第210話38-9.再編成
恐らく、クレアが湯崎に要請をしたのだろう。迫撃砲による攻撃が止んだ。
敵に残されたのは、邪素製造工場のみになった。そこは降りしきる邪素の雨や邪素の海から得られた邪素を、青色の液体と黒色の固体に分離するエリア、青色の液体をペットボトルに詰めて保管するエリア、黒色の固体を保管するエリアに分かれていた。
「ここまでアタシの出番無しか」
麻衣は憮然とした面持ちでそう言いながら、無線機を使って麗奈に状況を質問した。ポニーテールの返答を聞いた赤毛の女性は、志光、ウニカ、ヘンリエット、要蔵に向かって口を開く。
「邪素製造工場に逃げ込んだ悪魔の数は二〇人前後だそうだ。志光君。このあたりで部隊を再編成してから突入という流れでいいね?」
「もちろんです。お願いします」
「アタシは不完全燃焼だから、ソレルの偵察が済んだら先陣を切る。キミは?」
「僕も行きます」
「良い心がけだ。残りの二人も異論は無いだろう? 後は高橋さんだな」
「それがしも同道する」
「次は抜け駆けは無しだ。アタシが活躍していない」
「男女平等というやつか。承知した」
「いいか、爺さん。アタシは下駄を履かされなくても十分強い。覚えておけ」
麻衣は嫌味を言った要蔵に釘を刺すと、一同を引き連れてクレアと麗奈のいる場所に足を向ける。戦闘を休止させたポニーテールの傍らには背の高い白人女性だけでなく大工沢美奈子の姿があった。
熊のような女は、志光を見かけると太い腕を上げた。少年も彼女に声を掛ける。
「大工沢さん!」
「女尊男卑国の連中に、見せ場を持って行かれたのを挽回しに来たよ」
「大工沢さんもですか!」
志光は大工沢の背後にいる彼女の部下と、掻楯の群れを見つけて頷いた。
多少の目減りはしたものの、親衛隊、ヴィクトーリアが引き連れてきたマゾ男性たち、そして黒鍬組がいる姿は、志光に勝利の予感を与えてくれる。
クレアと麻衣、麗奈、大工沢は簡単に話をすると、部隊に補給をしつつ配置転換を行った。黒鍬組の連れてきた掻楯が横一列に並んで先頭に立ち、その後ろに一一〇ミリ個人携帯対戦車弾を手にした親衛隊員、更にそこから十メートル近く離れた位置に対戦車ライフルを持った親衛隊員が並ぶ。
隊列が組まれ始めると、ヴィクトーリアが現れた。彼女の後に変身したマゾ男性たちがついてくる。
ツインテールは志光にウィンクしてから麻衣に向き直った。彼女は探るように口を開く。
「いよいよ最終決戦というところかしら?」
「次はアタシたちが先陣を切る」
「私たちはここでお留守番? もう少し出番が欲しいわ」
「もう十分目立っただろう?」
「チームとしては。でも、私個人の撮れ高が少ないのよ」
「女尊男卑国の協力には感謝するが、ここから先はアタシの独壇場だ。アタシがしくじったら、その後は好きにしろ」
麻衣はそう言うと、どこからか引っ張り出した新たなスピリタスの酒瓶の封を切った。赤毛の女性が飲酒を始めると、ヴィクトーリアは顔を引きつらせながらバックステップする。
「……了解よ。今後の参考に、見学をさせてもらうことにするわ」
まるで砂漠に水が吸い込まれるように、アルコール度数九六%の酒が麻衣の胃袋に消えていった。魔界日本のメンバーも、彼女との間隔を空ける。
「今回は私も先頭に立ちます」
上司の惨状を目にした麗奈は、対戦車弾のランチャーを手にした。ポニーテールは大工沢やクレア、志光らに軽く頭を下げてから無線機に向かって号令をかける。
「親衛隊戦闘準備! 黒鍬組は後退!」
弾丸や爆薬の補充を受けた女性隊員たちが持ち場に着き、大工沢を除いた黒鍬組の面子が姿を消した。
「ソレルさん、偵察をお願いします!」
「もう始めてるわ。とりあえず、工場の敷地に敵の姿は見えないわね。建物の中かしら?」
「ということは、急な反撃は無さそうですね」
「前兆があったら教えるわ」
「お願いします。それでは……作戦開始!」
褐色の肌から敵の様子を聞いた麗奈が攻撃の合図をすると、大工沢が片手に持ったタブレットを操作する。
横一列に並んだ十台ほどの掻楯が、一斉に前進を開始した。ランチャーを持った隊員がその真後ろに付き、残りの隊員は身を屈めて彼女たちの後についていく。
簡易宿泊施設が建てられている場所から、邪素製造工場までは五~六百メートル。悪魔が邪素を消費すれば十秒も経たずに到達できる距離だが、安普請とはいえ邪素工場は高い塀を備えている。悪魔でも易々と乗り越えられるわけでは無い。
ソレルの報告を信じるのであれば、敵は工場の敷地内で見当たらないそうだが、反撃は必ずあると思っていた方が良い。
志光は泥酔した麻衣のやや後ろを慎重に歩いた。彼女の視界に入りたくない。
背後では、ヴィクトーリアと彼女のマゾ男性たちがこちらを見守っている。先ほどの仰々しい戦いとは打って変わったピリピリとした空気が辺りに漂い出す。
邪素工場にはトラックが通れるほどの門が設置されているが、これも頑丈そうな鉄製で背が高い。掻楯がこの門に近づくと、麗奈が対戦車弾のランチャーを構えた。
「攻撃開始!」
左手でハンドルを握り、右手の指をトリガーに当てたポニーテールは、立ち止まって照準器をのぞき込むと、工場の門に向かって弾頭を発射する。
無反動砲は後方にカウンターマスを撒き散らした。発射されたロケット弾は、邪素製造工場の鉄扉に当たって爆発する。
麗奈の攻撃を合図に、親衛隊員たちが次々と対戦車弾を撃ちだした。ロケット弾は壁を粉砕するが敵からの反撃は無い。
「おかしいですね?」
面を曇らせた麗奈は、クレアの顔を見た。背の高い白人女性も同意すると無線機のマイクに語りかける。
「大工沢さん。掻楯の前進を止めて」
「了解」
大工沢から返答があると、掻楯は直ちに立ち止まった。麗奈は打ち終えたランチャーを捨て、眼前の敵の様子を観察する。
「気をつけて! 何か変なのが工場から出てくるわ」
ソレルの切迫した声が志光の耳を震わせた。少年は闇にたたずむ壊れかけの扉に目を凝らす。
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