第224話39-5.史上最強のマインドコントローラー・ナザレ(5)

「どなたから……お、お、お使いになりますか?」


 おぼつかない口調でベタニアが順番を聞くと、すかさずマグダラが指示を出す。


「シラクサからよ」


 シラクサという言葉が出ると、ヴェールを被った少女がベタニアの前に進み出た。


「ベタニア様。よろしくお願いいたします」


 彼女がヴェールを脱ぐと端正な顔が現れたが、両目はくり抜かれており空洞になっていた。


 長い黒髪の少女は指先で香油をすくい、両目の無い少女の目の中にそれを塗りつけた。続いて彼女が頭を振ると、長い髪の毛がまるで生き物のように揺れ、シラクサの顔を撫でる。


 その途端、両目の無い少女の全身が金色の霧に包まれた。霧はやがて幾つかの塊に収縮すると、目玉の形状になって宙に浮く。


「ベタニア、ありがとう。これで遠くまで見えるようになったわ」


 シラクサはベタニアに礼を言うと、指揮者のように手をふった。彼女の動きに操られるように、幾つもの目玉が廃墟から砂漠に飛び出していく。


「これでアタシたちに監視するための目が備わったわ。次は身を守るための歯ね。カナ!」


 マグダラに名前を呼ばれたカナは、シラクサと入れ替わるようにベタニアの前に立った。長い黒髪の少女は、短躯の男の両手に香油を塗ると、長い髪で撫でる。


 すると即座にカナの全身が金色に輝きだした。


「ありがとう、ベタニア」


 短躯の男は少女に礼を言ってから、ジャケットをめくってベルトから下がっている腰袋に手を伸ばす。彼はその中から二本の手術用メスに似たスカルペルナイフを引っ張り出すと、両手に持って感触を確かめる。


「最後はナザレよ。私は使わないわ。〝ナルドの香油〟を浪費するのは勿体なくて……」


 マグダラに指名されたナザレは、ゆっくりと歩いてベタニアの前に立った。長い黒髪の少女は地面にしゃがみ込み、威厳のある男が履いているサンダルの隙間から足の甲に香油を塗り、自在に動く髪の毛で撫でる。


 動作を終えたベタニアが立ち上がるや否や、ナザレの全身が輝き足から金色の霧のようなものが湧き出てきた。霧は彼のくるぶしほどの高さまでしか昇らず、そのまま左右に広がると無数の塊に分かれ、それぞれが鳥のような形状になる。


 鳥の姿形は鳩にそっくりだったが、大きさはずっと小さく動きはどことなくぎこちなかった。鳥たちは頭を前後に動かしながら、廃墟の床を歩き回る。


「ありがとう、ベタニア」


 ナザレもベタニアに謝辞を述べ、廃墟から外に出た。彼が手を二度ほど叩くと、鳩たちは一斉に飛び立っていく。


 マグダラは廃墟の中でシラクサの様子を見守っていた。両目が無い少女の頭部には円環状の燭台が現れ、それが回転しながら炎を揺らめかせる。


「エル・マルモル近くにある、工事中で放棄された宿泊施設を発見しました。人数多数。恐らく六〇人以上はいると思われます」

「武装は?」


 教団の二番目は、車のキーを手の平に載せて遊びながらシラクサに質問した。両目の無い少女はしばらく黙った後で回答する。


「全員しています。偉そうな人は拳銃を持っていますが、残りはライフルですね。武器には詳しくないので、種類までは分かりません」

「ありがとう。男共に説明するわ」


 キーを握りしめたマグダラは、廃墟を出ると二人の男性に声をかける。


「ナザレ! カナ! 出発よ」


 教団の二番目が車のドアを開くと、ナザレとカナは元いた席に腰を下ろした。次にベタニアとシラクサが車内に入る。


 最後に運転席に座ったマグダラは、シートベルトをすると車を発進させた。ランドクルーザーは再びメキシコ連邦高速道路一号線を南下し始める。


「シラクサが〝目〟でエル・マルモルの施設を調べたわ。敵の人数は六〇人。全員が武装しているそうよ」


 マグダラはハンドルを握りながら、シラクサの話を繰り返した。


「お! 意外と多いな。みんなやる気だね」


 後部座席にいたカナが嬉しそうな声を上げる。


「やる気? どういう意味? 貴男が怒らせたんでしょう?」

「そうですよ。エル・アビスパの幹部をひっ捕まえて、拷問する様子をビデオに撮って送ってやりました。自分の仲間が切り刻まれてアジトを自白するまでのダイジェストです。もっとビビって逃げだすと思ったんですけどね」

「臆病者にマフィアの構成員は務まらないんでしょうね」

「結構なことだ。〝毒麦〟は束ねて焼いた方が効率的だからね」


 マグダラとカナのやり取りに、ナザレが首を突っ込んできた。短躯の男は笑いながら指を二本出す。


「主よ。最低でも二人は残しておいて下さい。〝ナルドの香油〟がないとできないことを、ここで練習しておきたいんです」

「分かった。〝毒麦〟が君と接触して戦闘になるまで、僕は様子見しておこう」

「ありがとうございます」


 礼を述べたカナは、スカルペルナイフをためつすがめつし始めた。その間にも、メキシコマフィアの動静に変化があるたびに、シラクサが声で状況を報告する。


 しばらくすると、車は高速道路からなだらかな丘に続く舗装されていない道へと左折した。


「マグダラ。停まって下さい。もう少しすると、敵の監視に見つかります」


 坂道に入って一分も経たないうちに、シラクサがマグダラに注意した。教団の二番目はブレーキを踏む。


「そろそろ俺の出番ですね。監視人のいる場所は?」


 カナが嬉しそうな声音でシラクサに声を掛けた。両目の無い少女は、どこからか取り出した大きめのスマートフォンをカナに渡す。


「そこに表示してある地図を見て下さい。敵の場所も書いてあります。貴男のスマートフォンにデータを送ると証拠が残るので、位置は記憶して」

「分かった…………大丈夫。覚えたよ」


 カナは十秒ほどスマートフォンを見つめてから、それをシラクサに返却した。


「主よ。行って参ります。マグダラ。主の護衛を頼む」


 後部座席のドアを開けた短躯の男は、そう言い残すと車外に出る。

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