第8話  ガラケー

 二人は翌日、トムが居るのを見計らって切り出した。

「トムさん。昨日、二人でいろいろと調べたのですが、『手続きを始める前に用意しておくべき十の項目』っていうのがあるんです。それについて、確認をお願いします。特に『定款』っていうのが、よく分からないのでよろしく」

 キャサリンが、殆んど丸投げするように言った。

「何だ、もう行き詰ったのか?」

 トムは、がっかりした様子で呟く。

「しかし、そんなことを俺に訊かれてもなあ……それが分かる位ならとっくに自分でやっているんだが」

「えっ、それって、自分でできないことを私達にさせようとしていたのですか」

 キャサリンは、早速トムに噛みついた。トムズキャットの指令だと思ってやっていたことが、実はトムが自分でできないことを、単に指令にしていただけだと知って、ショックを受けたのだ。

「でも、トムさん。会社設立は自分達でしようとせず、専門の会社に任せた方がいいですよ。独自に会社を設立しようとすると、概ね最低でも二十五万円位かかって、いろいろな手続きや申請等も自分で調べてやらなくちゃならないのですが、会社設立のサポート会社によってはそれと同じ位か、それより安い料金で手続きも申請も、全て代行してくれるところがあるみたいですよ」

 知らぬ間にナンシーは、そんなことまで調べていた。意外性のナンシーの本領発揮である。

「えっ、いつの間に」

 キャサリンには寝耳に水であった。

「そっ、そんなところがあるのか? 本当にそんなところがあるのだったら、それでもいいぞ」

 結局トムも、分からないことが自分に振りかからないのだったらということで、同意する。

「その件は二人に任せるから、後はよろしく」

 そう言ってトムは、再び外出しようとしていた。そんなことをキャサリンが、黙って見逃すはずがない。

「トムさん、どこへ行くのですか? いつも肝心な時になると、外出してしまうんですけど」

 キャサリンが、猟犬の如く噛みついた。

「何を言っているんだ。俺は、スポンサー探しに必死になっているんだぞ。スポンサーが付かないと、会社を設立しても実際の活動ができないんだからな」

 トムは猟犬に追われて立往生する熊の如く、懸命に抗弁する。

「分りました。でも大事な時に連絡が取れないと困りますので、携帯電話の番号を教えてください」

 熊が、猟犬を振りほどこうとしてどんなにもがいても、キャサリンは、トムを逃がしはしない。

「トムさん。トムさんの携帯って、ガラパなの?」

トムが、渋々携帯を取り出すのを見て、ナンシーが思わず叫んだ。

「えっ、ガラパ? 何だそれ」

 トムには、何のことか分からなかった。

「あっ、本当だ。トムさん、まだガラパ使ってるんだ」

 キャサリンも驚いている。

「ガラパ、ガラパって、何のことを言っているんだ?」

「ガラパっていうのは、ガラパゴス諸島の動物のように、古代のまま世界から取り残されて、独自の進化をしていることをいうのですが、携帯電話では、主にスマートフォンじゃない古い携帯のことをいうみたいですよ」

 ナンシーが懇切丁寧に説明をした。

「ガラケー(ガラケイ)とも言うのよね」

 キャサリンも付け足す。

「でも、キャサリンさん。ガラケー(ガラケイ)のケイって、系列の系なのか、携帯の携なのか、どっちなんでしょうね? 私、それを考えると眠れなくなっちゃうんです」

「そんなの、どっちでも大した違いはないわよ。それよりトムさん、まだそんな古い携帯を使っているのですか」

 キャサリンはナンシーの悩みをバッサリと切り捨て、反す刀でトムに追い打ちをかける。

「確かにスマートフォンじゃないが、この方が使いやすいんだけどな……」

 トムは何か釈然とせず、割り切れないという感じで呟いた。

「トムさん。新しいことを始めようとしているのに、そんな古いガラケーなんか使っていたら、成功なんかしないですよ」

 トムへの攻撃(口撃)の糸口を見つけてキャサリンは、活き活きとしている。今まで燻ぶっていた隠れたS性が、表面化してきていた。

「分かったよ……俺も近いうちに、スマホデビューするよ。でも、スマートフォンに変えても、使い方が今一良く分からないんだよな」

「トムさん、大丈夫ですよ。ドコモでもauでもソフトバンクでも、ショップの窓口で申し込めば、ある程度教えてくれますから。それに最近ではガラスマとかガラケー風スマホとかもあるみたいですし、通信料金の問題だけだったら、キャリア以外のSIMフリー格安スマホなんかどうですか?」

 ナンシーは得意ではないと言いながらも、やはり専門学校に行っていただけに、IT関係はキャサリンよりは詳しそうだった。

「そうなのか? それじゃあ、時間の余裕ができたらショップを回って、どこがいいのか検討してみるよ」

「取り敢えずそれまでは、今の携帯番号とメールアドレスを、それぞれ登録しておくことにしましょう」

 キャサリンは、余計なことはさておいて、とにかくトムと連絡が取れるようにしておこうと躍起になっている。

「それからトムさん。携帯にすぐに出られなくても、早いタイミングで返信をするようにして下さいね。用があるから電話するのだから、『無視』とか『シカト』とかいうのは、絶対に止めてくださいね」

 トムがしそうなことを先回りして、釘を刺しておくことも忘れない。

「おいおい。子供じゃないんだから、そんな細かいことを言わなくても……まるでお袋みたいだな」

 キャサリンの攻撃(口撃)を受けて、まるで説教されている『やんちゃ坊主』のように、辟易とした様子でトムが呟いた。

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