第209話38-8.突破

「地雷原のすぐ側に爆薬を巻き付けた魔物がいるわ。特攻するつもりだろうから気をつけて」


 邪素無線機からソレルの警告が聞こえてきた。志光は腰袋からドリルピットに偽装したタングステン棒を引っ張り出して、周囲の様子を窺う。


 地雷原を通過するには、ジャガノートの真後ろをついて行かなければならない。つまり、味方は密集した状態で移動することになる。


 そこに爆発物を投げ込まれたら、効果は絶大なものになるだろう。何としても自爆攻撃を防がねばならない。


 攻撃陣はプレハブ小屋が点在するエリアの直前まで前進していた。敵の銃撃も一層激しいものになり、ジャガノートの照明やスピーカーが次第に穴だらけになっていく。


「ジャガノートの目の前の家の屋根に魔物! 気をつけて!」


 ソレルの悲鳴に近い叫びがイヤホンから聞こえてくると、志光は独断でウニカとヘンリエットに命令を下す。


「ヘンリエット! ウニカを目の前にある家の屋根に投げつけろ! ウニカ! 屋根の上にいる魔物を倒してくれ!」


 夫の指示を耳にしたヘンリエットは、金砕棒の先端をウニカに突き出した。


「ウニカさん、どうぞ!」


 自動人形が棒を掴むと、彼女は無造作にそれを振った。


 金砕棒を離したウニカは、ジャガノートを飛び越えてプレハブ小屋の屋根に着地した。そこには、サンシャインシティで志光を襲った手長の魔物の姿があった。


「…………」


 ウニカは幅の無い切妻屋根の上を疾走し、今まさに山車に向かって飛び込もうとしていた魔物の首筋に手刀を突き立てた。敵が黒い塵と化し、身体に巻き付けた爆発物と起動装置だけが残されると、自動人形はそれを掴んでプレハブ小屋の裏手に放り込む。


 これまでの戦闘で聞いたことも無い大きな爆発音が建物の後ろから響き渡り、火柱が噴き上がった。簡易宿泊所は粉々になり、その破片がジャガノートに当たる。


 爆風に押されたウニカは、宙を舞ってジャガノートのてっぺんに戻ってきた。すると鉄パイプで組まれた山車が、やおら進行方向をやや斜めに変える。


 志光はジャガノートの行き先が、爆発のあった付近だと気づいて「なるほど」と得心した。恐らく、ヴィクトーリアが「大きな爆発の後に向かえば、大半の地雷や仕掛け爆弾が吹き飛んでいる分だけ安心なはずだ」と算盤をはじき、配下のマゾ男性たちに指示したのだろう。


 加速がついたジャガノートは先端に装着したローラーをフル回転させながら地雷原を突っ切り、爆発で吹き飛んだプレハブ小屋の跡地で停車した。山車に装着されていた照明が消え、ホーンスピーカーから流れていた音楽も止む。


 変身したマゾ男性たちは山車を押すためのハンドルから手を離し、山車の後部に積まれていた対戦車ライフルを引っ張り出して戦闘の準備に入る。


「各自散開! 爆発物が仕掛けられているかも知れないから、小屋から距離を取って戦闘!」


 女尊男卑国の兵士が兵装を転換している間に、麗奈が部下に次の命令を下す。魔界日本の女性兵士たちは二人一組でバラバラに分かれ、簡易宿泊所から離れるようにしつつ敵と砲火を交え出す。


「出遅れた! アタシたちも行こう!」


 麻衣は志光の背中を叩いて出撃を促した。少年が一度だけ頷くと、ウニカとヘンリエットが彼の背後に着く。


 一同はジャガノートから離れて銃撃戦を迂回するように移動した。火器を使わない襲撃部隊は目立ちにくい。数分もすると、対戦車ライフルを発射する敵の一隊を視認できるようになる。


 ところが、麻衣が攻撃に移るタイミングを計っていると、いつの間にか現れた要蔵が彼女を追い抜いて突撃を開始した。羽織袴は日本刀を肩に担ぐようして相手に大股で駆け寄ると、袈裟切りの要領で首筋に刃をめり込ませる。


「攘夷だ! 攘夷!」


 敵を切り伏せた要蔵は、雄叫びを上げて残りの悪魔にも襲いかかった。麻衣は目を何度か瞬かせた後で、振り返って志光に質問する。


「あのオッサン、見物に来ただけじゃないの?」

「僕もそう聞いてますけど……」


 二人が言葉を交わしている間に、要蔵はその場にいた悪魔たちを残らず斬殺した。敵が無力化されると、羽織袴は凄惨な笑みを浮かべつつ一同に近づいてくる。


「すまぬ。夷狄を目にして血が騒いだ」


 要蔵が悪びれた様子もなく謝罪を口にすると、志光は大きく息を吐いた。


「ありがとうございます。お陰で助かりました」

「白い肌には慣れたつもりだったのだがな……」

「さっさと慣れて下さい。せっかく悪魔になったんだから、人間だった時のしがらみは忘れましょうよ。そもそも、アソシエーションのメンバーはクレアさんも含めて白人ばっかりじゃないですか」

「貴公の言い分ももっともだ。それがしは……」


 羽織袴が話をし始めると、続きを麻衣が遮った。赤毛の女性は無言で人差し指を唇に当ててから、続いて闇の一角を指し示す。


 そこには、銃撃を行っているホワイトプライドユニオンの悪魔たちが豆粒のように見えた。志光は要蔵との会話を打ち切ると、握ったタングステン棒の先端を遠く離れた敵に向け、手に意識を集中させる。


「シッ!」


 少年が歯の間から息を吐くと、輝く手からタングステン棒が射出された。小型砲に匹敵する運動エネルギーを持った飛翔体は、二人の悪魔を貫通してから失速する。


「アタシから離れるんだ」


 敵対する相手が無力化されると、麻衣はそう言ってからベルトに引っかけてあった閃光手榴弾のピンを抜いて真上へ投げた。悪魔の腕力で飛翔した手榴弾は、中空で誰もが見落とさないほどの大きな放射状の光を放つ。


 それを合図として親衛隊の一部が射撃を止めた。彼らは閃光めがけて移動を開始する。


 敵の反撃を避けるため、志光、ウニカ、麻衣、ヘンリエット、そして要蔵は少し離れた場所に移動した。しばらくすると、親衛隊員たちが次々と現れるが、密集した場所に砲撃を受けるリスクを避けるため、お互いが一定の距離を取っている。


「……」

 麻衣は部下たちに無言でハンドサインを送った。彼女らは小さく頷いて志光たちを追い越してから射撃を再開する。


 これで側面を取られたホワイトプライドユニオンの戦闘員たちは、正面と併せて十字砲火を受けることになった。彼らは反撃しつつずるずると後退する。

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