第10話 ダメ姉は、花見する(前編)
お弁当の準備も無事終えてバスに乗る頃約10分、叔母さんにメールで指定された公園にやってきた私とコマ。
今朝ちょうど友人たちと『もう流石に桜は散っているんじゃないの?』と話していた通り時期も時期だけにもう桜も葉桜へと変わってしまっているんじゃないかと思い、正直あんまり期待してなかった私なんだけど……
「……お、おおー。こりゃ凄いね」
「ええ。とっても綺麗ですね」
その予想は良い意味で裏切られることとなった。公園の中に入った私たちの眼前には、満開とまではいかないけれど見事に咲き誇った桜が待ち構えていたのである。
「いやほんと、よく花びら散らずに残ってたよねコマ。お姉ちゃんはもうほとんど散ったとばかり思ってたよ」
「私もです姉さま。今年は例年よりも暖かかったですし……学校の桜はもうすでに新緑に変わりつつありましたからね。緑に覆われた爽やかさを感じさせる葉桜も好きですが……やはりこうして淡い桜色の色彩は格別ですよね」
「ホントホント。格別だよねー」
「……?あの姉さま?どうして姉さまは桜ではなく私を見ているのでしょうか……?」
コマが咲き誇る桜にうっとりと見惚れている―――その隣で、私は咲き誇る桜にも決して負けない美しさを持つコマの横顔にうっとりと見惚れていた。
春風に乗って舞い散る桜の花びらとその中を優雅に歩くコマは何て格別なんだろう。超映えるし、写真撮ってコマの成長記録に載せたいくらいだね。
「あはは、気にしないでコマ。何でもない何でもない」
「そ、そうですか?……それにしても叔母さまもよくこんな素敵な場所を探し出してくれたものですね」
「だよねー。あの人引きこもりの癖に、どうやってこういう穴場を見つけ出せるんだろねー?」
偶に、そう本当に偶に―――それこそ一年に一、二度程度だけどこんな風に外に出て私たちを連れ出す時に限って良い場所を探し出してくれる叔母さん。普段は引きこもりで家から一歩も出ない癖にあの人の情報網は一体どうなっているんだろう。
「まあ、それはどうでもいいとして。その肝心の叔母さんは今どこにいるんだっけ?」
「ええっと……ちょっと待ってください。確かメールには―――『一番目立つところで場所取りしているぞ。さっさと来い』とだけ書かれていますね」
「……なんて不親切な場所指定なんだ……」
そういうのは具体的な場所とかわかりやすい目印とかを予め指定しておくのがマナーってもんだろうに……
「………あの人は全く……小学生でももっとマシな場所指定出来るだろうにね」
「あ、あはは……まあまあ。良いじゃないですか姉さま。とりあえずこうしていても始まりませんし、公園の外周を歩いて叔母さまを探してみましょうよ。それでも見つからなかったら電話かメールをしてみましょうね」
「うん、それさんせー」
ここで突っ立っていてもご飯にありつけないわけだし、コマの言う通り一先ず二人で周囲を見回しながら公園の外周をぐるりと回って叔母さんを探してみることに。
……やれやれ叔母さんめ、毎度のことながら私とコマに面倒な事させてくれるなぁ。
「うーん……春風が気持ちいいですね姉さま。今日は花見日和でもありお散歩日和でもあって良かったですよね」
「うんうん。寒すぎず暑すぎず丁度いい感じだね」
コマの言う通り今日は暖かな気候と程好い風が吹いていて、花見をするにも散歩するにも絶好のお天気だ。二人仲良く手を繋ぎ叔母さんの行方を捜す私たちの間にも心地いい春風が通り過ぎ、叔母さんへの不満も忘れてしまいそうになるほどの穏やかな気持ちになってくる。
「……こういうのも、良いですよね姉さま」
「うん?良いって何が?」
と、そんな事を考えながら歩いていると、ふいにコマがそうポツリと私に呟きかける。
「ええっと……最近は新学期も始まったばかりで、勉強も試験も部活も色々とあって忙しかったじゃないですか」
「……あー、うん。色んな部活の引継ぎとかお手伝いとかやらされてバタバタしてたよね」
「ええ。その通りです。……一応どんな時も私は姉さまと一緒にいますけど……最近は忙しかったせいでちょっとだけ姉さまとの心の距離を感じていたんです……それがちょっと寂しかったんです……」
「…………え!?」
さ、寂しかった……!?わ、私……コマを寂しがらせちゃってたの……!?
「ですので……こうして姉さまと二人っきりでお散歩できるのがとっても楽しいのが良いなって思っちゃったんです。……姉さまはどうですか?」
「わっ、私もだよ!最近コマとのんびり出来なくて辛かったよ!だ、だからコマと一緒だと超楽しい!コマとお散歩とか超幸せだよ!!」
「あら……ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです。ありがとうございます姉さま、私も幸せですよ」
慌てて力強く自分の気持ちを伝えると、コマは嬉しそうに微笑んで握っていた手に力を入れて応えてくれる。
……ま、これはこれでコマとのんびりイチャイチャお散歩デート出来て良いか。こんな二人っきりでゆったりと過ごす機会を作ってくれた叔母さんには感謝してやらんでもない。
そんな感じでコマと楽しくお喋りをしつつゆっくり公園を歩いていると、公園内には大学生の集団や家族連れ、カップルと言った人たちがレジャーシートを広げてすでに花見を楽しんでいる様子が見えてくる。
「へぇ……私たちが言えたことじゃないけど平日なのに結構人多いね」
「桜がこんなにも見事に咲き誇っていますからね。平日だろうと休日だろうと今お花見しなきゃ勿体ないですよ。もうここの桜も多分今日で見納めになるでしょうからね」
なるほどコマの言う通り。もうどこもかしこも散り散りとなり夏へ向けた葉桜となり行く頃合いで、今日この場でこの機会を逃してしまえば花見をするのはまた来年となってしまうことだろう。特にここの桜は本当に見事だし、仕事や学校を早退してでも見る価値があるのかもしれないね。
実際恐らく仕事をサボったのであろう、スーツを着たままで花見を楽しんでいるおじさんたちも見える始末。公園の中央に差し掛かるとそんなおじさんたちの陽気な歌声が私たちの耳に聞こえてきた。
「……うわぁ。真昼間からスーツで飲んでるよあの人たち……」
「ふふふっ、まあまあ姉さま。花見とお酒は外せないものと聞きますし、ほどほどに羽目を外して飲む。これも一つの花見の楽しみ方と言うものではないでしょうか?」
「んー、それもそっか。他人に迷惑かからない程度で羽目を外し過ぎないくらいに飲むんなら、別に私がとやかく言う事じゃな―――」
『ほーれほれー!もっと飲めー!歌えー!踊れー!そして騒げやオヤジ共ー!』
『『『うおおおおおおおおおっす!!!』』』
「…………いや、でもありゃ完全に羽目外し過ぎじゃないかな……?迷惑かかるレベルじゃないかなコマ……?」
「……えーっと」
中央にある一番大きな桜の木の下では、酔いに酔ってるおじさんたちが思い思いに飲み食べそして大合唱していた。全員マイクを片手に握りしめ、軽く踊りながらノリノリで歌って―――否、大音量で叫んでいる。
いくら何でもご近所迷惑スレスレで騒ぐのはアウトではなかろうか。大人だっていうのに仕事サボって騒ぐなんて恥ずかしいなぁ全く。こういう人たちには極力関わらないようにしたいね。
「……何か随分盛り上がっているし邪魔しちゃ悪いよね。コマ、あの人たちは避けて叔母さん探そう」
「そうですね。ではあちらを…………あ」
「うん?どしたのコマ?」
邪魔をしたらというよりも、下手に酔っ払いに近づいて超絶可愛いコマが酔ったおじさんたちに目をつけられて絡まれでもしたら非常に困る。
そう考えてコマをガードしつつこの場から離れて叔母さん探しに戻ろうとした矢先、酔っ払い達のいる方向を見て突然言葉を失うコマ。何だろうとコマの視線の先を私も追ってみると。
「ハッハッハ!いいぞー!酒はあるんだ、もっと飲め飲め!そしてアタシを楽しませろー!」
「「…………」」
……見知った顔の女性が、あの酔っ払いのおじさんたちの集団の中で一番大声で騒いでいるのを視認する。
は、ははは……ホント恥ずかしい大人だなぁ……ああいう人にはマジで関わりたくないなぁ…………残念ながら関係者なんだけどね。
「「…………叔母さん(叔母さま)。何をやっているのさ(いるのですか)……?」」
「んー?おおーっ!マコにコマ、お前らやーっと来たのか!」
歌っているおじさんたちの中央で、おじさんたちを煽りながらそのどんちゃん騒ぎを肴にして上機嫌でお酒を飲んでる私たちの叔母さんを発見。
その叔母さんに冷ややかな目で話しかける私とコマ。あー……お花見を楽しんでおられる皆様方、そしてご近所の皆様方。うちのダメな酔っ払いがお騒がせして大変申し訳ございませんです……
「おーし、ならオヤジ共。待ち人来たことだしもういいぞ。ホレ解散解散」
「おう、奢ってくれてありがとなーねーちゃん」
「酒、旨かったし楽しかったぜー!」
「お嬢ちゃんたちも花見楽しみなー」
叔母さんの一声で騒いでいたおじさんたちは叔母さんに会釈しつつ楽しそうにこの場から離れる。
何だったのあの人たち…そして何で叔母さんはあのおじさんたちを仕切っているの……?
「……色々言いたいことはあるんだけど。まず一つ聞かせて。ねえ叔母さん。今の人たち誰さ。知り合いなの?」
「ん?いいや知らんぞ。ついさっき会ったばっかだしな」
「えっ?で、ですが叔母さま。随分と親しげでしたけど……」
「それがな。場所取りしようと良い場所探してここに来てみたんだが……あのオヤジ共がすでにここ陣取ってたんだよ。で、邪魔だから酒を何本か渡して場所譲ってもらったってわけさ」
堂々と買収宣言。これが大人のやる事か。
「あとはお前たちが来るまで暇だったからさ、あいつらに肴代わりに歌わせてただけさね」
「そっかそっか。…………恥ずかしいから二度とそんな真似はしないでね叔母さん」
「次にやったら私も怒りますからね叔母さま……」
「あれ?何で怒ってんだ二人とも。メールで『一番目立つところで場所取りしてる』って書いといただろ?だから暇つぶし兼目立つようにオヤジ共に歌わせてたんだぞ?折角アタシが気を利かせて居場所わかりやすくしたってのに、褒められこそすれ二人に叱られる理由が全くわからんのだがなぁ?」
「「……」」
目立つところってそういう意味かい……まあ確かに悪い意味で目立ちまくりだったけどさぁ……
「叔母さんが何で私たちが怒っているのかわからんのかがわからないよ……と言うかだ。何で一人で勝手に飲んでるのさ叔母さん」
「う……だ、だってお前たち来るの遅いから……」
「叔母さまったら……せめて何か食べながら飲んでください。空腹のまま飲むのは身体に良くありませんよ」
「へいへいっと。だったらホレ。お前たちもさっさと座りな。そして早く弁当出しな」
レジャーシートの上であぐらをかいたまま叔母さんが私たちにそう促す。やれやれ……これ以上説教しても馬の耳に念仏か。ホント我儘と言うか自由人と言うか……思わずコマと苦笑いをしながら一緒に座ることに。
私とコマが持ってきた重箱を三人の中央に広げて置き、叔母さんも買い出ししてくれた紙皿と割り箸を並べて食べる準備は完了だ。
「んじゃ改めて。お前ら飲み物持ったかー?」
「はいはい持ったよ」
「大丈夫ですよ叔母さま」
ジュースを紙コップに注いで片手に持つ私とコマ。それを確認すると、お酒を並々と注いだ紙コップを叔母さんも片手に持って、
「よしっ!それじゃあ行くとすっか。せーのっ!」
「「「かんぱーい!」」」
乾杯の音頭を上げ、ようやく私たちのお花見が始まったのである。
「ぷはっ!いやぁ昼間から飲む酒は旨いね。花見酒ってのもまあ悪くはないかもねぇ」
「うっわ早っ……もう飲み干してるよこの人」
「おーう。安心しな、沢山あるからどんだけ飲んでもへーきさ」
決して低くない度数のお酒をぐいっと飲み下してまたコップに注ぐ叔母さん。ホント酒好きなんだからこの人。
「それにしたって姉さまの言う通り飲むのが早すぎですよ叔母さま。参考までに聞きますが……私たちが来る前にどれほど飲んでいたしたのですか?」
「んーと、これくらい」
「え……ビール二本も飲んでたの?そりゃちょっと呑み過ぎだよ叔母さん……」
そんなコマの質問に叔母さんは指を二本立てピースサインで答える。おいおい……ビール二本ってもうそんなに飲んでたのかこの人は。何も食べずにそんな量を飲むのはコマが言ってた通り身体に悪いって言うのに―――
「あ、違う違うマコ。これはビール二本って意味じゃない。一升瓶二本って意味だぞ」
「バカじゃないの!?ねえ叔母さんってバカでしょ!?いくら何でも飲みすぎだよバカ!?」
「ああ……折角昨日叔母さまの為に休肝日を入れましたのに……」
「さぁてと、待ちに待ったマコの手料理頂くとするかねぇ」
叔母さんの愚行にコマと二人で頭を抱えてしまう。体に悪いってレベルじゃないねこれ。ザルにも程があると思うの私。一応家族なんだし健康のためにも本格的にコマと協力してこのアル中女に禁酒令したほうが良い気がしてきた。
と、その私の叫びとコマの嘆きを無視して私の作った料理に箸を伸ばす叔母さん。まあ、禁酒令は後で考えるとしてだ。
「あ、叔母さん。悪いけどあんまり料理は期待しないでよね。誰かさんが急に花見したいって言いだしたせいで準備の時間なんて無かったからありきたりなものしか作れなかったし」
「ん?何言ってんだマコ。下手なところで買うよりも上等だろ。なーコマ」
「ええ。姉さま、さっきも言いましたけど十分豪華で素晴らしい出来ですよ。私好みの味付けで姉さまが一生懸命作ってくれたのがわかります」
「そ……そう?ならいいけどさ」
準備の段階で料理に出来に不満はあったけど、それぞれ皿に私の作った料理を取って美味しそうに食べてくれるコマと叔母さん。……私としてはもうちょっと凝って作りたかったところだけど……まあ及第点と言ったところかな。
「って、あれ?そういやコマ、お前味がわかるのか?」
「あ……はい。その……(ボソッ)ここに来る前に……姉さまにいつも通りシテ貰いましたので」
「そういう事。あと30分くらいは保つと思うよ」
「ふーん」
あの電話を受け取った後、ちゃんとコマと口づけをして味覚を戻しておいたから(ちなみにいつも通りコマとの口づけは大変美味でございました)まだ時間に余裕はあるハズ。とは言え効果が切れる前にコマには急いで食べてもらわなきゃね。
「なーんだもうやってきたのかよ。折角お前ら二人のチューを外で見れると期待してたのになぁ。良い酒の肴になっただろうに残念だわー」
「え、ええっと……期待に沿えずにすみません叔母さま」
「コマ、コマが謝る必要はどこにもないから安心してね」
理不尽なBBAの言い分に、律儀に謝るコマったら健気で良い子で超可愛い。そして叔母さんは何を言ってんだ。もう絶対酔ってるよねこれ。
「……あのさぁ叔母さん。叔母さんは私たちを見世物にしたいの?誰かに見られちゃマズいだろうし、お外でそんなことやれるわけないでしょうが」
「ほほう。なら他人の見られなきゃコマと外でもキスしたいのかお前は」
「んなもん当たり前じゃんっ!」
外でも、というよりいつでもどこでもコマとちゅっちゅと口づけしたいに決まってる。やれやれ、叔母さんったらやっぱりバカだなぁ。そんなことも察してくれないのか。
「えっ?……あの、姉さま。姉さまも外で私と口づけしたいんですか?外でも、してくださるのですか……!?」
「…………え?あ」
コマに問われて気づく私。わ、私ったら昨日に引き続きまたコマの前でとんでもない失言を……!?
「あ、いや違っ!?ご、ゴメン違うの!?わわわ、私は家の中だろうと外だろうと妹の唇を常に狙っている変態姉とかそんなんじゃないんだヨ!?そそそ、そういう意味じゃなくてその…………お、叔母さんっ!叔母さんが変なこと言うから思わず変な事口走っちゃったじゃないの!どうしてくれんのさ!?」
「何を言うんだ。お前はいつでもどこでもコマに対して変な事を口走ってるだろうに」
「何だとぉ!?変なのは叔母さんだって同じでしょうがぁ!!」
「そんなことより姉さま……っ!叔母さまの事なんてどうでもいいので今の話もっと詳しくお願いします……っ!外でも、してくださるのですか……!外で姉さまと口づけしても、良いというのですか姉さま……っ!?」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもの。優雅に咲き誇る桜の下、作った料理を食べながら声高らかにこんな他愛のない話で盛り上がる私たち三人。花見はまだ始まったばかりだ。
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