第87話 ダメ姉は、新聞に載せられる
~SIDE:コマ~
マコ姉さまに抱きつきながらギリギリまで例のあの方に牽制を入れていましたが……残念ながら予鈴が鳴ってしまいタイムアップ。後ろ髪を引かれる思いで自分の教室に戻る私。
「―――非常に。そう非常に由々しき事態ですヒメさま……」
「……改めておはようコマ。昨日の今日だから仕方ないけど朝から随分荒れてたね。いや、今も荒れてるっぽいけど……」
「…………愛しいと思っている人が自分以外の人間に、目の前でキスをされ告白され腕組みされ。そして愛を囁かれたらそりゃあ荒れますよ普通……」
戻ってすぐに私の一番の……そして唯一とも言って良い友人であるヒメさまに私は小声で話しかけます。
「……うん、わかったから落ち着いてコマ。かわいいお顔が般若のようになってるよ……あと唇噛みしめすぎ。唇から血がダラダラ流れ出てて、傍から見てて怖いからやめて。……はいこれハンカチ。血はちゃんと拭っておいてね」
「…………ああ、すみませんヒメさま。取り乱してしまって……ありがとうございます」
「まぁ気持ちはわからんでもない。私も……目の前で母さんが私以外の人にそういう事されたらコマと同じ気持ちになるだろうからね……」
事情を知っているヒメさまはハンカチを渡しつつ苦笑いをしながら
「朝マコに抱きついていたあの人が、マコにちゅーして告っちゃった叶井さんだよね?」
「……ええ」
「私は直接彼女と話をしたことはあんまし無いから、彼女が一体どういう人なのか詳しくは知らないんだけど……昨日と今日見た感じの印象は美人で明るくて、んでもって溌剌とした人みたいだったね」
「……実際、ヒメさまの印象通りの方らしいです。私もヒメさまと同様に彼女と直接話をしたことはあまりないのですが……」
「……?ですが、なに?」
「調べたところによると……とても魅力的なお方のようですね」
「ふーん、そうなんだ。…………ん?調べた……?」
マコ姉さまに惚れたというお目が高い人物なだけあって、
「叶井かなえさま……2-Aクラス在籍。姉さまのクラスメイトであり、姉さまの一年生の時からの大親友。年齢14歳。身長161cm。体重45kg。スリーサイズは……残念ながら不明。血液型A型。趣味はカメラ・髪のお手入れ。成績は上の下。特定の部活動には所属していないものの、運動神経は中々のもの。明るくて朗らか、そして面倒見が良く困った人を見かけると放っておけない性格故にクラスメイトや後輩の皆さまからは頼れる姉御肌な女性として人気を集めている。学年別『彼女になってほしい女子』ランキングでは5位、学年別『彼氏になってほしい女子(?)』ランキングでは堂々の1位を―――」
「おーけー、ありがとよくわかった。わかったからちょっとストップだコマ」
と、報告の途中で私をいきなり止めるヒメさま。……急に何でしょうか?ここからが大事なところでしたのに。
「何ですかヒメさま?今の報告の中で何か分からないところでもありました?」
「いやあのさコマ……そうじゃなくてさ……いくら何でもちょっと詳しく調べ過ぎじゃない……?」
「えっ……?そう、でしょうか?」
何故かドン引きしているヒメさまの反応に首を傾げる私。詳しく調べ過ぎ……?恋愛は勿論、それ以外のすべての事柄も情報収集が勝負を決めます。
ですから私的にはまだまだ情報は足りないくらいだと思っているのですが……
「というかさ……どうやってこんなに詳しく個人情報を調べたのさコマ……」
「…………うふふ♪」
「うふふ、じゃなくてね……」
……こういう時の為に、普段から先生や他の生徒の皆さんと仲良くしておいて正解でしたね。ちょっと頼めばこの通り、色んな事を教えて貰いましたよ。
「ま、そんな些細な事はどうでも良いじゃないですかヒメさま。そんな事よりも今は……これから私がどう動けばいいのか考える方が大事ですよ」
「……些細な事じゃないと思うけど……まあいいか。とりあえず叶井さんが良い人なのは分かったから、その先を続けて」
「あ、はい。了解ですヒメさま」
ヒメさまに促され、手元の資料に目を移し中断していた話を再開する私。
「調べたところによると……叶井さまの場合、恋愛面に関しては少々初心で奥手―――そして何より、好意を持った相手に対して素直になれない傾向があるようですね」
「……あー、いわゆるツンデレ的なやつ?」
「はいそうです。…………実はですねヒメさま。私……以前も叶井さまの事をマークした時期があったんですよ。『もしかしたらこの方は危険な存在なのでは……?』となんとなく感じ取ってですね……」
「え?そうだったの?それは初耳」
マコ姉さまの一番の親友であり、姉さまと同じクラスに居て学校のある日はほとんどを姉さまと共に過ごしているという非常に羨ましいポジションにいらっしゃるわけですし、当然私も以前から叶井さまの事は気になっていました。
「ただ……私が調べた時点では特に姉さまに好意を向けるような素振りを叶井さまは見せませんでしたし……何より仮に彼女が姉さまの事を本気で恋したとしても、彼女のその性質や性格が足かせになるのは目に見えていましたので……『現段階では脅威にはなりえない』と判断していたんです」
「ふむふむ……なるほどねー」
……ですが迂闊でした。どういう心境の変化があったのか知りませんが、今まで息を潜めて自分の気持ちを隠し通していた叶井さまは……恥も外聞もかなぐり捨てて、長年姉さまにアタックしながらも未だにもたついている私を後目に姉さま攻略に王手をかけてきたのです。
これには流石に不意を突かれましたよ。絶対に初心で奥手で素直になれないお方だと確信していたのに、まさかあんなに情熱的なお方だったなんて……
「……ヒメさま。私……自分が許せません」
「へ?自分が?叶井さんが、じゃなくて?」
「あ、叶井さまは言うまでも無く許せませんけど…………それ以上にですね」
「うん」
「姉さまの妹という誰にも侵されない絶対的な立場に安心しきって慢心した挙句、恋の宿敵を見くびり……結果その宿敵に……世界で最も愛しているマコ姉さまの唇を奪われ、告白を許し、そして今日も……あっさり姉さまの隣を奪われてしまったこの不甲斐ない私が許せません……許しません……どれだけダメなんですか私って……ッ!!!」
「……だから落ち着けー。今度は歯茎から血がにじみ出てるぞー。冷静になれコマー」
叶井さまはいずれ強大な敵になり得ると本当は心の奥底でわかっていたハズなのに……一番厄介な相手が姉さまのすぐ傍にいたというのに。彼女に対して何の対策もしていないなど……なんて私は愚かだったのでしょうか。
自分のあまりの迂闊さに歯を食いしばり、ギリィと歯をきしませて血が流れ出るくらい歯ぎしりしてしまう私。叶井さまにも、自分にも腹が立ちます……!ホント許せません……
「…………まあ、彼女のお陰で私も……覚悟が決まりましたけどね」
「……覚悟が決まった?どういう事さ?」
「本来ならもう少し時間をかけて姉さまに私の想いを伝えるつもりでしたが……状況が状況です。なりふり構ってはいられません。…………私も、動きます」
「……マジで?」
私の決意表明に、目をまんまるにして驚くヒメさま。
「……コマ、それで良いの?今まであれだけ慎重にマコにアプローチを続けていたのに……」
「最早一刻の猶予もありません。私も本気です。本気で姉さまに…………そうじゃないと……叶井さまに姉さまが取られちゃう……」
今朝の姉さまのご様子だと……まだ叶井さまに何と返事をすれば良いのか迷っているようでした。ですので恐らく2,3日の猶予はあるとは思いますが……お優しい姉さまの事です。きっと今も『カナカナを待たせるわけにはいかない』と思って必死に返事を考えている頃でしょう。
……もし返事に焦った姉さまが、何かの間違いで叶井さまと付き合うのを『OK』してしまったら……そうなったら私、多分…………しにます。しんでしまいます……
「……まあ、コマが良いならそれが一番良い事なんだろうけど……随分思い切ったね……。それで?どうマコにアプローチするつもりなの?」
「まずは外堀を埋めます。叶井さまを含めた周囲の皆さまに、私と姉さまの仲の良さを知らしめてやるつもりです」
やるからには手は抜けません。それに時間もあまりありませんから早速行動に移さないと。
少々……いえかなり反則ギリギリかもしれませんけど……先に姉さまに不意打ちのキスをやったのは叶井さまの方ですし、あちらが手段を選ばぬのであればこっちだって手段は選びませんよ。
「ふ、ふふふ……ええそうです。どんな手を使っても……姉さまを手に入れて見せますとも……ふふふふふ……あはははは……!」
「……おーいコマ?なんか、いかにもって感じの悪役のお嬢様みたいな高笑いと表情してるよー?キャラが完全崩壊しちゃってるけど、それでホントにいいのコマー?」
ヒメさまが隣で何か仰っているようですが、何も聞こえません。
「―――あのぅ……立花さん?麻生さんとお話している途中で悪いんだけど……今ちょっと良いかな……?」
「……?あ、はい。何でしょうか?」
「んお……?」
と、そうやって笑っている私とその私の様子を心配そうに眺めているヒメさまにクラスメイトの一人が話しかけてきました。……おや?この方はもしかしたら……
「えっと、いきなりごめんね立花さん。アタシ新聞部なんだけどさ……ちょーっと立花さんに聞きたい事があるのよね」
「……新聞部?新聞部ってあの……胡散臭い記事ばっか書いてる迷惑部って噂の……?」
「ちょ……!?う、胡散臭くない!胡散臭くなんてないわよ麻生さん!それに迷惑なんて一切かけてないわ!アタシたち新聞部は至って健全な―――」
「(…………来た)」
こちらから動く前に先に動いてくれるとは好都合。口角が上がりニヤリとしてしまいそうになるのをグッと我慢しつつ、営業スマイルで新聞部さまに対応する私。
「聞きたい事ですか?ええ、良いですよ。私に答えられる事でしたら、何でも答えますから遠慮せずに聞いてくださいませ♡」
「ホント!?や、やった♪初めて取材に快く応じて貰った!…………いやぁ実はさ、今朝立花さんと立花さんちのダメ姉―――いえ、お姉さんが抱き合って登校したって噂を聞いちゃったのよね!おまけに向こうのクラスの叶井さんともお姉さんが抱き合ってたって情報も届いているし……新聞部としてはこんな特ダネは逃せないなーって思っててさ!で、ちょっと真偽のほどを当事者の立花さんに密着取材して確かめたいって考えた次第なの!で、で?今朝何があったのかしら!包み隠さずぜーんぶ教えて頂戴な立花さん!」
目をキラキラさせてメモ帳片手を手に、思った通り私に今朝の出来事についてまくし立てるように尋ねてくる新聞部さま。
さてと……申し訳ございませんが、少々利用させて貰いましょうか。
「わかりました、全てお話します。まず今朝の件についてはですね―――」
さぁ見ていなさい叶井さま……私も、このまま黙っているつもりはありませんからね。
そして……待っていてくださいませマコ姉さま。今度こそ、私は貴女に……
~SIDE:マコ~
今朝の騒動から大体4時間が経ち、今は楽しい楽しいお昼休みの時間。いくら美少女二人に抱きつかれて登校してきた私が羨ましかったと言っても、4時間も経てば流石の皆も冷静になる―――
『『『ダメ姉……ぶちのめす……ッ!!!』』』
―――なんて事は全くなく。寧ろ今朝よりもひどい状況になっていた。
『立花ァ……テメェなんでもコマちゃんや叶井さんと仲良くしていたそうじゃねぇか……覚悟出来てんだろうなアァン!?』
『実の妹さんとデキてるとかこのド変態の屑野郎め、恥を知れ。……キサマのような最低人間はこのオレが必ず仕留めてやるから覚悟しておけよ……』
『憧れのかなえ先輩を……先輩を手籠めに……許さない許さない許さない許さない許さ……』
私が歩みを進める度に、何処からともなく容赦ない罵声が飛んでくる。
『……チッ』
『……ッペ』
『……(ゲシゲシゲシ)』
誰かとすれ違う度に舌打ちが聞こえ、唾を吐かれ、そして偶然を装って足蹴にされる。
『あの、立花先輩……これ受け取ってください!』
『俺のお前に対するありのままの気持ちだ。どうか受け取って欲しい立花』
『今までずっと伝えられずにいたこの気持ち……受け取ってマコ!』
そして私と直接コンタクトを取ってくる連中からは、一人一人心の籠った手紙を手渡される。
【二人と今すぐ別れろ】【クタバレ】【オマエ如きが触れて良い存在じゃないんだよ】【別れなければ呪う】【地獄に落ちろクズが】etc.
…………そう、心の籠った
「く、くそぅ……それもこれも全部この記事が悪いんだ……ッ」
ここまで状況が悪化した原因はわかっている。苦々しい思いをしながら私は、掲示板に貼られているブツに涙目交じりに視線を移す。そこにはこんな事が書かれていた。
◇ ◇ ◇
―――本紙独占スクープ―――
【学校中が震撼した!まさかまさかのダメ人間大勝利!?許されざる二股女!!】
日に日に寒さが増してきた十月。そんな寒さを吹き飛ばすような熱愛が発覚し今学校中で話題になっている。
まずは上記の写真を見て欲しい。これは今朝通学路にて撮られた写真であるが、ここには三人の女性が写っているのが分かると思う。一人は我が校きっての才女である立花コマさん(13歳)。もう一人は女子人気ナンバーワンのイケメン女子である叶井かなえさん(14歳)。そして最後の一人は今世紀最大のキングオブダメ人間の立花マコさん(13歳)である。
この写真が示す通り立花コマさんと叶井かなえさんの二人が立花マコさんに抱きつきながら悠々と登校していたという話だ。目撃者たちの詳しい証言によると、
「まるで俺たちに見せつけるように二人を抱いて登校していた。憎い」
「教室でも妹のコマちゃんを呼び出して、『寒いから二人で私を暖めなさい』とコマちゃんや叶井さんに命じていた。代わって欲しい」
「私たちにも聞こえるように『カナカナにキスされた』『告白された』と発言していた。ぶん殴ってやりたい」
との事らしい。多くの目撃証言が出揃っている事からも立花コマさん、叶井かなえさんの両名が立花マコさんと付き合っているのはほぼ間違いないだろう。
【疑惑の二股…事件の可能性も】
だがこれ程言い逃れの出来ない証拠が多数存在するにもかかわらず、立花マコさんの二股報道に対して学校内では疑問の声が多い。これは三人とも女性であることは勿論、成績優秀で運動も万能、そして何より美少女二人が学校一のダメ人間と付き合うなどとても考えられないという点がこの疑問をより増長させているようだ。
彼女たちを良く知る第二学年の生徒たちは次のようにインタビューに答えている。
「あの二人があの駄姉と付き合うだって?釣り合わないにも程があるだろう。なんらかの天変地異の前触れではないか?」
「二人とも脅されて、それで仕方なく付き合う事になったんじゃないだろうか」
「魅了魔法みたいな何か超常的な力を使ったとしか思えない」
また今回のこの騒動について専門家(科学部部長及びオカルト研究会会長)は、
「立花マコ氏は催眠術や洗脳、または危険な薬物を使用して二人を陥落させた可能性が非常に高い。そのようなものを使って美少女を自分の物にするなどとても許しがたい行為だ。立花マコ氏には速やかに罪を認め事実を洗いざらい告白し反省して貰うと共に、我々の今後の研究発展の為にもあの美少女二人をメロメロにした方法を是非とも教えて頂きたいところである」
と、コメントを残している。
立花マコさんといえば、先日もよからぬ物を学校内に持ち込んで担任教師に説教されている。その一件が『今回も何か違法薬物を学内に持ち込んで彼女たちに盛った』『怪しい催眠術の道具を購入して二人に催眠をかけた』という疑惑を更に一層後押ししているのだろう。また常日頃から『コマとえっちい事をしたい』など問題発言をしており、彼女の友人たちも口を揃えて『『『いつかやると思っていた』』』と話している。
実の姉やクラスメイトという立場上、立花コマさんや叶井かなえさんと接触する機会はいくらでもあったはず。やはり彼女は噂の両名に対して催眠術や薬物を使ったのだろうか?
【立花コマさんへの独占インタビュー】
催眠や洗脳、薬物使用などの疑惑も含めあらゆる意味で全校生徒たちを困惑させている今回の熱愛報道。根気強い交渉の末、我々新聞部は噂の一人であり学園のアイドル的存在立花コマさんの独占インタビューに成功した。
「―――ええそうです。今朝は私から姉さまに抱きつきました。私の大好きな姉さまを凍えさせるわけにはいきませんからね。……あ、はい。その通りです。私、マコ姉さまの事が世界で一番大好きですよ。……え?いえいえ。勿論妹としても大好きですが、一人の女として私は姉さまの事が大好きなんです。……ならいつか姉さまとキスしたいと思うのか、ですか?いいえ。したいと言うか…………キスなら毎日姉さまとしていますけど?」
このようにインタビューアーの質問に対して何の淀みもなく笑顔で答えてくれた立花コマさん。
しかし明らかに正気ではない発言をしていた事から、この立花コマさんへのインタビューで立花マコさんが催眠術・洗脳・薬物のいずれかを使用したという疑惑は更に疑いようのない物へと昇華したと言っても良いだろう。これ以上被害が拡大しない為にも、事実関係の早期究明を求めたい。
◇ ◇ ◇
「……おにょれ新聞部……ある事無い事好き勝手に書きおってからに……」
掲示板に貼られた校内新聞のあまりにも頭の悪い内容に、思わず頭を抱えてしまう私。新聞部が発行している新聞には、多少脚色された今朝の一幕が鮮明な証拠写真付きでバッチリ掲載されていた。
「普通催眠とか薬物とか……頭の可笑しい単語が飛び交っている時点で、この新聞を信じるような人たちはいないハズなんだけどなぁ……」
この新聞部の新聞はゴシップ誌的な色合いが強く、いつもなら誰もこんなバカバカしい新聞の内容を信じるような人たちはそうはいない。…………いないんだけれども。ただ今回に限ってはちょっと事情が違っていた。
カナカナが私に告った事は事実だし、それから朝にコマとカナカナが抱きついちゃっていた証拠もある。そしてこの私を含めまさかコマやカナカナが皆の前であんなに大胆に私に抱きついてくるなど誰も思いもしなかった事だろう。
だからこそ―――
『立花マコは何らかの違法な手段を使って美少女二人を手籠めにした』
と、学校中の生徒たちはこの新聞の内容を本気で鵜呑みにしているのである。
この記事が学校中に出回ったせいで、朝登校していた時やクラスメイト達に睨まれていた時以上に大変な事になっている。校内のコマファン&カナカナファン全員に二人に抱きつかれた事がバレて、朝以上の殺意に満ちた視線で校内の何処を歩いても睨まれるし……
それにモテない男子たちに『二人と別れろ』と脅迫されたり『お前が居るから俺がモテないんだ』と実力行使されそうになったり、ひと気のない場所で『一体どうやって二人を洗脳したのかこっそり教えろ』と請われたりと……
「新聞部め……来月の予算会議は覚悟しておけよこん畜生め……」
溜息と一緒に新聞部に恨み節を吐く私。そっちがその気ならこっちだって容赦はせん。新聞部の部費ゼロにして、部を潰したろか……
「―――すみませんマコ姉さま。お待たせしました」
「おお、コマお疲れー♡」
と、心の中で新聞部に報復する計画を立てているとようやくコマが2-B教室から顔を出した。
「大変だったねコマ。今日は随分授業が長引いたみたいじゃないの」
「あ……いえ。授業自体はいつも通り終わりましたよ」
「え?そうなの?それにしてはもう昼休みも半分くらい過ぎちゃってるんだけど……Bクラスで何かトラブルでもあったのかな?」
いつも通りコマの味覚を戻す為、そしてコマと一緒にご飯を食べる為。コマの教室前で例の新聞を憎々し気に眺めながらコマが出てくるのを待っていた私なんだけど、今日はいつになくコマが合流するのに時間がかかった気がする。
そう思ってコマに尋ねてみると、コマは苦笑いをしてこう答える。
「実はですね……授業の後に何故か今日はクラスの皆さん―――特に新聞部さまに朝から色々と『お姉さんとの関係について聞かせて!』と質問攻めにされてしまって、出ようにも中々教室から出してもらえなくてですね……」
「あー……そういうことね……」
そのコマの説明で全部理解する。……そーいやコマのクラスに一人いたな新聞部。……そうか、多分そいつだな?このデタラメな新聞を書いた奴は……
コマとカナカナと私の名誉を毀損しやがったお礼として、今度そいつを念入りにシメてやろう。
「やれやれ……こんなデタラメな記事を書くような連中に絡まれるなんてコマも大変だったね。ああ、大丈夫!後でお姉ちゃんがこの新聞を発行停止するように新聞部に命令するから安心してねコマ!」
「え?……ふふふ♪いえいえ、良いのですよ姉さま。そんな事までしていただかなくても。この新聞、流石に他の皆さんはきっと面白い冗談だと思ってくれるでしょうから」
「…………」
……いや、コマちゃんや。多分コマ以外のこの学校のほとんどの生徒が冗談じゃなくマジでその新聞の内容を信じているとお姉ちゃん思うんですよ。
……現に今私を凄い目で睨みつけている周囲の連中は、完全に信じ切っちゃってると思うんですよ……
「い、いや絶対発行停止させた方が良いって!だってあまりにもふざけた内容だしさ!」
「……?そうでしょうか?」
「そうだよ!催眠だの薬物だの……バカバカしい事ばっかり書かれているし。それに何よりも―――こんなダメな私を、コマが一人の女として大好きだとか付き合ってるとか根も葉もない噂話を全校生徒に流されるなんて、あまりにもひどすぎるでしょ!?コマからしたら迷惑極まりない屈辱的な話だもの!」
「…………ほほう?」
私がそのように腹立たし気にコマに説得している最中、コマは一瞬獲物を見つけた猛禽類のようなギラリとした鋭い目付きで私を見つめた。
このコマの目は何だろう……?なんて考えた次の瞬間。
「…………マコ姉さま」
「え?何かなコ―――」
「罰ゲームです」
「―――ングッ!?」
『『『ッ~~~~~~~!!?』』』
突如として、皆の目の前で、コマに唇を奪われた。ああ、私どれだけ無防備なんだろうか。昨日のカナカナのキスに続いて……またあっさりと……唇を奪われてる……
「ちょ、こ……コマ!?何をいきな…………ンンッ!?」
「黙って……姉さま。罰ゲームですよ」
『『『…………たぁちぃばぁなぁああああああ……!!!』』』
一瞬呆けてしまったけれど、周りの連中の禍々しい視線でハッと我に返る私。慌ててコマを引きはがしつつ何故こんな事をするのか問いかけようとするも、即コマは離れた私を追いかけて私の口を自分の唇で塞いで黙らせる。
『や、やっぱりこの新聞に載っている通り、この駄姉……コマちゃんとデキてるの……!?』
『ヤロォ……わざと俺らの前でキスしやがったな……!?宣戦布告かよちきしょう……!?上等だ立花!戦争じゃああああああああああ!』
『テメェを半殺しにして……コマちゃんとイチャイチャ出来る秘密の催眠術のやり方聞きだしたるわ……!覚悟せぇや立花ァアアアアアアア!』
弁明も出来ずただコマに唇を奪われるだけの私を横目に、周囲はもう阿鼻叫喚。叫び、嘆き、怒号が飛び、コマが私の傍に居なかったら間違いなく彼ら彼女らは私の命を狩っていたところだろう。
『えー?なになに?この騒ぎは何?みんな集まって……何が起きてるの?』
『き、キスしてる……おいあれ、マジでキスしてるよな……?』
『う、嘘!?コマちゃんと……マコの奴がキスしてるわよ!?あの噂は本当だったって事!?』
廊下の騒ぎは他のクラス、他の学年にも聞こえているらしい。何だ何だと野次馬たちがどんどん集まり、そして騒ぎの中心の絶賛口づけを交わしている我ら立花姉妹を見て更に騒ぎが大きくなってゆく。
「…………ま、こ……?それに……コマ、ちゃん……?」
「……おー。とうとうやったねーコマ……」
その野次馬の中には……昨日私に同じような事をした私の親友カナカナの姿や、もう一人の親友ヒメっちの姿も見えた。
み、見ないで……出来れば二人とも……はずかしいから見ないでお願い……
「―――ぷはっ!……ふぅ。はい、お終いです姉さま。お疲れ様でした」
「…………ハ、ハァ……ハァ…………はぁ……あ、あの!あのさコマ!?」
時間的には一分くらいの、でも体感的には十分以上の口づけをしてコマはささっと唇を離してくれた。
流石にいつもみたいな舌と舌を入れ合うようなディープなやつじゃないんだけど……でも……ッ!
「はい。何ですか姉さま?」
「…………(ボソッ)なん、何で……なに、をしてんのコマ……!?み、みんなの前だよ……!?」
「……私との口づけは、嫌でしたか?」
「これっぽっちも嫌じゃないんだけどさ!?」
でも時と場所は選ばないと……ちょっと色々とマズいと思うんですけどね!?特に周りの嫉妬でどうにかなっちゃいそうな連中の前でするのはマズいと思うんですけどね!?
見てよコマ!連中の行動を!いや、コマの死角だから見えないだろうけどさ……奴らカッターやらコンパスやら彫刻刀やらを取り出して、これ見よがしに私に見せつけて『いつでもヤれるぞ立花』って顔してるんだよ!?
てか、ホントなんで!?何で……こんな、皆の前で……こう、なんで……なんでコマぁ!?
「……夏休みに、姉さまと約束しましたよね」
「は……?やく、そく……?」
「まさかもうお忘れですか?私……あれ程忠告したはずですよ?」
「夏休み……約束……やくそく……?」
「……自分を卑下する発言をしたら、いつでもどこでも姉さまと口づけをするって罰ゲームです。……久しぶり過ぎて忘れましたか?」
「…………あ」
コマに言われて思い出す。……あ、ああうん。確かにしたねそういう約束。あまりにも私が自分を卑下するような発言ばっかりするからと、矯正する目的でそういう言葉は使わないようにとコマの前で誓ったね。使ったら口づけするって罰ゲームを作ったね……
さ、最近はなるべく意識して使わないように心がけていたけど……マズい、ちょっと昨日今日は色々ありすぎて油断してしまったぞ私……
「で、でもね!?い、いくら罰ゲームだからって……何もこんな皆がいるところでやらなくてもさ…………ほ、ほら……これじゃあ例の新聞の信憑性が増しちゃうかもしれないよ……?」
「…………(ボソッ)だから、やったんですけどね」
「へ?」
「いいえ、何も♡そんな事よりも姉さま。早くしないとお昼休みが終わっちゃいますし……そろそろ部室へ参りましょ♪私お腹空いちゃいましたよ」
「あ、ああ……うん。……ソダネ……」
『『『…………』』』
そう言って何だかやけにご機嫌な様子のコマは私の手を引いて部室まで駆けだす。コマが居る手前だからか先ほどまで騒いでいた連中も私に何か仕掛けるという事もなく、ただ黙ってコマがゆく道を邪魔せぬようにとモーゼの十戒のように人垣が割れていく。
…………勿論、これ以上ないくらい『『『タチバナ、コロス』』』という殺意の籠った視線を私に思い思いに突き刺しているけどね。
コマに手を引かれながら、私はふと今朝親友のヒメっちから言われた言葉を思い出していた。
『……ハーレム…………いや、修羅場か。まあアレだ。……誰にとは言わないけど、刺されないように気をつけてねーマコ』
……私、今日マジで刺されるやもしれん……と。
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