第193話37-2.人体落書き勝負

「そう言えば、ハニーはついさっきテレビデビューしたばかりなのね。ご感想は?」

「知名度も上がってチヤホヤされるかも知れないと思ってドキドキ……してるわけ無いでしょ。覆面被ってビルの屋上で飛び跳ねているところをスマホのカメラで撮られるなんて最悪ですよ」

「あら。魔界の流儀が染みついてきたってことかしら?」

「そうかもしれませんけど、最初から目立ちたい性格でも無いですよ。それに、今回の件で僕が他国の悪魔たちから馬鹿にされるのは確実だ。違いますか?」

「違わないわ。私たち、ホワイトプライドユニオンに恥をかかされたのよ」

「分かってます。借りは返します。魔界は現実世界と違う。舐められても法律や警察が護ってくれるわけじゃない」

「当然ね。攻撃はいつから始めるの?」

「今は休憩中です。それが終わったら運び込んだ武器弾薬の最終チェックをして、作戦を開始します」

「私の武器は?」

「麗奈に言って下さい。この下の坑道にいます」

「行ってくるわ。こんな大がかりな殺し合いに参加するのは久しぶりだから、自然と気持ちが昂ぶってくるわね」


 背の高い白人女性は心の底から嬉しそうな顔をして志光の手首を掴んでソファから引き上げ、彼の手を自分の心臓がある位置に押しつけさせた。彼女の申告通り、心臓が激しく鼓動を打っているのが分かる。


「ホントだ。でも、顔には出ないんですね」

「苦しい時に、苦しい顔をする奴は喧嘩で勝てないのよ」

「なるほど」

「でも、何が何でも我慢しろと言っているわけではないわ。頭が良ければ、苦しくなる前に苦しそうな顔をして他人に助けを求めるものよ」


 少年の頬にキスをしたクレアは、片手を挙げて穴の入り口に作られた木製の階段を降りていく。


「じゃあ、行ってくるわね」

「行ってらっしゃい」


 背の高い白人女性の姿が消えると、今まで二人の会話を黙って聞いていたヘンリエットが口を開く。


「ご主人様。私も戦闘の準備を始めてよろしいですか?」


 志光は許嫁の言葉に一瞬だけたじろいだが、首を縦に振る。


「ああ。頼むよ」


 志光から許可が出ると、ヘンリエットはその場で揚々とオーガンジードレスを脱ぎ始めた。彼女のためらいの無い様子に、少年は思わず過書町のことを思い出してしまう。


「そう言えば、過書町さんは人前で脱ぐのを嫌がってたな」

「過書町様がおっしゃっていたように、ご主人様に見られるのが嫌なのでしょう。私は見られたいので脱ぎますが」

「まあ、そういうことだよね」

「はい。どうして、そんなことを言い出したのですか?」

「いや、服を脱ぐ時の態度は女性それぞれだなって思ったから……」

「私が好きなのは、命令されて服を脱ぐと、身体に油性マジックで卑猥な言葉が落書きされているというプレイなんですが……」

「それは……ちょっと興奮できそうな分だけ悔しいシチュエーションだな」

「あ、ご主人様、そういうのがお好きなんですか? 気が合いますね! 今からしていただいても大丈夫ですよ? 肉×器が希望です!」

「ダメダメ。これから戦争だから……」


 志光がそこまで言いかけたところで部屋の扉が開き、ヴィクトーリアが現れた。


「地頭方、お待たせ! 新しいデザインの戦闘服を着てきたわ。貴方の好みだろうって、源一郎が言っていたんだけどどうかしら?」


 ツインテールは上半身にビスチェを身につけ、股間を申し訳程度の面積しか無いマイクロビキニで覆っていた。志光は彼女の姿をためつすがめつした後で同意する。


「正解。でも、今はその格好を楽しめる状況じゃ無いから!」

「まだ本格的な戦闘は始まっていないんでしょう?」

「ああ。しばらくしたら、ソレルがこちらの坑道から池袋ゲートの様子を調べる手はずになっている。彼女には武器輸送全般の指揮をしてもらったから、少しでも休んでもらわないと」

「なるほど。彼女の回復待ちなのね」

「そうだね。僕もさっきの戦闘で怪我をしたばかりだから……」

 志光はそう言うと、魔物に攻撃された脛をヴィクトーリアに見せた。普通の人間であれば赤黒く腫れ上がっているはずの部位は、うっすらと青く輝いている。

「大丈夫?」


 ヴィクトーリアはさほど心配そうでは無い口調で怪我の状態を気遣った。少年は苦笑すると首を振る。


「邪素を吸収しているから、大丈夫だと思う。こういう時には、自分が人間じゃ無いことを嫌と言うほど実感させられるよ」

「悪魔化したのが嫌なの?」

「そんなことは無いよ。自分の一番コンプレックスだったところが、悪魔化で治ったのは良かった」

「どこ?」

「言いたくない」


 志光は笑いながら首を振った。


「私の奴隷にしてから聞き出すまでお預けね」


 ヴィクトーリアは肩をすくめ、それ以上の追求を断念する。


 そこに、白い下着姿のソレルが現れた。偵察のために邪素を使い過ぎてしまった褐色の肌の面相はやつれている。


 にもかかわらず、彼女の肌には白い油性マジックらしきもので〝肉便〇〟と大書されていた。志光は振っていた首を止め、愛人の身体を凝視する。


「ベイビー。話は聞いたわ。正妻の身体にマジックで卑猥な言葉なんて落書きしちゃ駄目よ。私にしなさい」


 ソレルはニッコリと微笑むと、少年に太い油性マジックを握らせた。


「私なら写真撮影もOKだし、エロ系のSNSにその写真を出して、奴隷自慢をしても良いわ」


 彼女は続けてそう言うと、顔の横にピースサインを作る。


「お、おう……」


 志光は呆気にとられた面持ちで褐色の肌に頷いた。しかし、彼の隣にいたヘンリエットが珍しく気色ばむと、愛人の提案をキッパリ拒絶する。


「ソレル様。お気遣いありがとうございます。しかし、ご主人様のお望みを叶えるのは正妻の務め。愛人の貴女こそ、綺麗なお洋服に高級なバッグで着飾っているのがよろしいかと思います」


 少女はそう言うと、どこからか取り出した極太の黒マジックで、下腹部に下方向の矢印と〝公〇便女〟という文字を書き込んでみせる。


「正妻様。ご自身がお書きになるとは……手慣れてらっしゃいますね」

「ソレル様こそ」


 二人の女は視線で火花を散らすと、各々の手で各々の身体に卑猥な単語を書きまくり始めた。


「地頭方。あなたが仲裁に入らないと終わらないんじゃないの?」


 二人の狂態を目にしたヴィクトーリアは、ウンザリした口調で志光に声を掛けた。しかし、彼女は少年が感涙しながら人体に落書きをする女性たちを見つめているのに気がついて目を白黒させる。

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