言えないじゃないの」

「そ、それは……そうかもしれないけど……」


 カナカナの言う通りコマの前だけNGワードを言わないように心がけても、他の場所でやってしまったら矯正の意味がない。確かに私はコマがいるところでは出来る限り努力してきたつもりだけど、いざコマが居ない場所―――例えばここ2-Aクラスにいる時とか、カナカナと一緒にいる時とかに結構ポロっと自分を卑下している気がするし……

 で、でも……いくら親友だからって……こんな事に付き合って貰えないというか……


「そうでしょう?わたしもコマちゃんと一緒でね、マコの過剰なまでの自己評価の低さは直してもらいたいって思っていたのよね。だから……わたし手伝ってあげるわマコ。ね?良いわよね?」

「で、でもさ!皆の前でキスとかカナカナも困るでしょ!?な、何よりそこまでして貰う必要性もして貰える義理もないし……」

「……バカね、困らないわよ。というか、願ったり叶ったりよ。って思っているんだし」

『『『タチバナ、ブチコロス……!!!』』』』


 私に殺し文句を言い放つカナカナ。そしてその台詞のすぐ後に、別の意味で殺し文句を言い放つ学校中のカナカナファンたち。

 ここでホントにキスをしようものなら……こいつら全員マジで殺しに来るんだろうなと確信してしまう程、その声は本気だった。


「何なら今から練習って事でキスしちゃいましょうか?」

「いや、練習って……」

「良いから良いから♪ほら……マコ。いいから目を閉じなさい」


 そう言ってカナカナはクスクスと笑いつつ、皆の嫉妬と怨嗟と殺意がブレンドされた視線が飛び交っているのを全く意に介さずに昨日の放課後の再現をしようとする。

 私を引き寄せて、右手で私の顎を持ち上げて、そして私の唇に自分の唇を―――


「……ッ!だ、ダメッ!ダメだカナカナ……!」

「え……」


 ―――と、あと数cmで重ねられそうになる前に、向かってきたカナカナを思わず突き飛ばしてしまう私。


 …………あ、れ……?


「ちょ、ちょっとマコ……どうしたのよ?今のは軽い冗談だったのに」

「え、あ……あの、その…………ご、ゴメンカナカナ!?突き飛ばしちゃって!?け、怪我とか無い!?どっか痛めたりしてない!?」


 ほぼ無意識だったせいで力加減とかせずに思い切り突き飛ばしてしまったから、もしかしたらカナカナに怪我を負わせてしまったのかもしれない。慌ててカナカナに駆け寄って怪我の有無を確かめる。


「平気よ。わたしはマコ程度の力で怪我をするほど、ヤワな鍛え方はしてないからね」

「そ、そっか……良かった。……ほ、ホントゴメンねカナカナ……」

「……ううん。こっちこそ、からかったりして悪かったわね」


 軽くのけぞっただけで特に怪我らしい怪我はないようだ。カナカナの無事にホッと胸を撫で下ろし安堵しつつも……私の頭は無意識にとってしまった自分の行動に混乱していた。


 …………私、今なんでカナカナを突き飛ばしたんだ……?なんで、キスされたらダメだって思ったんだ……?昨日は……カナカナにキスされて嫌だとは全く思わなかったよね……?

 ……もしかして、皆からカナカナが晒し者として見られてしまうのが嫌だったのかな……?で、でもさっきコマと口づけした時は、他の皆に口づけするところを見世物のように見られながらもコマを突き飛ばしたりはしなかったし……


「(なに……これ……?)」


 なんというか……凄く罪悪感を感じる。……あ、いや待て私。なんで罪悪感を感じているんだ?何に対して、誰に対しての罪悪感だ?

 別に私、今も昔も誰か特定の人物と付き合っているわけでもないのに……罪悪感に苛まれる理由なんて無いはずなのになんで……?


 わけがわからない……苦しい……頭の中も胸もモヤモヤして気持ち悪い……


「…………(ボソッ)やっぱり、ダメか……」

「え……?」


 と、困惑している私の隣で一瞬寂しそうな……まるで何かを諦めたような……そんな表情をしたカナカナがポツリと何か呟く。今……カナカナは何と言った……?ダメ?何が?


「あ、いや…………ほ、ほらアレよ。流石に学校中がマコの命狙っているこの状況でキスなんてしたら、今以上に暴動が起っちゃって大変な事になるものね。だからマコは慌ててわたしがキスしようとしたのを止めさせたんでしょ?」

「あ……そ、そうそう!きっとそうなんだよ!い、今ここでキスなんてしちゃったら……多分もう問答無用でカナカナごと皆が私を抹殺しちゃう可能性があるからさ!」


 カナカナのその考察に同調する私。あ、ああ……なるほどね。これ以上皆を刺激したら危ないから私の防衛本能が働いて、だから私無意識にカナカナのキスを止めたって事か。


「(…………でも……本当に、そうなのかな……?)」


 ……ほんの少しだけ何か違和感を感じつつも、今はいつ誰に命を狙われるかわからない状況で考える余裕なんて無い。とりあえずこの場はカナカナの考察に納得しておくことに。

 ……この違和感の正体は家に帰ってからじっくり考えてみようかな。

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