第56話 ダメ姉は、ナンパされる

 カメラを取りに行ったコマと編集さんがコテージから戻ったのを出迎えた後は、また海でコマと一緒に遊び始めた私……なんだけど。


「しっかし暑いねぇ……私、これじゃあ干からびちゃいそうだよ……」

「そうですね。今がまさに夏本番とはいえ、こんなに暑いと気が滅入ってしまいますよね」

「うん……遊ぶ気も削がれちゃう暑さだよねぇ……」


 用意しておいたビーチボードの上にコマと共にぐでーっと寝そべって、ゆらゆら海の上を漂いながらそう言ってみる。……もう3時過ぎだっていうのに、ジリジリ灼けつく真夏の日差しは一向に衰える気配を見せない。

 すんません太陽さんや。アンタいくら夏休みだからって、ちょいとハリキリ過ぎじゃないですかね?ほどほどで良いんですよ。


「あー……なんか私喉渇いちゃったわ。ごめんコマ、ちょっとお姉ちゃん飲み物取ってくるね」

「あ。お待ちになってください姉さま。私も行きます。水分補給は小まめにしておかないといけませんからね」

「おー、そっかそっか。なら一緒に行こうねーコマ」


 心の中で太陽にそんな苦言を呈しながら、干からびてミイラになる前に一旦浜辺に上がる私とコマ。コマの言う通り、こんな暑い日は熱中症が怖いわけだし水分補給はしっかりしておかないとね。


「―――ですからね。その水着もとても似合っているわけですし、先輩も少しは泳いだらどうかと…………おや?ああ、マコさんにコマさん。随分お早いお帰りですね。どうかなさいましたか?」

「あん?おいおい何だよお前ら。もう上がってきたのか。海はもう良いのか?ついさっき休憩したばっかだろうに」


 そんなわけで飲み物調達の為、何やら談笑していた叔母さんと編集さんのいるビニールシートのところまで戻ってきた私たち。


「いや、ちょっと喉カラカラだからさ。なんか飲もうと思って戻って来たんだ」

「私もです。水分補給に参りました」

「ああ、なるほどな。死ぬほど暑いもんなぁ……おい編集、こいつらに飲み物出してやりな」

「わかっています先生。少々お待ちくださいお二人とも。今お飲み物を用意しますので」


 飲み物を要求すると、編集さんがクーラーボックスの中から飲み物を取り出そうとしてくれる。


「なんかすんません編集さん……私まで叔母さんみたいに横暴に「おいマコ、そりゃどういう意味だコラ」編集さんをこき使っちゃってて……」

「いえいえ。これは私が勝手にやっている事ですから、マコさんたちはどうか気にせずに―――っと?おや、これは……」

「……?編集さま?どうなさいました?」

「…………あー、いやその。すみませんマコさんコマさん。私、うっかり補充するのを忘れていたようです。飲み物、もう無いみたいですね」


 と、空っぽになったクーラーボックスを開けて編集さんが申し訳なさそうに私たちに謝る。

 あらら……さっき叔母さんが大量に飲み物買って来てくれたハズなのにもう無くなっちゃってたのか。まあこれだけ暑いと飲み物の消費が激しいのも仕方ないか。


「待っていてくださいお二人とも。今すぐ海の家で買ってきますから、しばらく我慢して頂けると……」

「あ、いや編集さん。そこまでしなくて良いですよ。私が行きますんで」


 甲斐甲斐しくお財布を片手に海の家へと向かおうとする編集さんを引き止める。流石にそこまでして貰うのはいくら何でも厚かましすぎる。というか、寧ろここは……


「自分の分のついでと言っちゃなんですけど……私がコマと編集さんと叔母さん用の飲み物も買ってきますね。編集さんはさっき飲んでたスポーツ飲料水で良いですよね?」

「え?い、いえ……そんな、申し訳ないですよマコさん」

「良いんです良いんです。これくらいやらせてください編集さん」

「そ、そうですか……?……でしたらそれでお願いします」


 コマも叔母さんも編集さんも、お昼にご飯とか飲み物とか買って来てくれたわけだし……今度はお昼に休ませてもらった私の番だろう。皆の分の飲み物を買ってこようじゃないか。こういうのはやっぱ公平にやらないとダメだよね。


「マコちゃんや、アタシは泡の出る麦茶ビールが飲みたいなー♡」

「そろそろ禁酒しようかそこのアル中」


 叔母さんの戯言はスルーしよう。普通の麦茶でいいや。つーか未成年に対して一体何を頼んでんだこの人は……?中学生の私がお酒を買えるわけないじゃないのよ。

 適当に叔母さんをあしらいながら最後にコマに飲み物の確認をする私。


「さてコマ。コマはやっぱりリンゴジュースだよねっ!待っててねー♪すーぐお姉ちゃんが買ってくるからさ」

「あ、はい。勿論リンゴジュースで構わないのですが……姉さま、私も付いて行きますよ。4人分の飲み物を運ぶのは少々大変でしょう?」

「へ?……ああいや、良いよコマ。ペットボトルのやつ四本分買ってくるだけだし、私一人で大丈夫。コマはしばらく休んでて良いよ」


 気遣い上手で天使のように優しいコマが私にそう言ってくれるけど、大した量でも無いし私一人いれば十分だよね。

 そう思ってコマの申し出をやんわり断った私だけれど、何故だかコマは全然納得がいかない表情をしている。


「で、ですが姉さま……一人でしたら危ないと思います。少なくとも私か編集さまか叔母さまの誰か一人姉さまに付き添うべきだと……」

「え?何で?たった4人分の飲み物を運ぶだけだよ?別に危なくもなんともなくない?」


 コマのその提案に対し首を傾げる私。ただ海の家へ飲み物買いに行くだけだし、危ない事なんて何もないよね……?


「あ、危ないですよ!だって……」

「ん?だって、何かなコマ?」

「……だってその……一人だと、あるでしょう……?」

「…………はい?」


 コマの衝撃発言に、思わず耳を疑ってしまう。……え?ちょっと待って……?コマ、今なんて言った?

 ……ナンパ?絡まれる?……私に……ナンパ?…………ナンパぁ!?


「…………は、ハハハ。……ハハハハハッ!そ、そっか……な、ナンパか……!この私に、ナンパかぁ……アッハッハッ!うん、ナイスジョークだよコマ!面白かった!」

「……いえ、姉さま。決して冗談では無くてですね」


 コマがナンパされるのは分かるけど、あろうことか私にナンパするとか常識的に考えてあり得ないよね?そんなコマらしからぬコマのジョークに耐え切れずに大爆笑する私。

 あー面白かった。というか、笑い過ぎてお腹痛い。うむ、どうやらコマは笑いの才能もあるみたいだね。


「実際私も先ほどナンパに遭遇し、叔母さまが傍にいてくださったお陰で難を逃れる事が出来ました。……姉さまの場合、今回私のせいで非常に露出の多い恰好をしていますし、何より誰よりも可愛らしいわけですから……私以上にそういった方々に狙われやすいと思われます。ですからもっと用心するべきで……」

「ヘーキヘーキ!大丈夫だよ。そんなに心配しなくても、私にナンパなんてする物好きなんざいるハズないって!んじゃ、私飲み物買ってくるねー!すぐ戻るからコマは叔母さんたちとのんびり待っててねー!」

「あっ!ちょ、ちょっと姉さまお待ちください……!話はまだ―――」


 コマたちに手を振りながら海の家へと駆けだす。さーて、大笑いさせてもらったお礼に一刻も早く飲み物買って来てあげようねー



 ◇ ◇ ◇



 そんなわけで愛するコマの喉の渇きを潤すべく、飲み物を調達に海の家へと颯爽と出向いた私だったんだけど……


「ふぃー……参った参った。まさかペットボトルが全部売り切れとはねー……」


 この身を焦がす日差しと息苦しささえ感じる暑さのせいか、海の家ではあらゆる飲み物が飛ぶように売れていた。私が海の家を訪れた時には、残念ながらどのペットボトル飲料水もすでに売り切れとなっていたのである。

 ちなみに海の家だけでなく、すぐ傍にあった自販機までもが全部売り切れ状態と来たもんだ。全く……どんだけ今日暑いんだよ……太陽さん本気出し過ぎじゃないか?


「やれやれ。カップの方は普通に売ってあって良かったよ……こっちまで売り切れだったら別のところで飲み物調達しなきゃならなかったし……」


 幸いな事に使い捨てカップによる飲み物の販売はされていたので、ペットボトルの方は諦めてそっちを購入した私。

 ……もし今度飲み物が欲しくなったら、編集さんに車出してもらってどこか近くにあるコンビニとかスーパーまで買い出しするしかないねこりゃ。


「……にしてもあの店員さんには助かった。カップの飲み物を四人分運ぶのは面倒だっただろうからねー」

『―――ねぇキミ。もしかして今一人?』


 蓋付きのカップだから多少揺れても零れることは無いとはいえ、誤って躓き台無しにしてしまわぬように慎重に運びながらポツリと呟く。

 海の家の店員さんが気を利かせて『四人分のお飲み物を運ぶのは大変でしょうし、良かったらこちらをどうぞ』と、親切に用意してくれたテイクアウト用のカップホルダーのお陰で、持ち運びがめっちゃ楽でありがたい。


「もしこれが無かったら……さっきコマに言われた通り、もう一人くらい私に付いてきてもらわなきゃならなかったもんなぁ……」

『か弱そうなキミじゃそれ運ぶの大変そうだし、良かったら俺らで運んであげよっか?オレら見てわかる通りケッコー力持ちだからさぁ』

『いやぁ、背はちっちゃいけどめっちゃ大きくてエロカワイイねぇキミ』

『ってかさぁー、もしヒマならぁーお兄さんたちとイイ事しないー?』


 ペットボトルタイプの飲料水が買えないなんて流石に想定外のハプニングがあったとはいえ、あれ程コマに『運ぶのは一人で大丈夫っ!』と啖呵を切っておきながら『ゴメン、やっぱり人手がいるから誰か付いてきてください……』とか頼みにむざむざ手ぶらで戻ってくるなんて……カッコ悪すぎて赤っ恥だもんね。


『……あれー?おーい、キミ聞いてる?ひょっとしてオレらの事シカトしてんの?つれないなぁ』

「あとはうっかり転んだりして零さないように気を付けてっと。……それにしても。コマったら変な事言ってたなぁ……」

『…………おーい。キミ、マジで聞いてないの?ねぇって…………オイ』


 脇目も振らずコマの元へと最速で戻りながら、先ほどコマが言っていた冗談を思い返す私。確か『一人だと、姉さまがナンパに絡まれる恐れがあるから危ない』とかコマは言ってたっけ。


「うーん……この私にナンパか。ナンパかぁ…………うん!今一度考えてみたけれど、やっぱないわ!」


 私にナンパしてくるなんて余程女性に飢えているか、もしくは特殊性癖の持ち主(デブ専でロリコン)くらいしかいないだろう。もしそんな珍妙なお方がいるのであれば、是非ともお顔を拝見させてもらいたいものだ―――


「(ドンッ!)オイ!聞けって!」

「うぉっ!?……っと、とと……せ、セーフ……」


 ……そんな余計な事を考えていたせいで、周囲に全く気を配れていなかった私。突如付き飛ばされる勢いで背後から背中を押されて、不意を突かれたお陰で転びそうになるのをギリギリで耐えて踏みとどまる。

 あ……危なっ……!?も、もうちょっとで折角買ったジュースひっくり返すところだった……な、ナイスだ私……!


 っていうか……な、なんだ急に……?ホッと息を吐き、冷や汗を拭いながら顔を上げてみると。


「おー、やっとこっち見たね。こんにちは」

「……?あ、はい。こんにちは。……あの、お兄さん方?私に何かご用で?」


 いつの間にか、数人の男の人たちにぐるりと私の周囲を取り囲まれていた模様。ええっと、誰だこの人たち……?

 …………っていうか、何故この人たちは顔を腫らしているんだろうか……?


「何かご用って?あるよ、あるある。オレらずーっとキミのこと呼んでたのに聞いてくれないんだもん」

「散々無視シカトしてくれちゃってぇー酷いねぇキミ」

「キミみたいなカワイイ子に無視されるなんて、ボクたちちょーっと傷ついちゃうなぁ」

「え?呼んでた?……えと、私を……ですか?何故に?」


 マジか。考え事してたせいで、呼ばれていたなんて全然気づかなかったわ。……それにしてもホント誰なんだろうこの人たち……?

 少なくとも見知った顔じゃないから知り合いってわけじゃないハズ。ぶっちゃけ初対面だと思う。だったら初めて会った人たちに呼び止められる理由はないんだけど……


「ああなーんだ、やっぱ気づいてなかったのか。なら改めて。キミ、何て名前?カレシとかいる?」

「どっから来たの?やっぱこの近くに住んでたりするわけ?」

「ねぇねぇ。一人ならもし良かったらさ、オレらと向こうで一緒に遊ばない?楽しいよぉ」

「…………ええっと……」


 この男の人たちの発言の真意を数秒かけて考えてみる。……ちょっと、待って。こ、この口振り……そしてさり気なく肩を回したり私の腕を触ってくる下心アリアリなボディタッチ……まさか……まさかっ!?


「あ、あの……すんません。ちょいと失礼な事を聞くかもしれませんが良いですか……?」

「んー?ああいいよいいよ、何でも聞いてね」

「ま、まさかとは思いますけどお兄さんたちって……ナンパさんじゃ……ないですよね……?」

「ん?うん。まあそうなるかもね。いやぁー、キミがあまりに可愛いからお兄さんたちつい声をかけちゃった―――」

「「「は?」」」


 思わず彼らの正気を確認する私。そ、そんなバカな……!?いた……いたよ!?コマの言う通り、この私にナンパする珍妙な人が……!?しかも、三人!?何故に!?

 カワイイカワイイ双子の妹のコマをナンパするのならわかる。わかるけど……あろうことかこのダメ人間わたしをナンパだとぉ!?頭大丈夫かこの人たち!?もしやこの暑さで頭がやられて、『性別が女ならもう誰でも良いや』ってなってるんじゃなかろうか……!?


「……プッ、プハハハハ!い、いやぁキミ面白い子だね!まさか初対面で正気を疑われるなんて思いもしなかったよ!良いねぇ、ますます気に入っちゃったよ」

「オレら仲良くなれそうだね。にしても……へぇー、ビキニとかダイタンじゃん。なに?もしかして……オレらに見せつけちゃってるワケ?」

「ってか、胸スッゲ!間近でよく見るとヤバいねぇこの胸!ねぇこれ何カップあんの?」


 私のそんな一言を盛大に笑うナンパたち。予想外すぎて頭の中がショート寸前。混乱しかけている私をおいて、彼らの行為はエスカレートしだす。初めは私の肩や腕を軽く触れてくるだけだったんだけど……


「うおぉ……背中めっちゃ綺麗ですべすべじゃん。ニキビ一つ無いし、やっぱ手入れとかしてんのかな?」

「うっわ!?胸、超柔らか!?なにこの重量感!?マジ凄いわ!」

「オイオイオイ、なに胸を一人占めしてんだよ。代われよなー」


 抵抗が無いと分かるや否や、次第に背中や胸に手を移動させベタベタと触り始めたではないか。

 ……結構人目のある浜辺なのに、何やってんだこの人たち……?私じゃなかったら今頃ポリス案件だっただろうに……


「あー……コホン。すみません、くすぐったいからそろそろ止めてくれません?」


 ショートしかけた頭を何とか正常に戻して、ナンパたちにストップをかける私。正直触られるのはちょいと困る。…………下手に触られて折角買った飲み物をうっかり零してしまったら、また買い直さなきゃならないじゃないか。


「えー?別に良いじゃない。減るもんじゃないでしょー」

「てか口では嫌がっててもキミ全然抵抗してないし、これって合意の上だよね」

「ホントはさぁ、こういうことがされたくてそんな超エロい水着を着ててたんでしょ。わかるよー。誘ってるんだよねー」

「いやホント、そういうのじゃないんで……」


 流石にちょっと鬱陶しくなってきて彼らに文句を言う私。そもそも抵抗しなかったのは単に抵抗したら飲み物落っことしかねないから我慢していただけだし、この水着は私のチョイスじゃなくて愛しのコマの選んでくれた水着だってのに……まあ、そんな説明したところでこの人たち納得なんてしそうにだろうけど。


 ……さーて、どうしたものやら。これ以上この人たちに絡まれて戻るのが遅れると、折角のキンキンに冷えた飲み物が温くなってしまうだろう。コマも喉をカラカラにして私の戻りを今か今かと待っているだろうし……


「(……走るか)」


 少し考えてそんな結論に至る私。もう面倒だし無視してこの人たち振り切ってしまおう。飲み物も蓋をしっかり押さえて全力疾走すれば零さずに済むはず。

 そうと決まれば即実行。ナンパたちの隙を見ながら脚に力をググッと込めて、今まさに駈け出そうとした―――ところで、


「ま、マコ姉さま……っ!!?」

「「「ん……?」」」

「えっ?……あ、コマ」


 まるで叫び声のような……この浜辺中に響き渡るのではと思ってしまう程の大音量で、私の名前を呼ぶ声が聞こえてきたではないか。

 声のした方を見ると……愛しい妹のコマが私の元へと全力疾走しているのを視認する。あちゃー……あまりに私が戻るのが遅いからコマが様子を見に来てくれたみたいだね。


「やっほーコマ。ごめんね、待たせちゃったね。いやぁ、実はペットボトルが売り切れてて仕方なく―――」

「そ、そんな事は、どうでもいいのです……!な、なんて……なんてことを……ッ!」


 待たせたことを謝る私をよそに、コマは真っ青な顔をして声も身体もワナワナと震わせ……そして未だ私の身体を触っているナンパ三人を親の仇でも見るようにキッと睨みつける。

 …………あ、あれ?な、なんかコマ……めちゃくちゃ怒ってない……?


「んー?……おぉ!なんかどこかで見た顔と思ったけど、キミって確かお昼の時の!」

「姉さま?……ああ、なるほど通りで。似てるなーって思って声かけたんだけど、姉妹だったんだねぇキミたち」

「へぇー、美人姉妹じゃん。ねぇねぇ良かったらさ。キミもお姉さんと一緒にオレらと遊ばな―――」

「…………

「「「へ?」」」


 と、そんな彼らの言葉など聞く耳持たないと言いたげに、コマは底冷えするような低い声で一言。


「貴方たち、全員姉さまから離れなさい……ッ!」

「「「っ!?」」」

「え……こ、コマ……?」


 冷たく鋭い、ナイフのようなその声が私やナンパたちの心臓に突き刺さる。ナンパたちはビクッとたじろぎ一歩後ろへと下がり、その隙にコマは私を抱き寄せる。


「大丈夫ですか姉さま!?どこか痛いところはありませんか!?」

「え?あ、いや……だ、大丈夫。別に私は何ともないけど……」

「良かった……!すみません、もっと早く様子を見に行くべきでした……怖かったですよね……?辛かったですよね……?すみません、本当にすみません姉さま……私が、私が傍にいれば……すみません……すみません……!」

「コマ……?あの、どしたの……?」


 コマに痛いくらい力いっぱい抱きしめられる私。一体全体何が何やらよくわからんが……コマにこれ程までに情熱的にハグして貰えて今日は超ラッキー♪―――とか言える雰囲気じゃないよね、ごめんコマ。

 私の無事を確認して一瞬安堵すると、私をしっかり抱きしめながら再びコマはナンパ三人を鋭い眼光で睨みつける。これほどブチ切れたコマの姿は、いつも一緒にいる私ですら初めて見るけど……ど、どうしてコマはここまで怒ってるんだろう……?


「あー、いやその。……べ、別にオレらまだその子になんもしてないんだけど……」

「ちょ、ちょーっと遊んでただけだからさ……だ、だからそんなに睨まないでよ……綺麗な顔が台無しになるよキミ?」

「な、なんか邪魔したっぽいね。じゃ、じゃあその……ま、またねー」


 流石に居た堪れなくなったのか、それともコマのあまりの迫力に恐れ戦いたのか。あれほど人目を憚らずに私の身体を触っていた無駄な度胸は何処へやら、ナンパ三人は逃げるようにこの場から退散しようとする。


 …………が、しかし。



 ガシッ!×2



「……待てやコラ」

「……何処へ行くつもりですか?」

「「「は?」」」


 そんな彼らを引き留める、二つの大きな影があり。


「……やれやれ。アタシも甘かったねぇ……マコの言う通りだったわ。ビンタ一発程度じゃ生温かったみたいじゃねぇか。……うちの大事な可愛い姪に、何手ェ出してくれてんだテメェら……!スイカ割り決定じゃゴラァ!」

「……神聖な姉妹百合を邪魔する輩は貴方たちですかー?お仕置きの必要がありますねぇこれは。これからは『姉妹愛イイ…』『百合尊い…』以外の台詞が吐けないような身体と精神に矯正せんのうしてやりましょうかねぇ……!」

「「「は、ハァ!?」」」


 いつの間に来ていたのか、叔母さんと編集さんがコマに負けないくらいの殺気を出してナンパたちの後ろに立っていた。

 あらヤダあのおねーさんとおにーさん……めっちゃ笑顔なのにその笑顔がとっても怖い。


「コマ、ここは良いからマコ連れて先に戻ってな」

「ご安心ください。すぐに終わらせてきますからねコマさん」

「……わかりました。どうかよろしくお願いしますね叔母さま、編集さま。……行きましょう、姉さま」

「え?あ、うん……」


 何が何だかわからないまま、コマに手を引かれてこの場から立ち去る私。


『さぁて……テメェら。うちの姪二人を傷つけたんだ……覚悟出来てんだろうなぁ……?』

『まあ、調子に乗って先に手を出したのは貴方たちのようですからね……今更文句は言わせませんのでそのつもりで』

『『『…………』』』


 そんな私の背後から叔母さんと編集さんの不穏な台詞が聞こえた数秒後に、断末魔のような金切り声が聞こえてきたのが非常に気になった。

 あの人たち、あの二人に一体何をされたんだろう……?

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