第208話38-7.女たちのリズム

 それから一〇分ほどすると、ジャガノートの部品を運んできた車が次々とその場から走り去っていった。最後に残った美作も、書類と補給品をつき合わせて問題が無いことを確認すると、瀬川と同じ車に乗り込んで魔界の闇に消える。


 非戦闘員がその場からいなくなると、対戦車ライフルを抱えた魔界日本の親衛隊は二人一組で広く散らばった。反対に女尊男卑国の男たちは、ヴィクトーリアの周りに集合する。

「いくよ!」


 周囲を見回したツインテールは、かけ声をかけてからゆっくりと息を吐き出した。すると彼女の全身が青く輝きだし、やがてその光が球状に広がってマゾ男性たちも取り込んでしまう。


「おお……」


 彼らの様子を窺っていた志光は驚きの声を漏らした。青い光を浴びた男たちの容姿が急激に変化し始めたのだ。


 彼らの全身は長く黒い体毛で覆われ、筋肉が膨張し、頭部から羊のような角が伸びると、顔の形もそれに合わせて変形した。


「こんな感じかな?」


 邪素を消費してスペシャルを使い終えたヴィクトーリアは、変わり果てた配下を見ると満足そうに微笑んだ。彼女の周囲に集まったマゾ男性たちの外見は、『地獄の辞典』の挿絵に出てくる悪魔の図像に瓜二つだった。


「どうですか? ヴィクトーリア様のスペシャルは」


 志光が目を見開いていると、ビデオカメラを構えた仕伏が声を掛けてきた。少年は偉丈夫に素直な感想を述べる。


「変身能力ですか? 初めて見るんですが」

「そうです。あのお方は、容姿変形(シェイプチェンジ)をさせられるのです。ただし、対象は悪魔に限りますが」

「変わるのは見た眼だけですか?」

「まさか。身体能力が飛躍的に向上します。その代わり、邪素は消費しますが」

「なるほど。それで、悪魔限定なんですね?」

「ええ。私がお仕えするソフィア様も同じスペシャルの使い手ですが、これに限ってはヴィクトーリア様の方が優れた腕前かと思われます」


 志光と仕伏がやり取りをしている間に、変身した悪魔たちは、各々がジャガノートの背後に設置されてあるハンドルを両腕で握った。この馬鹿げた山車は、悪魔たちが押すことで前進する仕組みになっていた。


「作戦開始!」


 マゾ男性の準備が整うと、ヴィクトーリアは八角棒を振り上げて戦闘の開始を宣言した。変身した悪魔たちは、吠え声を上げながら巨大な山車を押し始める。


 先頭に装着されたローラーが回転すると、発電する仕組みがあるのか山車に装着されたLEDライトが点灯し、魔界の闇に女王様の図像を描き出した。同じく山車につけられた巨大なホーンスピーカーからは、AC/DCの『女たちのリズム(Girls Got Rhythm)』をカバーした曲が胴震いを起こさせるような音量で流れ出す。


 これで敵が気づかないわけが無い。


 部隊が出発して一分も経たないうちに、道の奥から弾丸が雨あられと降り注いできた。


 志光はヘッドセットを装着し、ボトルから邪素を補給しながら他の参加者を見回したが、誰も頭を下げる様子が無い。


 彼のすぐ近くにいたクレアはタブレットを使って周辺の地理を確認しつつ、大型無線機のマイクに向かって何か喋っていた。


「ハニー。湯崎さんに援護を依頼したわ」


 背の高い白人女性は、口からマイクを離すと志光に事情を説明した。彼女がジャガノートの脇から正面をのぞき込むや否や、暗闇に幾つも火柱が立ち上り、やや間を置いて爆発音が聞こえてくる。


 迫撃砲の攻撃だ。弾丸が飛んでくる方向からクレアが敵の位置を推測し、湯崎に情報を送ったのだろう。


 迫撃砲は絶え間なく魔界の暗闇に一瞬だけ輝く花を咲かせてみせる。


「素敵ね。命のやり取りをしている実感が湧いてくるわ」


 クレアはうっとりとした表情で、爆発に目を凝らした。


「攻撃開始!」


 一方、麻衣は部下に対戦車ライフルの使用を命令する。


 親衛隊の隊員たちは長い火器を構え、敵の弾丸が飛んできたとおぼしき場所に撃ち返した。スピーカーから流れる下品なロックミュージックに、発砲音が混ざり出す。


 降りしきる邪素の雨。


 遠くで煌めく迫撃砲弾。


 LEDライトで描かれた猥褻な女性図。


 そして火薬の臭い。


 それらが渾然一体となった状況は、悪魔が好みそうなものだったし、志光も気分を高揚させていた。


 ジャガノートが敵に接近するにつれて、反撃も激しいものになってくる。ヴィクトーリアの配下と親衛隊員数名が、敵の銃撃を受けて黒い塵と化す。しかし、魔界日本と女尊男卑国の連合軍は進撃を止めようとはしない。


 白誇連合の一群は、プレハブ小屋に隠れて銃撃を行っているようだった。薄っぺらい壁で対戦車ライフルの銃弾を受け止めるのは不可能なので、何らかの補強をしているのだろう。


「そろそろアタシたちの出番だよ。このまま見せ場を持って行かれるのを我慢できない」


 部隊を指揮していた麻衣が、志光に白兵戦を促した。上司の仕草で状況を理解した麗奈が、すぐさま代役を買って出る。


「ヘンリエット。これを頼む」


 志光は幼妻に二〇キロある八角棒を手渡した。彼女はそれを軽々と受け取ると、夫への加勢を申し出る。


「私も一緒に行ってよろしいでしょうか?」

「頼む」


 志光はヘンリエットに頷いてから、自分の背後に付き従うウニカにも援助を要請する。


「ウニカ。引き続き僕の警護を頼む」

「…………」


 自動人形は無言で頷いたが、既に邪素の雨でびしょ濡れになっているせいか、ミリタリーゴシック調の衣裳を脱ごうとはしなかった。


 こうして突撃隊が形成されると、麻衣が簡単な作戦を説明する。


「先頭はアタシと志光君。ウニカは三列目から飛び出す。しんがりはヘンリエットに任せる。飛び出すタイミングは、ジャガノートが敵のブービートラップを抜けてからだ。敵は地雷原でこっちの足を止めて撃つつもりだろうから、そこから先に罠が仕掛けられている可能性は低い」

「了解」

「解りました!」


 志光とヘンリエットが返事をすると、一行はジャガノートの真後ろまで移動して、攻撃の瞬間を待った。


 しばらくすると、ジャガノートの前面からバーンという破裂音がして、真っ黒な大地の破片が宙を舞った。地雷原に突入したのだ。

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