第199話37-8.フッドとの対決

 二人は少しずつ横方向に動いてお互いの隙をうかがった。そして、数十センチ動いたところで、麻衣が軽くステップインすると右ストレートを放つ。


 だが、このパンチはフッドの顔面に届かなかった。口ひげは赤毛の女性が右腕を引いたのに合わせて両手を突き出し頭を低くして、彼女の胴体に抱きつこうとする。


 ところが、麻衣は右ストレートを打つ際に捻った上半身を元に戻す勢いで、左フックを放った。このパンチはフッドの伸ばした手を狙ったものだった。


 鈎状に曲がった赤毛の女性の左腕は、口ひげの右手首に被さるようにして引っかかると、その持ち主を引っ張った。これで姿勢を崩したフッドは、前のめりの姿勢になってしまう。


 次に麻衣は右側に捻った身体を左に戻す勢いを利用して右アッパーを打った。左アッパーと同様に手の甲を地面に向け、拳を腰骨に当てて脇を絞った状態から真上に突き上げると、下を向いてしまったフッドの顔面に直撃する。


 赤毛の女性の拳は青白く輝いていた。彼女の〝拳で殴った際に衝撃が伝わった液体をアルコールに変化させる〟スペシャルは、口ひげの体液をアルコールに変えた。


 急性アルコール中毒になったフッドは、そのまま前のめりに倒れると黒い塵と化した。


「アタシ相手に二度目は無いよ」


 麻衣が鼻を鳴らすと、背後にいた志光が感嘆の溜息をついた。少年は彼女に近づき死んだ口ひげが残した精巧な義足を拾い上げる。


「これは……」

「義足だよ。君が南池袋公園で会ったWPUの指導者、ジョン・フッドのものだろう」

「やっぱり、今のがジョン・フッドですよね?」

「だろうね」

「でも、なんでそんな人がここで戦っていたんだろう?」

「じゃあ、訊くが魔界日本の棟梁であるキミは、なんでこんな最前線にいるんだい? それも、今回が初めてってわけでもない」

「それは……僕が先頭に立たないと、示しがつかないというか、部下の士気に関わるというか…………」

「なら、相手も同じ理由で戦っていたんだろう」

「なるほど」

「それより、そいつのお陰でアタシの部下が二人死んだ。大工沢の部下も一人死んでる。この落とし前は、どうやってつけさせるつもりだい?」

「白誇連合の棟梁は殺す。彼のシンパも皆殺しだ」


 志光の返答を聞いた麻衣は、嬉しそうに笑ってフッドの襲撃から生き延びた隊員たちに語りかけた。


「聞いたか? 棟梁の命令だ。捕虜はとるな。皆殺しにしろ」

「はい! 捕虜はとりません!」


 彼女たちが赤毛の女性の言葉を復唱していると、次の一隊が通路に現れた。彼女たちは麻衣の前で立ち止まり、状況説明を請う。


「隊長! ここが先頭ですか?」

「そうだ」

「では、お先に行かせていただきます!」


 一行のリーダーはそう告げると志光たちを追い抜いた。そして、十秒もしないうちに射撃音が通路にこだまする。


 細い通路を有効に活用するため、麻衣と麗奈は部隊を小分けにして、先頭を頻繁に後退させる方法を採った。そうすれば、常にフレッシュな隊員たちが敵と対峙することになるからだ。


 池袋ゲートは魔界日本の首脳陣にとって、それほど重要な場所だとは見做されていなかった。繋がった先にある魔界の陸地は狭く、複数のゲートが存在していたわけでもないからだ。


 従って、その守りも最低限で済まされていたし、だからホワイトプライドユニオンの占領を許してしまった。しかし、地上からゲートに至るまでのルートが、防御に適したように設計されている点では他の施設と変わりは無い。


 また、ゲートを守っているWPUの悪魔たちも必死だ。彼らは悪魔同士の戦いで負ければ何が起きるかを分かっている。


 迂回の出来ない狭い場所では、単純な叩き合いにならざるを得ない。フッドが死亡して十数分もすると、戦線は膠着してしまった。


 志光も邪素を飲みつつ背後から狙撃の機会を伺うが、敵の弾幕は予想以上に密度が高く、暗闇の中ですら顔を出して状況を確認するのが精一杯だ。麻衣も部下に督戦しようとしない。


 そこに、彼らの背後から障害物を除去し終えた大工沢が現れた。熊のように体格の良い女性は、魔界日本固有の魔物を連れている。


 魔物の脚は二本で、鳥のように関節の向きが逆だった。背丈は人間と同程度だが、正面に板戸程度の大きさをした分厚い楯のようなものが生えている。


 楯は傾斜しており、正面から銃弾を受けると見かけ上の厚みが増える構造になっていた。また、その正面には志光が造った鎧と同じ輪宝の家紋が描かれている。


「上り坂でもないのに渋滞が起きてるって聞いたから、解消に来たよ。掻楯(かいたて)だ」


 大工沢は掻楯と呼んだ魔物の背後に回り、脚部のつけ根を掌で叩いた。すると、魔物は通路の中央部をゆっくりと前進し始める。


 立て籠もったホワイトプライドユニオンの悪魔たちは掻楯に射撃を集中するが、魔物はいささかの痛痒も感じないようで、歩くのを止めない。


 掻楯の背後には、いつの間にか対戦車手榴弾を持ったクレアが身を屈めていた。背の高い白人女性は、魔物がやや前進したところで手榴弾の安全ピンを抜き、一拍おいて斜め前の空間に放り投げる。


 凄まじい爆発音が通路にこだました。それを合図に、麻衣の部下たちが掻楯の背後に隠れ、しゃがんだ姿勢で射撃を再開する。


 しばらくすると、魔界日本側の魔物を止められなかったホワイトプライドユニオン側の悪魔たちが後退を開始した。とうとう池袋ゲートの入り口にあった応接室が、志光たちによって奪還される。


 ここから先は、簡易宿泊施設、武器庫、そしてゲートのある部屋という構造になっている。退いた敵の抵抗は先ほどよりも増しており、ひっきりなしに銃弾が室内を飛び交う。


 けれども、麻衣とウニカという接近戦のスペシャリストを抱えている魔界日本の方が、ホワイトプライドユニオンに比べると近距離での戦いには分があった。


 銃は構えてからトリガーを引かなければ攻撃出来ないし、ナイフも切りつけたり刺したりするためには、鞘から抜く必要がある。


 だが、拳や貫手はそのまま突き出すだけで攻撃になる。そして、麻衣やウニカのそれは、タフな悪魔にすら致命傷を与えるだけの力がある。


 赤毛の女性に近接戦のイロハを叩き込まれている志光にも、掻楯の前進によって魔界日本側と白誇連合側の交戦距離が縮まっている意味は理解できた。彼は前線から少し離れた場所で、流れ弾に当たらないように身を屈めながら、ウニカに対して命令する。

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