034話 それぞれの実技授業 / 4編



 彼が呼び出した小さな女神に渡された液体はひんやりと冷たかった。感触は固まりかけのゼリーのようだ。


「綺麗ね! 取っておけば?」

「こいつを入れる物なんか持ってねーよ」

「私のを使いますか?」


 言ったフロウが持ち出してきたのは、親指ほどの大きさをした瓶。


「このスポイトもお使いください」

「おう、助かる」

「いろいろ持ってるのね、フロウって」

「すぐに実験材料を採取できるよう持っているだけですわ」


 フロウは指元に挟んだ瓶達を見せつけた。がらんと音を立てた個性豊かな形の瓶は指の数以上取り出されている。


「一体何本持ってるのよ」

「先ほどお渡ししたのは五十本ほど。こちらは十本でしてこちらは二十本。あと、こちらとこちらが――」

「よし。サンキューなフ――?」


 ボールが液体を保管出来た頃には、フロウがどこからか取り出した瓶で机が占領されていた。


「何が起きたんだ?」

「あたしがフロウのスイッチを入れちゃったみたい」

「ちゃんと採取できたのですね。良かったですわ」


 苦笑いしたリンゴに対して、フロウはすました顔で瓶を片付け始めた。


「それにしても感服しましたわ。にじみ出るボールさんの、なんて強い魔力!」

「だから、こんなの俺の力じゃ――」

「そんなことありませんわ! 女神様を呼び出すのは相当の魔力と強い心が必要です。小さいながらもそれが出来たボールさんに魔力がないはずありませんわ!」

「そうよそうよ! あんたが集中してた時の空気の変わり方、魔力がなきゃああならないわよ」


 迫る二人にボールはため息で払う。


「あのな。魔力があるのは杖のおかげだぞ。この杖があるから魔法陣が描けたわけで発動も出来た……違いねえだろ、先生」

「ふむ。間違ってはいない」

「ほら、たったそれだけの事だぜ?」

「そうなのでしょうか……」

「リンゴも同じはずだ。お前はここの人間じゃねえ――杖の力があるから魔法が使えてるってこと、忘れるなよな」

「分かってるわよそんなこと」


 じゃあ聞くけど、とリンゴがボールの前に出る。


「あんた何の為にこの学園に来たの? ここは魔法を学ぶ為の場所よ? その口ぶりじゃ、自分は魔法を信じていないって言ってるようなものじゃない」

「そりゃそうだろ。俺達はここの奴らとはちげえし。それに俺は、あくまでここを知る為に――」

「知る事ならこの街じゃなくても出来るじゃない。わざわざここに来なくたって――ファトバルにだって詳しい人はいるわ。だから思うのよ。本当はもっと違う理由があるんじゃないかって」

「……何が言いたいのか分からねえな」

「そうね。回りくどい話はやめましょうか」


 告げたリンゴが一歩前に出てはボールに人差し指を突き付ける。


「どうしてマルーに付いてきたわけ?」

「は?」

「だからどうしてマルーと一緒にチームを組んで、マルーと一緒に世界回って、マルーと一緒に強くなろうとしてるわけ? って聞いてるのよ」

「話飛んでねえか? なんでここであいつの名前が出てくるんだよ」

「当然じゃない。ただでさえマルーが引き受けた事は大きいのよ? だからあたしはマルーの力になりたいって思って、一緒にいることを決めたの」


 あんたはどうなのよ、とリンゴは険しい目でボールを捉える。


「考えなしにここに来てるようじゃあ、マルーに付いてくる意味もない気がするんですけど?」


 言ったリンゴの視線をそらすように彼はわずかにうつむいた。その様子にリンゴは呆れ混じりの声を上げる。


「こーんなことに素直に答えられないなんて。別に恥ずかしい事言うわけじゃないんだし?」

「……」

「それとも本当に理由がないわけ? まさか、暇つぶし程度に思ってたりして? それだったらさっさと家に帰ってよ、足手まといさん」


 ボールが目を見開く。


「何よ、驚いた顔して。強くなろうとしてない、ただついてきただけっていうなら、あんた、はっきり言って“お荷物”よ?」

「んだと……?」

「このクラスに来る必要もなければ、この街に来る必要もないし、ましては世界中を周る必要だってないわ! 家で屁理屈言いながら大人しくしてもらったほうがよっぽどありがたいんですけど!」

「……げんに――」

「なあーにー? きこえなーい!」

「いい加減にしろよてめえ!」

「わーやだこっわ! そんなんじゃ、マルーに嫌われちゃうわよー」

「うるせ――!」


 刹那。

 リンゴに突っ込みそうなボールを予鈴が包み込む。それからルベンが咳払いした。


「時間だ。君達は続きは放課後にやるように」

「――するわけねえし」


 リンゴに背を向けたボールはルベンへ魔法陣を描いた本を手渡す。


「とりあえずこれで俺は出席扱いだろ? もう帰るぜ」

「ちょっと! まだ話は終わってないわよ!」

「だからしねえっての」


 吐き捨てたボールは実技室の戸を開けるとそこで止まった。


「分かったような口利くんじゃねえし」


 がらがらと大きな音を立てて閉められた戸。それを目にしたルベンは頭を掻きながら眉をしかめていた。


「授業が終われば終わりではありませんのに――!」

「大丈夫だフロウちゃん。僕が引き留めに行くだよ」

「いいわよそんなことしなくて。多分行っても無駄だわ」

「をおー! フロウちゃんを困らせるやつはおらが許さないだーっ!」

「アギーさんお待ち下さいっ!」


 フロウがアギーを呼び止めた頃には既に彼は実技室を去ってしまっていた。両手で頭を抱えるフロウをなだめるリンゴは戸に向かって息を漏らした。


「あんたよ、分かってないのは」




 そんな言葉をかけられている事も露知らず、ボールは既に階段を上りきっていた。


「ま! 待つだよ!」


 追いかけてきたアギーの声にボールは振り向かない。ただひたすらに進むのみ。


「君、あんな事言われて悔しくないだ!?」

「お前に何が分かる」

「分かるだよ! 愛する人を守れない苦悩が!」

「っ――はあ?」


 思わずけつまずきそうになったボールが後ろを振り返った。肩で息をしているアギーがよたよたとした足取りでこちらに近付いてくる。


「話を聞いて思っただよ。マルーという子が好きなんだな、君」

「なんでそうなるんだよ。俺はただ、助けられる魔法を覚えたいだけで――」

「魔法なんか無理と言ってたのにだ?」


 この一言が僅かにボールの表情を歪ませる。それを見逃さなかったのか、言った本人はにんまりと笑った。


「無理な事にどうして挑もうとする――決まってるだ、愛する人を守りたいが為だよ。おらもそうだ、フロウちゃんの為ならどんな事だってする。フロウちゃんが困っていれば困り事を解決させるし、フロウちゃんが泣かされたらおらは泣かした奴を絶対に許さない」


 揚々と語るアギーだったがそれは不意に止まった。眉間にしわが寄り、いつの間に作った拳がわなわなと震えている。


「君はフロウちゃんを困らせただ! 泣かせただ! だからおらは……お前を絶対に許さない……」


 拳から人差し指が飛び出す。そして中指、薬指、小指親指と、拳がパーに成り変わると拳の内側からめらめらとした炎が広がった。何か不味い――ボールが察する間にも炎は大きくなり、アギーの怒りはたちまち両腕で抱えきれない火の球と化した。


「大人しく、するんだな……!」

「そんなんで出来るかっ!」


 叫んだと同時に走り出したボール。怒りの熱は勢いを増し、否応なく彼の背めがけて突っ込んでゆく――はずだった。


「――っん?」


 ちらと見た火の球は速度を上げたまま蛇行していた。その球は壁や床をかすった挙句ボールに当たる寸前で天井をかち割った。耳奥を震わす音と共に天井が落下する!

 塵や埃を舞い上げたそれは、アギーとボールの間を引き裂いたのだった。


「……ち」 


 小さく舌打ちしたアギーはまたしても片手を広げ炎を溜め始める。


「ちょっとアギーさんっ! なんてことしてくれたんですか!!」


 しかしそれは後方の一人の声によって止められた。かつかつと近付いてくる靴音に振り返ったアギーは身を震え上げる。


「ふフロウちゃん! ご、ごめんなんだな! こんなつもりじゃ――」

「許しませんよ……学園をめちゃくちゃにして……!」


 ひそめた声で言ったフロウは目元に影を落とし、長い青髪を逆立てている。


「だから、ご、ごめんなさいなんだなぁあっ!」

「問 答 無 用ッ!」


 アギーに詰め寄るなりフロウの懐から拳が飛ぶ!


「いやああああああああああああああああああああ――!」


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