056話 俺が守りたいもの・前編


 ルベンに突進したことによる反動を抱えたまま、ボールはルベンを睨みつける。それをうっとうしげに睨み返すルベン。こうして視線が交わったまま沈黙が続いた。


「やはり私は、あの人に縛られたままなんだわ」

「先生?」


 この沈黙を遠目で見ていたローゼの言葉を、近くにいたマルーが拾わないはずがなく、聞かれてしまった先生は思わずうつむいた。


「さきほど放った攻撃も、彼の力を利用した――ひいては彼が申し子から吸い取った力を利用した一撃。結局私は、彼のおこぼれでしか力を発揮できていない。攻撃の説明をした直後にも一瞬これがよぎったのですが……」


 ローゼはチョーカーを握りしめた。どんなに引っ張られシワが寄っても千切れないそれを、なお握り続けるローゼは歯を食いしばり、瞳をゆらがせていた。これを目の当たりにしたマルーが何か言おうと口を開くものの、いくら言葉を探しても見つけられず、無情に時間だけが過ぎていった。



「君も彼女ラを見習エバドウダ。私に背イタ罰を受ケ、スッカリ怯エ、諦メキッテイルデハナイカ」

「残念だったな。俺は誰が諦めようと諦めねえタチでさ」


 一方、沈黙を破ったルベンに対しボールは剣を構えて彼に向き合う。


「何とかしたいと考え続けない限り活路は開けねえわけで」

「ソノ活路トヤラを君が持ッテイルト思ワナイノダガネ。君もスグに彼女ラと同ジヨウにナルノダヨ」

「そうなるまで試してみたらどうだ?」


 ほら来いよ、と指先で手招くボールを鼻で笑うや否やルベンは急速に距離を詰め殴打。がつん! と音が弾けた間合いにはボールの得物が刀身をギラつかせる。そのきらめきを残してボールはルベンと距離をとった。


「さて、どうしたものかな。実質やれることないんだよな――っと?!」


 思考の隙間に拳の連鎖。拳の降りた地面から飛び出す瓦礫に紛れながらボールはひょいひょいと避けてゆく。


「ソノ身ノコナシをモッテシテ、何故君は魔法使イデアルコトを望ム?」


 語り進めるほどにルベンの両手からは乱雑に魔法が放たれる。それを次々にいなすボールが、はあ!? と一蹴する。


「また説明すんのだるいし、そもそも、簡単に言って、たまるかっ!」


 なだれ込むように床を転げることで魔法を避けきったボール。息は切れ切れながらも目線はルベンを外さない。その様に感心するかのように声を上げたルベンは言葉を続けた。


「マア良イ。君に潜在スル魔力を引キ出セナイママ逃スノは惜シイと思ッテイタカラナ」

「……何言ってるんだ?」


 懐疑的な視線を送ったボールに怪しい笑みで返したルベンが彼に歩み寄ってゆく。


「君はソノ気ニナレバアラユル魔法を使イコナセルノダ。シカシ、できやしない、と思イ込ムコトにヨッテソレは開花サレナイデイル。実にモッタイナイ! デアルカラシテ、私は君に、一ツ提案シタイ」


 そうして目の前に来たルベンは指を一本立て、それの先をボールの胸に突きつけた。


「君サエ良ケレバ、私がホンモノノ魔法使イmagicianにシテヤレナクモ無イゾ? 私ノ下に就ケバ、私ト同等ノ――イイヤ、私以上ノ存在ニマデ上リ詰メ――」

「やめろ!」


 くちゃりと笑って覗き込んでくるルベンを思わず片手で払い除けたボールはすかさず距離を置いた。


「私利私欲でしか振るわれない力を押し付けられるくらいなら、俺は無力で構わねえ! この武器と、この身体で、俺の手の届く人達を庇えさえすればそれで良い!」


 きっぱりと放たれた言葉を飲み込んだらしいルベンは血の気を失うと、がっくりと肩を落とし、うなだれる。今までにない反応を見せられたボールは自然と武器の柄を握りしめていた。その手から溢れてくる汗は身体中を巡り、額に汗がにじみ出てくる。


「……残念ダ」

「っ!?」


 一言、発したと認識した時にはもう遅く、片手で首を捕まれたボールは壁にめり込んでいた。目を見開いている間にルベンはもう片方の手も突き出しボールを埋め込んでゆく。後頭部から思い切り突き抜ける痛みと首元の圧迫感がせめぎ合い、意識を容赦なく奪ってゆく。そうして力をも掠められるボールの手から剣が落ちた。


「君はアノ瞬間に死が確定シタノダ! さあ、私ノ手ノ中で眠ルが良イゾ!」


 笑い飛ばしているルベンの顔を捉えようと目をかっ開くボール。しかし、襲ってくる痛み達に視界すらも奪われてゆく。目の前が徐々に黒く染まってゆく中で、誰かの叫び声がした。


「ぇええええりゃあああアッ!」


 その暗闇をかち割るような風切音が飛び出すと彼の首にあった圧迫感が消えたのだ。解放された喉元に流れる空気を取り込めずにボールは咳をしながら、今起こったことを確認しようと、音が辿り着いた先に目を向ける。

 肩で息をするその人は、時々嗚咽を漏らしていた。両手でしかと握っているそれは、こころなしか震えて見えた。


「……トウに諦メキッテイタノダト思ッテイタガナ」


 不意に受けた剣撃の痕を自身の魔法で修復しながら、放ってきた相手を睨むルベン。その鋭さで引っ込んだ嗚咽の後、その人は口を開く。


「……目の前であんなのはもう見たくないから」


 声を聞いてボールはすぐ壁から脱出。落とした剣を拾うことすら忘れて駆け寄った先、その人は腕で目を拭ったところだった。


「マルー、お前――」

「ボール?! ダメだよまだ動いたら!」

「動かずにいられるか! あんなに気負ってたお前が前に出てたらそりゃあ」


 そう言ったことに対してか、そう言った姿が類のない様だったからか。マルーはボールに向けて首をかしげ、くすりと笑った。


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