第37話 ダメ姉は、相談する

 赤点回避―――そのためには勉強をするしかない。そう認識したその日の夜。


「コマ、それに叔母さん。ちょっと相談があるんだけど……良いかな?」

「……?あ、はい。何でしょうか姉さま?」

「相談?どうかしたのかマコ?」

「うん、実はさ。私今日から一週間、んだけど―――」

「「…………!?」」


 晩ご飯の最中に、自分の作ったご飯を食べながら『期末試験の勉強をしたい』と切り出す私。


「……ね、姉さまが……」

「……期末試験の勉強……だと?」


 その私の言葉を聞いた最愛の妹コマとめい子叔母さんは、何やらえらく衝撃を受けたご様子で。

 二人とも思わずポロっと箸を床に落とし、目を丸くして顔を見合わせる。


「……おい、大丈夫かマコ?ひょっとして熱あるんじゃねーか?今からでも病院行くか?何なら救急車呼ぼうか?」

「……あのさ。どうして私が勉強したいって言っただけで、うちの担任の先生も叔母さんも119番救急車召喚魔法を使おうとするんだい?」


 普通はさ、勉強したいなんて言ったら喜ばれこそすれ、驚かれたりガチで心配されるなんてことなんてないよね……?


「全く……コマも叔母さんのこの反応、酷いと思わない?失礼極まりないよね」

「姉さま、とにかく今はお熱を測りましょう。おでこ出してもらっても良いですか?」

「あれ!?コマまで!?い、いや大丈夫だからね!?別に熱とかないし頭の病気とかでもないからね!?」


 更には最愛の妹にまで本気で心配される始末ときたか……さ、流石にこれはショックだ……普段の私ってコマにどんな風に思われているのかちょっと心配になってきたぞ……


「どうしてって……そりゃあマコ、お前普段の生活態度を鑑みたら仕方ねーだろ。なぁ、コマもそう思うだろ?」

「そう……ですね。……前回の中間考査の時は、姉さまは『試験勉強は大丈夫かって?あはは!そんな時間と労力使うくらいなら、新しい料理のレシピでも考えるよー』と仰っていましたし……」

「試験前にそんなことを平気で言い出すほど勉強嫌いで不真面目なお前が、急に真面目に勉強しだすなんて不自然すぎるだろ。マコだって、アタシやコマがあまりにも普段とは違う行動したら、不審に思うし病気じゃないかと疑うだろうが」

「そ、そうかなぁ……?」


 不審って……病気って……さ、流石にそれは言い過ぎではなかろうか。


「納得がいかないかい?じゃあちょいと例え話をしてやろうかマコ」

「例え話?」

「おうよ。……このアタシが何の前触れもなく突如『仕事がしたい!』とか『酒はもう飲まん!』とか宣言したとしたら……絶対にお前さんもアタシらと同じような反応するぞ」

「確かに……!」


 ヤバい、何というこれ以上は無いくらいの説得力…ッ!突然ワーカーホリックになった叔母さんとか、禁酒し始めた叔母さんとか……頭がおかしくなったとしか思えない。

 ……つーか叔母さんや。それは自分で言って悲しくならないのかい?


「それで姉さま?熱がないのでしたら、何故急に勉強をしたいと仰るのでしょうか?」

「へ?」

「何かしらの理由があるから、期末試験を頑張りたいのですよね?……今朝は特にそういった話は姉さまもしていませんでしたし、もしや今日学校で何かあったのではないですか?」


 このままじゃ話が進まないと判断したのだろう。コマが落とした箸を拾って新しい箸に変えつつ、そんなことを尋ねてくる。おぉ……流石コマ、鋭い洞察力だ。


「そ、そうなんだよ。実はさ、今朝クラスメイト達にね―――」


 とりあえずコマに尋ねられるまま、今日の出来事を簡潔に報告する私。


「―――というわけなんだ。わかった?」

「……留年、ねぇ。義務教育の中学で、留年……?」

「……姉さまが、私のヒモ……?」

「うん。だからさ、何としても赤点を回避すべく死に物狂いで勉強しなきゃって思ったわけなの」


 今朝友人たちに言われたことをそのまんま話してみると、さっきとはまた違った微妙な表情で顔を見合わせる二人。


「勉強したいと言い出したのはそういう事か。……んー、まあどんな理由にせよ勉強する習慣を付けること自体は悪くは無いだろうし、良いんじゃないか?けどマコ、自分で頑張ると決めた以上はしっかり頑張るんだぞ」

「了解。ありがと叔母さん」


 そう言ってぶっきらぼうに応援してくれる叔母さん。『勉強するもしないも本人次第。自分の人生だし自分で決めな』が叔母さんのスタンスらしく、口煩く私たちに勉強は強制しない。

 ただ、強制はしないながらも私やコマの保護者として言うべきことはしっかりと言ってくれる。……なんだかんだで優しいよね叔母さん。叔母さんの言う通り、自分で決めたことだししっかり頑張らなくちゃ。


「…………(ブツブツブツ)私としては姉さまが留年しようが仕事に就けなくなろうが、私のヒモになってくださろうが何一つ問題ありませんのに。…………いえ、寧ろ姉さまを私が養うことが出来れば……どんなに……そう、どんなに幸せな事でしょう……!私が姉さまのために一生懸命働いてお金を稼ぎ、そして姉さまが専業主婦……それはまるで新婚夫婦のように……!」

「おーいコマ。お前さんの願望、微妙に声に出てるぞー」

「……?コマ?今何か言った?」

「……ハッ!?い、いいえ。な、何もありません……私もわかりました……」


 一方のコマは何やら複雑そうな反応をしている。……まあ、いつもは全く勉強しない癖に、こういう時だけ慌てて勉強しだすなんて普段から真面目に勉強しているコマにとっては最も嫌悪すべき行為なのだろう。複雑に思う気持ちもわかるよ。


「(よく考えたら、これって私にとってかなり良い機会何だよね……)」


 コマの立派な姉になると先月も改めて決意しなおした私。だからそろそろ学習面でもしっかりとするべき時が来たのかもしれない。そういう意味でも今回期末試験でしっかり点を取ることは大事だ。

 ここで良い点を取れば、コマの姉という肩書に恥じることのない文武両道な立派な姉へと近づけるかもしれない。だからこそ、ここはより一層頑張らねば。


「マコが期末の勉強頑張りたい理由はわかった。それで?」

「ん?それでって……?何が?」

「何がってお前……自分から話を切り出しておいて忘れたのかよ」

「姉さま、確か私と叔母さまに何か相談があると仰っていましたよね?どのような相談なのでしょうか?」


 あ……ああ、そう言えばそんな話だった。二人に変に驚かれたり話が大幅に脱線しちゃったせいですっかり本題を忘れちゃってたよ。


「そんじゃ話を戻すね。私、これから一週間は期末試験の勉強に専念したいんだ。だから……その、家事を任されている身でこんなこと言うのは悪いけどさ、今週は家事全般―――特に朝昼晩のご飯作りはかなり手を抜くことになっちゃうと思う」

「「ああ、なるほど……」」


 今更言うまでも無い事だけど。私、立花マコはこの家の家事担当である。朝は5時ごろに起きて愛しいコマ(とついでに叔母さん)のため、丹精込めて朝食とお昼のお弁当を作り、作り終わったらコマと叔母さんを起こして朝食。そして学校に登校。

 授業が終わり放課後になれば部活動である生助会のお仕事をコマと頑張り、それを終えると我が家へ帰って今度は晩ご飯を作る。晩御飯を皆で食べ終えて後片付けをしたら、お風呂を沸かしたり掃除をしたり洗濯・アイロンがけをしたり、次の日の料理の下ごしらえやレシピ研究を行う―――これが6年前からの私、立花マコの日課である。


「試験準備期間に入ったからしばらく部活は無いし、時間の余裕はあるけどさ……その時間は、出来れば勉強する時間に回したいんだよ。だから料理は手の込んだものを作る余裕は無いと思う。一分一秒が惜しいし……簡単なものしか作れないんじゃないかな。ゴメンね二人とも」


 だけど今回は流石に日課通りの生活をしていたら、とてもじゃないけど勉強する暇なんて無い。だからこそ予め二人にそのことを謝っておくことに。


「いや、それは…………お前が気にすることじゃねーよ。作るのが無理そうなら出前頼むか外で食えばいいだけだしな」

「そうですね。……それに関しては私こそ謝らなきゃいけません。いつもいつも料理を姉さまに任せっきりにしてしまって申し訳ありません……」

「ううん。謝らないで良いって。家事は趣味も兼ねて、私が今まで勝手にやってきただけの事だしさ」


 バツが悪そうに頬を掻く叔母さんと、私に向かってペコリと謝るコマ。二人とも諸事情で料理ができないわけだしそこは仕方がない。


「食事の件もわかった。じゃあ他の家事に関してはどうするお前ら?」

「掃除や洗濯は私も出来る限りお手伝いします姉さま。姉さまが勉強に専念できるように、是非ともやらせてください」

「ありがとうコマ。その気持ちだけでも十分嬉しいけど……手いっぱいの時は手伝ってもらうかも。その時はよろしくね」

「はい。任せてください姉さま」

「アタシも出来る限り家事も協力するぞマコ」

「ありがとう叔母さん。その気持ちだけでも迷惑だから、謹んで遠慮させてもらうね」

「それはどういう意味だオイ!?」


 だって叔母さん、先月も脱衣所を泡だらけにしちゃった前科あるし……まあ、いつもなら失敗を恐れずに苦手な家事も挑戦してもらいたいけど、何らかのミスをやらかして大惨事になった場合は却って時間を取られちゃいかねない。そういうわけだから、今回は悪いけど遠慮してもらうとしよう。


「ま、まあいい。……じゃあ残りの問題と言えばアレか。マコがどれだけテスト対策できるかって問題だな。どうなんだ?具体的な学習スケジュールや各科目ごとの勉強法は考えてあるのか?ぶっちゃけ今回の期末試験、自信はあるのか?」

「……正直言うと、何も当てなんてないし……自信だって全くない……」


 と言うか。そもそも試験範囲がどこからどこまでなのかすら把握しきれていないし、どの教科をどんな風に勉強すればいいかなんて皆目見当もつかないや。


「とりあえず今までやってきたみたいに、出る範囲の箇所を丸暗記するつもりなんだけど……多分それじゃあいつも通り赤点取っちゃうだろうからね……困ったなぁ」


 ただでさえ期末試験は英語や数学の主要教科に加えて、副教科である音楽とかの勉強もしなければならないし…覚えることが多すぎてちょっと困っている。

 丸暗記だけじゃない、何か上手い勉強法でもあれば良いんだけど……


「例えば先生みたいな勉強できる人に勉強教えてもらえればベストなんだけど……もうこの時期になると、どの先生も誰かしら生徒たちに質問攻めにされてるだろうから、じっくり勉強教えてもらえる時間なんて無いんだよね……いやはや、どーしたものかなぁ」

「ほー?なら話は早いじゃねーか」

「……へ?」


 と、そう苦笑交じりに叔母さんに言ってみると、叔母さんは何故かコマの方を向いてこんなことを言いだした。


「おいコマ。確かお前さん、四月くらいに『もしもの時は私が姉さまの家庭教師やりますね』とかなんとか言ってたよな?」

「え?……え、ええ。そうですけれど、それが何か―――あっ……!」

「察しが良いな。そういうことだ。……ちょうどいい機会だしよ、コマがマコに勉強を教えてやったらどうだ?お前は学年一位の成績だし、教えるのだって上手いだろ」

「はぁ!?」


 こ、コマが私に勉強を手取足取り教える……!?……ちょ、ちょっと魅力的な提案だけれども、それってただでさえ底値な姉としての威厳が更に地中に埋まってしまうってことじゃないか……!

 それにコマにとってもいい迷惑だろう。試験まであと一週間。詰め込まなければならないのはコマも同じ。そんな中この駄姉の為に家庭教師やらされるなんて……試験勉強の邪魔でしかない。


「な、何言ってるのさ叔母さん。試験があるのはコマだって一緒なんだよ?それなのに私に勉強を教えるだなんて……コマの迷惑になっちゃうじゃないの。ね、コマもそう思うよね?」

「い、いいえっ!そんなことありません……っ!」

「へ……?」


 コマに同意を求めてみると、予想に反してコマは声高らかに否定する。


「め、迷惑なわけないじゃないですか!ぜ、是非!是非ともこの私に、姉さまの家庭教師役を任せてくださいまし姉さまっ!」

「え、いやでも……コマも試験勉強で忙しいでしょ?コマの勉強の邪魔するのは迷惑になっちゃうから申し訳ないし、こんな私を気遣って無理をしなくて良いんだよ?」

「大丈夫ですっ!」


 そう言って私の隣まで歩み寄り、私の手を取って何やら力説始めるコマ。


「良いですか姉さま?勉強というものはですね……教える側にもメリットというものがあるのですよ」

「教える側に、メリット……?そんなものホントにあるの?」

「勿論ですとも!例えばですね……他人に勉強を教えることで、教える側も学習の復習になるのですよ姉さま。他の人に解き方を教えているうちに、問題の解き方の再確認が教える側にも出来ますし、それにもしも質問をされた内容をちゃんと教える側が答えることが出来なければ、教える側がその質問内容の箇所をしっかりと学習していないと把握する事が出来ます。また、他人がどの部分で間違えてしまったのかを教える側がチェックすることで、自分一人では気づけなかった間違い方を経験することができ、教える側も試験の際に同じミスをしないように気をつけることが出来るのです」

「へぇ……そうなんだ」

「そうなのです。つまり私が姉さまの家庭教師をするということは、姉さまの為にもなり……そして私の為にもなるのですよ。これぞまさに一石二鳥ですね。ですので……ここは私が姉さまの家庭教師になる事が、一番良い選択だと断言致します」


 捲し立てるようにコマが私に説明してくれる。なるほどね……コマのその説明に思わず感心する私。

 やっぱり頭の良い人ってこういうところもよく考えているんだね。何だか日常会話だけでも色々と勉強になる気がするよ。


「(ボソッ)くくくっ……随分と必死だなーコマ。そんなにマコの家庭教師になりたいのかー?」

「(ボソッ)…………叔母さま?何か言いましたか?」

「(ボソッ)ハハッ、別にー?」


 うーむ……どうしよう。今の私に姉の威厳がどうこうと言っていられないのもまた事実。

 コマがここまで言ってくれてるし、勉強が出来るコマに教われるなら願ってもない話だしここは……


「そ、それじゃあ……コマ。大変だろうけど……勉強、教えてもらってもいいかな?」

「はいっ!ありがとうございます姉さまっ!…………(ボソッ)やった……っ!」


 折角のお誘いだしその厚意に甘えるとしよう。頭を下げてお願いすると、コマは喜んで承諾してくれる。


「あはは。いやいや、お礼を言うのは私の方だよコマ。それじゃあ早速今日からお願いしても良いかな?」

「勿論ですとも。それではご飯を食べ終えたら始めましょう。……勉強するのは私の部屋で良いですか?」

「うん。コマの部屋の方が参考書とかも揃ってるだろうからねー」


 と、言うわけでこの瞬間、立花姉妹による期末試験対策勉強会が発足したのであった。

 試験まで残り一週間。家庭教師を申し出てくれたコマの為にも、気合を入れて頑張ろう私……!

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