第18話 ダメ姉は、迫られる

「それじゃあマコちゃん、献立表は持って来てくれたのよね?まだコマちゃんの検査も時間かかりそうだし、いつもみたいにチェックしたいからちょっと見せてもらおうかしら」


 相談会兼カウンセリングを一旦終えて、ちょっぴり湿っぽくなった気持ちを切り替えるかのように明るく話題を変えてくれる先生。


「了解です!ご指導のほど、よろしくお願いしますっ!」

「はいはーい、おまかせあれ。どれどれ……?」


 前日にメールで言われていた通り、今月の献立表を持参している私。その献立表を言われた通りに先生に提出する。


 さて。何故にお前はこんなところで献立表なんかを提出してるんだ?と思われるかもしれない。まあ、ここは耳鼻咽喉科で食事処でもないわけだし不思議に思って当然だろう。…実はこれこそ、最愛の妹コマの味覚障害克服のために数少ない私のできる取り組みの一つである。それは…


 【食事療法】


 ちゆり先生曰く一般的に味覚障害の主な原因は亜鉛不足であり、それを補うために亜鉛製剤なるものをコマに出してくださっている。

 けれどもそれだけでは十分な療法にはならないそうだ。一番手っ取り早く亜鉛等を摂取するなら、やはり日常的な食生活で必要とされる栄養素を補っていく方が身体にも……そして心にも良いらしい。


 そこで料理をある程度覚えてしばらく経ったある日……ちゆり先生から、


『ねぇマコちゃん。マコちゃんにしかできないコマちゃんの味覚障害克服のための取り組みがあるんだけど……やってみない?』


 と、提案されて以降ずーっと続けている食事療法……まあ、つまりは献立作り。コマの毎日の食生活をよりバランス良くし、亜鉛不足などを解消すべく管理栄養士の資格も持っているちゆり先生にいっぱいアドバイスを受けながら、必要とされる亜鉛量・カロリー・栄養素などを考慮し計算して一日一日の献立表を私は毎月作っている。


 勿論その日のコマの体調やリクエストに合わせて微調整を行うけれども、基本はその作った献立表を基にして毎日のコマのご飯を作っている。

 これによりコマの体質改善や健康的な食生活を提供するのが狙いだ。これこそ我が家の唯一の食事当番である、この立花マコの使命なのである。


「(最初は大変だったなぁ……)」


 始めたばかりの頃は、この作業はとにかく大変だった。ただ料理作るだけでも手間なのに、『どの食材にはどんな栄養価があり、一日にどの程度摂取すれば~』―――なんて、勉強すればするほど余計に混乱してしまい……一度は知恵熱を出しかけたこともあったような覚えもあったり。

 ある程度栄養学を勉強し料理もそこそこ作れるようになった今じゃ結構楽しく献立作りも出来るようになったけど、たった一日の献立作成だけで四苦八苦していたあの頃が懐かしいものよ。


「―――終わったわよマコちゃん」

「お、おお……もうですか。流石先生お早い仕事で」


 なんて事を考えているうちに、あっという間に添削を終える先生。いつも思うけど仕事早いなぁ……こういう仕事ができるかっこいい大人になりたいね。


「それで……どうでしょうか?何か変なところとかありましたか?」

「ううん、上出来よ。一応細かい添削はしているけれど、こんな感じで大丈夫よマコちゃん」

「え?本当ですか?」

「ええ。もうそろそろ私の助言は必要ないかもね。マコちゃんは本当に賢いわねぇ」


 献立表を私に返しながら、先生が感心したように褒めてくれる。


「あはは……いやぁ、そんな褒められることじゃないですよ。というか賢くなんてないです。私、学校の勉強自体はダメダメですし」

「あら、そうなの……?マコちゃん賢そうなのにそれはちょっと意外ね……?」

「かしこそう……!?」


 せ、先生の目には私はどんな風に見えているんだろうか……?私が賢そうとかお世辞にも程があると思うの。


「いえ、恥ずかしながら……学校ではとってもおバカな問題児ですよ私。この間は学力テストで学年最下位です、はい。……まあ、先生にこうやって添削してもらっているお陰か、家庭科だけは成績良いんですけどねっ!」


 そう、私の唯一自慢できるものと言えば料理や裁縫。そしてそれらの技術と知識を存分に震える家庭科が唯一の得意教科だ。こうして一生懸命(学校の勉強はそっちのけで)栄養学を勉強したり日常的に家事全般をやっている賜物か家庭科だけは常に学内トップで補習など一度も受けたことが無い。

 ……まあ、逆に言えばそれ以外の科目は体育ですら補習を受けたことがあるくらいにおバカで運動音痴でダメダメな私なんだが。


「もう……謙遜しないのマコちゃん。それってつまりはコマちゃんのために一生懸命、味覚障害の事とか食事や栄養について勉強したってことでしょう?」

「い、いえそんな……ことは……」

「だったらなおさら私マコちゃんのこと褒めちゃうわ。偉いわねぇマコちゃん」


 だというのに、柔らかな笑みを浮かべて褒めてくれる先生。

 う、うーむ……貶されることは日常茶飯事なだけに、自分の賢さを褒められるなんて滅多にないからちょっと嬉しいけれど何だか恥ずかしい。いかん、調子狂っちゃうわ。


「え、偉くは無いですよ……これって半分趣味みたいなものですし。あっ、そうだ!趣味で思い出しましたけど……先生、いつもお世話になっているお礼と言いますか……その。私、先生にクッキー焼いてきたんです。もし良かったら食べていただけませんか?」


 若干顔のほてりを感じながら、その気恥しさを誤魔化すように昨日焼いておいたクッキーを取り出すことに決め込む私。


「まぁ、可愛らしいクッキー♪料理上手なマコちゃんの手作りなんて……嬉しいわ。ありがとうマコちゃん」

「いえいえ。こんなんで良ければいつでも作りますよ私」


 ラッピングした袋を取り出すと本当に嬉しそうに受け取ってくれる先生。

 ……良かった。こういうものって病院に持ってくるのは非常識だって怒られないかちょっと心配だったけど、先生はそういうのは気にしないタイプだったね。


「それじゃあ早速いただきまーす♪」


 ……何せ気にしないどころか、そのままこの場で食べ始めるくらいだし。あの、お医者様。ここは診察室なのでは…?


「せ、先生……?今ここで食べちゃうんですか……!?」

「あら?もしかしてダメかしら?」

「だ、ダメと言うか……今無理して食べなくてもお昼休みとかでも……」

「えぇー……だって今食べないとマコちゃんに食べた感想を言えないじゃないの」


 ……前から思っていたけど、先生ってやっぱり若干の天然さんなのだろうか。食べた感想なんて次に来た時にでも言えば良いだけでは?


「えっと、こんなもの持ってきた私が言うのもなんですけど、他の看護師さんとか患者さんに『仕事中にお菓子なんて食べないでくださいっ!』って怒られたりするんじゃないかなって」

「そう?大丈夫じゃないかしら」


 心配する私にあっけらかんとそう答える先生。だ、大丈夫……かな?私は良いんだけど、色々問題になりそうな気がする。

 厚意のつもりでお菓子焼いたけど、他の患者さんが先生にクレームつけて来たりしたら却って申し訳なさ過ぎて…


「で、でもですね……これが他の患者さんたちに見られでもしたら……」

「それは無いわ。だって今日はうち、そもそも―――」

「そもそも?」

「―――そもそも……だから。マコちゃんとコマちゃん以外の患者さんは今日は来ないから大丈夫大丈夫♪」

「ほんっと、すんませんお休みの日にわざわざ……っ!」


 うそ、待って……今日って定休日……!?

 た、確かになんかいつもと違う曜日の診察だなー、とか珍しく私とコマ以外の患者さんがいないなーとは思ってたけど……まさか休みなのに私たちの為だけに診療所開けてくれたってことなのですか先生!?


「一応コマちゃんは急患扱いになるから問題にはならないわ。それに気にしないで。私、マコちゃんとコマちゃんに会えるの楽しみにしているだけだし。お仕事の時じゃないと中々二人に会えないじゃない。定休日だったら他の患者さんも来ないからゆっくり二人と遊べるしお話できるし、それに都合も良いでしょう?」


 ……そう言われてようやく理解する。色々、というのはコマの体質の事だろう。患者さんが多い時に私とコマが口づけしているところを見られたらちょっとマズい。

 そうか、つまり先生は私たちに気を遣ってわざわざ休みの日に診察をしてくれたのか。そういえば前も患者さんが少ない日にばかり予約を入れてくださっていたっけ。やっぱり優しいなぁ先生……


「そう言ってもらえると、助かります。ホントありがとうございます先生」

「だから気にしないで良いって。あっ、でも他の患者さんにはこのことはナイショでお願い。マコちゃんの言う通り『特定の患者にえこひいきしてる!』とか『仕事中にお菓子食べるなんて何考えているんだ!』って怒られちゃうものね」


 茶目っ気たっぷりに笑いながらそんなことを言う先生。休みの日まで自主的にお仕事しちゃうとか、うちのサボり魔(おばさん)に先生の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ。


「それじゃ、クッキーいただくわね」

「あ、はいどうぞ。お口に合えば良いんですけど…」


 そんなわけで食べても問題ない(?)とわかったところで、焼いたクッキーを食べてくれる先生。


「うん、美味しい!また腕上げたわねーマコちゃん」

「そうですか?まあ、毎日料理してる成果ですかね」


 主にうちの年長者が家事全般ダメなせいで。


「そっかぁ。毎日……か。……マコちゃんがいればきっと毎日こんな美味しいもの食べられるのねー。いいわねぇ……コマちゃんがとってもうらやましいわぁ」

「へ?」

「うん……料理だけじゃなくて家事も得意みたいだし、良い子だし愛らしいしマコちゃんはきっと素晴らしいお嫁さんになれるわね」

「そ、そうですか?いやぁ、照れちゃいますよ先生」

「うん、これは今すぐにでも欲しいくらいよ」


 ふむ、お嫁さんか。いつか私もコマの嫁になれたらどんなに…そう、どんなに良いか……っ!

 …………まあ、当然叶わぬ儚き夢だろうけど。


「それにしても。今更言う事じゃないけど不思議よねー」

「……ん?何がです?」


 と、私のクッキーをサクサクと食べている先生がまたコマのカルテを開いて呟く。不思議…?何がだろう。


「そりゃ決まっているわ。コマちゃんの体質の事よ」

「え?味覚障害ってそんなに不思議な事ですっけ?」


 変だな……それこそ先生はその道のプロだし、別段珍しくも無いような気がするけれど…?


「まあね。味覚障害自体はポピュラーよ。けど……少なくとも長い事この仕事を続けている私も、一定時間とは言えお姉ちゃんと口づけをしたら味覚が戻る、なんてケースはコマちゃん以外は見たことも聞いたこともないわ」

「ああ……まあ、そりゃ確かに」


 私もネットとか使って前に調べてみたけど、こんな例はコマ以外では今のところ見かけない。

 心因的な理由から本当は味覚も感じるはずなのに普段は感じられなくて、口づけがある種のスイッチになって一時的に感じるようになっている―――のが先生のコマの症状の仮説らしいけれども。


「でもこの仮説だとマコちゃんがコマちゃんに口づけした途端、急激にコマちゃんの血液中の亜鉛や鉄分濃度が正常値まで戻っちゃうことの説明が十分には出来ないのよ。他の検査も口づけしたらしっかり正常って出ちゃうし、こうなってくると単に心因的な問題だけじゃないと思うの」

「へぇ……そうなんですか」


 よくわからんがどうやら相当お医者様泣かせらしいコマの体質。まあキスすりゃ味覚が戻るなんて荒唐無稽な話、どこぞの毒リンゴ食べたお姫様の童話じゃあるまいにと思われてもしょうがないもんね。


「となると、逆に考えるとマコちゃんの方を調べる必要があると思うの私」

「……はい?」

「だってそうでしょう?これだけ調べてもコマちゃんが治らないなら……マコちゃんの方に味覚障害克服の鍵があるかもしれないってことよ」

「私が……克服の、鍵……?」

「うん。実はマコちゃん特有の何らかの味覚を治す酵素があるのかもしれない。もしくは……マコちゃんのキスはコマちゃんの味覚を治しちゃう王子様の魔法のキスなのかもしれないのよ」


 冗談交じりに先生がそんなことを呟く。ある意味コマの味覚障害を引き起こした原因でもある私じゃ、王子役じゃなくて毒リンゴをお姫様に渡しちゃう魔女っぽい気がするんだけど……

 なんてことを考えていると、突然先生が私の元に急接近。


「……だから。ねぇマコちゃん。ちょっと試しても良いかしら」

「試すって……何をですか?」


 さっきまでの優し気な笑みとは違う、ちょっぴりドキッとしちゃう蠱惑的な笑みを浮かべて先生はこう続ける。


「……キス、してくれない?」

「…………ん?」

「だから、キスよ」


 いつの間にか目の前まで来ていた先生が、そんなことを言い始める。……え?誰と誰が……キス?


「前から気になってたのよ。味覚障害を治しちゃうキス。それがどんな味なのかってね」

「え、えっと……せ、せんせー?どうしましたー?」

「まあ、キスのこともだけど……一番気になってたのは…マコちゃん自身かな」


 そうニッコリ笑って私の頬をくすぐるように触れる先生。ちかいちかいちかい……!?

 え、なにの展開……?いやまあ、先生前からスキンシップ多かったけど……なんか今日はいつも以上に―――


「ごめんね、褒めるの遅くなっちゃったけどとってもよく似合うわよその服」

「そ、そうですか?」

「ええ。マコちゃん可愛らしくて……食べちゃいたいくらいよ。―――

「ははは、先生ったら冗談がお上手ですねー」


 ……なんかその割には、目が本気と書いてマジっぽいのは私の気のせい……だろう。多分。


「あの先生?私なんか食べても色んな意味で美味しくないです―――ひゃんっ!?」

「あらあら♪マコちゃん良い声。マコちゃんって耳弱いの?ホント可愛いわねー」


 今度は私の耳をつつーっとなぞる先生。へ、変な声出してしまった……恥ずかしい……


「ねっ、良いでしょ。その魔法のキス、私に試させてくれない?」

「い、いやその……」

「あら、嫌なの?先生ちょっと悲しいわぁ」

「い、嫌っていうかですね……」


 わからない、先生の意図が読めない……もしやからかわれてるのか私?

 いや、冗談なのか本気なのかわからないけど、正直先生みたいな美人さんにこうやって迫られるのは悪い気はしない。……しないけれど。


「わっ……私はもう……一生唇はコマに捧げるつもりだって、思ってますので。口づけは……いくら先生でもちょっと……」


 でも……それでもやっぱり私は妹一筋だし、マウストゥマウスとかならまだしも、口づけは一番大事な人に捧げるべきだよ……ね?


「そっか、それは残念ね」

「……す、すみません先生」


 飽きられてくれた先生にホッと胸を撫で下ろす私。良かった、結構あっさりと先生に納得してもらえたみたいだ。


「ううん。仕方ないものね。仕方ないから―――私とコマちゃんがキスするしかないわね」


 なんで……!?


「なん……なん、で!?何でそうなるんですかちゆり先生!?」

「だってコマちゃんとマコちゃんの口づけのヒミツ、解明するためにはキスするしかないでしょう?マコちゃんが無理なら必然的にコマちゃんと私がしなきゃいけないと思うんだけど?」


 い、いや確かにそう言われたらそうかもしれないけれど……で、でも……っ!

 いつかの、叔母さんが実験と称してコマの唇を奪いやがった苦々しい事件を思い出す私。そ、それだけは……っ!


「だ、ダメですっ!ダメ!こ、コマと口づけするのは……い、いくら先生とはいえそれは……!」

「そうね。困るわよね。だったら……やっぱり私とマコちゃんでキスするしかないわね」

「そ、そうなりますね……」


 …………あれ?いや待て私。ホントにそうなるか?私なんか流されてないか?


「決まりね。じゃあ早速始めちゃいましょうか」

「え、いやホントに……ホントにするんです…!?」

「マコちゃん、気を楽にして……目を閉じて……」


 有無を言わさない勢いでガッチリ肩を抱き、私の唇を指で確かめるようにすうっとなぞる。ど、どうしよう……ホントにしちゃうの?なんでこんな流れに?っていうか、口づけって絶対しなきゃならないの?私と先生が口づけしてコマの味覚障害が克服できるの?

 そんな感じで思考が追い付かず混乱している私をよそに、そのままゆっくりと先生は真剣な表情で狙いすました唇を―――



 ダァンッ!!×2



「わっ!?」

「……あらら」


 ―――あと数センチ……いや数ミリで唇と唇の距離がゼロになるギリギリで、突然心臓が飛び出るかと思うくらい大きな音が聞こえてくる。

 お陰で放心しかけていた頭も再稼働。パッと先生と離れて音がした方へ視線を向けてみると。


「「…………何を、なさっているのですか?」」

「こ、コマ……?それに……看護師さん……?」

「コマちゃんに沙百合ちゃんか。……残念ねー。もうちょっとだったのに」


 何に対してか本気で怒っているようで、診察室入り口の柱を思い切り殴っているコマとコマに付き添ってくれた看護師さんの姿が。

 そのまま急いで中に入って私の元に駆け寄り私の手を握るコマ。あ、お帰りコマ。


「大丈夫でしたか姉さま!?ご無事ですか!?奪われていませんか!?」


 ……なにを?


「マコちゃんの、とっても甘くておいしかったわよー。ご馳走様♪」

「んな……っ!?」


 私が何か言う前に、先生は恍惚した表情でそんなことを言っちゃう。その台詞にギリッと歯ぎしりするコマ。


「……せんせい。以前から…私…言ってますよね……?中学生に、手を出すの、ダメだって」

「あら、そうだったかしら?」


 ……よくわからないけど、ぷりぷりと怒っているコマも愛らしいな。ここまで怒ったコマなんてめったに見られないレアな表情だし、ちょっと写真とか撮ってみたい気持ちに。

 こっとりコマの顔を撮ったら怒るかな?……うん、たぶんコマでも怒るよね……残念。


「そ、それに……以前ハッキリと言ったハズです……!ね、姉さまは……私の……私の……っ!」


 どうにかこのコマの表情をアルバムに納められないかとこっそり頭を悩ませていると、コマの怒りのボルテージがこれ以上ないくらい上昇している。あ……よーわからんけど、これ止めなきゃマズい?あわや一触即発か?

 と、私たちの間に緊張が走ったところで、先生がいつもの優しい笑顔に戻る。


「ごめんごめん二人とも。全部冗談よ。からかっただけ」

「「……えっ?」」

「ふふっ、大丈夫よコマちゃん。まだ唇は奪ってないもの」


 ……まだ?


「で、ですが今、甘くておいしかったって…っ!」

「甘くておいしかったのは……マコちゃんの作ってくれたクッキーの事だけど?」

「…………くっ…きぃ…?」


 私のあげたクッキーをコマにも見せる先生。その単語に、本気でキレる一歩前だったコマも制止する。


「……ホントですか姉さま?」

「へ?あ、うん。お世話になってるから先生にクッキー焼いてプレゼントはしたけど」

「……あげたのはクッキーだけですか?」

「う、うん……私が先生に他にあげるものなんて持ってないし……」

「……よかった」


 心底ほっとしたようで、私の手を握ったままへなへなと崩れかけるコマ。一体どうしたのかわからないけれど、普段は私のようにオーバーに感情表現する子じゃないから今日は色んなコマの表情が見ることが出来て楽しい。

 お休みに入ったからコマもテンションが上がっているのだろうか。いつものクールビューティなコマもこういう感情を表に出すコマも素敵だって思う。


「全く……ちゆり先生。あまりお二人をからかったらダメですよ。度が過ぎると嫌われますよ。…………(ボソッ)無論、私にもね」

「やーん、沙百合ちゃん目が怖いわー。冗談よ冗談」

「なら良いのですけどね。それはそれとして……立花さんの検査結果出ましたよ先生」

「ん、ありがと。見せて。……うん。やっぱり数値的にも大きな変化は無さそうね」


 一方先生は何事もなかったかのように看護師さんと会話をしつつ電子カルテに追記している。

 どうやらさっきまでのアレは、コマの検査が終わるまで時間があるからと、私をからかって遊んでいただけのようだ。もー、先生ったらお茶目さん。


「はーい、コマちゃん検査お疲れ様」

「…………ええ、お疲れ様です先生」

「それで今回の結果なんだけどねー」


 検査結果と今後の方針をコマに伝えてくれる先生。コマも気力を取り戻したのか(私を庇うように私と先生の間に割って入りつつ)若干不機嫌そうな表情だけど真剣に先生の話を聞く。


「―――というわけで、新しい亜鉛製剤といくつか漢方を出してみるわね。また次来た時にどんな感じか報告してもらうわ」

「……わかりました」

「それとマコちゃん。来月もいつも通り献立表を作成してきてね。チェックしちゃうから」

「了解っす!」


 さて、大分時間がかかったけれどこれで診察終了かな。お疲れ様コマ。ありがとうございます先生と看護師さん。


「ではこれでもう診察は終わりですよね先生?ならこの辺で失礼します。……行きましょう姉さま」

「えー?もう帰っちゃうの?もっとゆっくりしていって良いのにー。お茶だすわよ。それでマコちゃんが作ってくれた甘くておいしいクッキーをみんなで食べましょうよ」


 若干おざなりに挨拶を済ませて診察室から即出ようとするコマと、私たちを引き留める先生。

 んー……どうしよう。こう言ってくださっているし、今日は時間もあるからお茶していくのも悪くはなさそうだけど。


「結構です。このあと姉さまと行きたいところもありますし……本日はどうもありがとうございました。……さ、行きましょうねー姉さま♡」

「ん、そだね。先生いつもありがとです。ホントにありがとうございました」


 先生とお話しながらお茶会するのも魅力的ではあるけれど、お休みなのにわざわざ診療所開けて診察してくださったんだ。長居するのは申し訳ないね。

 機嫌が良くなったっぽいコマに手を引かれながら、先生たちに頭を下げてこの場を去ることに。


「んー残念。なら次の機会に誘うわ。マコちゃん、クッキーありがとうね」

「いえいえ、良かったらまた今度焼きますんで」

「沙百合さまも、お忙しい中ありがとうございました。失礼します」

「お大事に。ではお会計がありますのでしばらく待合室でお待ちくださいね」

「それじゃあマコちゃんコマちゃん、またねー」


 そう言って別れ際に私たちに向けてウインクしながら投げキッスをする先生。うーむ……あんなに大人でセクシーで綺麗な人がやるとバッチリ決まってかっこいいなぁ…


「…………っ!!?ねっ、姉さま!早く行きますよ……っ!」

「は、はいっす!」


 それを見た瞬間、コマに急かされて診察室を出る私。あ、あれ?どうしたんだろコマ……?機嫌治ったって思ったのに、もしかして何かまたコマったら怒ってるの……?

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