第206話38-5.ジャガノート

「おいおい。キミがすべきなのは、アタシを賞賛することだろう? 敵に感情移入してどうする?」

 志光の発言を耳にした麻衣が苦笑した。少年は映像を鑑賞しながら、赤毛の女性に反撃する。

「夜中の校庭で、麻衣さんに思いっきりぶん殴られた時のことを思い出していたんですよ」

「マイクロビキニを着て、セッ×スして解決した問題を蒸し返したいのかい? もう一度、手加減無しの一発を食らいたくないなら、そのことは綺麗さっぱり忘れるんだね」

「OK。忘れます。それで、新垣さんはどうしたんですか?」

「あの空手マンは十分に面目を保てるだけの成果を出したから、戦列から離れたよ。今、キミに見せているこの映像データをコピーしてね」

「それは良かった。これで男尊女卑国にもいい顔が出来る」

「彼も棟梁にヨロシクと伝えてくれと言っていたよ。それはさておき……」

 麻衣はそこで口を閉じ、塹壕の斜め上を仰ぎ見た。

「ここから数百メートルぐらい離れた場所で、女尊男卑国の連中が大騒ぎを始めているんだけど、何か心当たりはあるかい?」

「海岸から車で大きなパーツを運ばせて、それを組み立てているんです」


 隣で二人の会話を聞いていた麗奈が上司の発言を補足する。


「女尊男卑国は地雷除去車みたいなのを、ここに運ばせたという話を湯崎さんから聞いてます。確か、ジャガ、ジャガ……なんだっけ?」

「ジャガー?」

「違う」

「ジャガイモ?」

「違います」

「ジャガノートよ」


 三人が女尊男卑国が持ち込んだ兵器の名称について悩んでいると、ソレルが助け船を出した。


「元々は、ジャガンナートと呼ばれるインドで信じられていた神の名前なんだけど、お祭りの時にその神が乗っている巨大な山車をイギリス人が見て、巨大な山車や突進を始めたら止められない巨大な力を意味する単語になったのよ」

「そんな意味があったんだ。でも、地雷除去車みたいなものなんだよね?」

「そういう機能もある兵器、というのが正確かもしれないわね。ベイビーも目を覚ましたんだから、見学に行けば良いじゃない。アレが完成するまで戦闘は始まらないんだから、時間を気にする必要も無いわ。周辺に敵がいないことも確認済みよ」

「じゃあ、行ってみるか」

 志光は褐色の肌に後押しされるように塹壕の床から立ち上がった。すると、どこからともなくウニカ自動人形が現れて彼の傍らに立つ。


「ウニカ。護衛を頼む」

 少年はそう言いつつ魔界迷彩の雨具を被り、梯子を登って屋外に出た。魔界はいつものように蒸し暑く、邪素の雨が降り注ぎ、そして真っ暗だ。


 少年がしばらくその場でたたずんでいると、麻衣と麗奈が現れた。


「こっちですよ」


 まず、ポニーテールの少女が先頭に立ち、赤毛の女性がそれに続く形で行進が開始される。


 三人と一体が歩いていると、雨音に交じって多くの男性がひそひそ声で喋っているのが聞こえてきた。やがて、小型のキャタピラをつけた何台もの車が見えてくる。


 全ての車は後部にカーゴトレーラーを装着していた。恐らく、これでジャガノートの部品を運んできたのだろう。


 輸送用のカーゴから十数メートル離れたところでは、女尊男卑国のマゾ男性たちとおぼしき一団が、何かを組み立てている最中だった。何かの前方部分には、地面を均すためのロードローラーのような円筒形の物体が二つ並んで装着されている。

 一つ当たりの幅は四~五メートルだろうか? 日本で工事用に使われているものよりも遙かに大きく、直径も二メートルは超えていそうだ。


「これが……ジャガノート?」


 しかし、それよりも志光の目を惹いたのは上部構造だった。鉄パイプでやぐらが組まれており、そこに大型のスピーカーや電飾が装着されているのだ。


 ジャガノートが山車の一種とはよく言ったもので、これは誰の目から見ても巨大な山車だった。麻衣や麗奈も、その大きさに唖然とした顔つきをしている。


「ご主人様、いらっしゃったんですか?」


 三人と一体が無言で作業を眺めていると、男たちに混ざっていたヘンリエットが彼らに近寄ってきた。正妻は嬉しそうに背後を振り返る。


「もう少しで組み立てが終わります。私も、これを見るのは初めてなので楽しみにしているんです」

「これ、地雷除去装置なの?」

「はい。それと前方のローラーに隠れていれば弾よけにもなります」

「でも、スピーカーと電飾がついてるよね?」

「はい。音楽を鳴らして、照明を照らしながら前進します」

「敵の攻撃目標にならないのかな?」

「なりますね。でも、それを受けきって相手を倒してこそ、〝女王の中の女王〟としての資格があるとされているんです」


 ヘンリエットの説明を聞いた志光は無言で組み立て中のジャガノートを見上げた。それはステルス性能を重視する現代兵器とは真逆の存在だった。


「ヴィクトーリアは、これで邪素工場まで前進するつもりなのか……」

「左様でございます」


 志光が独り言を呟いていると、彼の目の前に仕伏源一郎が現れた。迷彩雨合羽を被った偉丈夫は、防水を施した業務用のビデオカメラを構えている。


「ヘンリエット様。志光様にくっついて下さい。これも撮影しておきますので」

「はい!」


 仕伏に促されたヘンリエットは、嬉しそうな面持ちで志光に密着した。少年もレンズの前で笑顔を浮かべてみせる。


「どうですか? 我が女尊男卑国のジャガノートは?」

「敵に突撃するのに、わざわざ目立つなんてイカれてますね」

「お褒めの言葉をいただき、誠にありがとうございます! しかし、アメリカ軍も一九八九年にパナマのノリエガ将軍がローマ教皇庁大使館に逃げ込んだ際に、大音量でロックミュージックを流して心理的圧迫を加えましたし、二〇〇四年にイラクのファルージャで戦闘を行った際にも、イスラム教徒を心理的に攻撃する目的で同じような音楽を流した過去があります。もちろん、我々の方が先ですが」

「仕伏さんも経験があるんですか?」

「もちろんです。ソフィア女王様と一緒に、女尊男卑国を〝女に仕える女が腐ったような男共の国〟と舐めくさったことを抜かしたレメゲトンと名乗るグループの拠点に突入して、敵の攻撃をものともせずにジャガノートで粉砕してやりました。あれは痛快でしたな。ヴィクトーリア女王様も、お母様のひそみに倣ったのでしょう」

「マズいな。こんなのをやられたら、アタシたちの活躍が霞んじまう」


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