第192話37-1.ラブホテルにて

 偶然起きた池袋サンシャインシティでの交戦と、意図的に起こした雑司ヶ谷にある真道ディルヴェが所有するビル爆破の相乗効果は著しいものだった。池袋全域を警戒していた警察官の多くが、この二つの事件に引きずられた結果できた間隙を突いて、魔界日本と男尊女卑国の悪魔たちが、坑道を掘る目的で買いとったラブホテルに戦略物資を一気に運び込めたのだ。


 今やホテルの内部は巨大な対戦車ライフル、対戦車手榴弾、弾薬、その他諸々の武装でいっぱいだった。本来なら男女の営みを行う場所に、物騒な兵器類が積まれている様子は違和感を覚えるどころの騒ぎでは無かったが、運搬に従事した悪魔たちにそれらをじっくり眺めるだけの余裕など無かった。


 作戦を仕切ったアニェス・ソレルが終了を告げる頃には、一同はすっかり疲れ切っており、ホテルを出て元いた場所に戻るか、宿泊用に確保した部屋に倒れ込むかのいずれかを選ぶ羽目になった。


 ホテルを警戒しているのは風俗嬢に扮した少数の親衛隊と、受付に座った配松亜紀という陣営で、間違って入ってこようとする人間の〝お客様〟には、彼女のスペシャルを利用してお帰りいただく算段だった。


 幸いなことに、魔界日本が買いとってから開店休業状態にしてあるホテルを目当てに来るカップルは今のところおらず、警察も素通りしてくれている。


 地頭方志光は、ホテルの地下にある大きな部屋の古びたソファに座り、邪素を呑みながら誰かが持ち込んだ大型液晶テレビの画面に目を凝らしていた。部屋には元々SMプレイ用のアイテムが置いてあったのだが、今ではそれらは何処かへと撤去され、床には大きな穴が掘られている。


 穴を降りた先にあるのは、池袋ゲートへ向かう坑道だった。ジグザグに曲がった坑道はゲートに続く通路の直前で行き止まり、そこから先はソレルの〝蝿〟が侵入できるように、小さな穴が開けられている。


 作戦が始まれば、まず彼女がスペシャルを使って穴から偵察を行い、問題が無ければ残りの土を大工沢率いる黒鍬組が除去する手はずだった。


 穴ができあがれば、後は麻衣や麗奈が部下を率いてゲートになだれ込む。つまり、ここが現実世界におけるホワイトプライドユニオンとの戦争の最前線なのだ。


 志光が見ているTVの画面には、つい数時間前に起きたサンシャインシティでの惨劇が映し出されていた。当然のことながら、覆面を被った少年と新垣、茜とヨーコの姿も映っている。


 事件現場にいた誰かがスマホで撮影したのだろう。事前に変装の準備をしていたのは正解だった。


 白人少年の襲撃が引き起こした被害は、死傷者五〇数名というもので、爆破事件に比べれば少ないものの、トップニュースとして扱われるには十分だった。だが、犯人は既に消滅してしまっている。


 残っているのは自分や新垣だけで、警察もマスコミも必死になって探しているはずだが、こちらは既に地面の下にいるし、今はここから出るつもりも無い。


 いよいよ本番が始まろうとしているからだ。


 ここから掘った穴は、白誇連合が占拠した池袋ゲートのすぐ側まで到達している。いくら音がしないように注意して作業をしていたとしても、敵は既に状況を察知しているはずだ。


 また、だからこそ彼らは屋外に出ての妨害活動を最低限で済ませるしか無かったのだ。そうでなければ池袋ゲートの防備が手薄になり、こちらの奪還を許していたはずだ。


 しかし、相手が具体的にどのような防衛策を講じているかまでは、こちらには皆目見当がつかない。ただし、間違いなく抵抗は激しいものになるだろう。その時に、自分はどのような判断をすべきなのか?


 志光はサンシャインシティの屋上で跳びはねる己の姿を食い入るように見つめつつ、これからの先行きに思いを馳せた。彼がチャンネルを次々と変えていると、クレア・バーンスタイン、ヘンリエット、そしてウニカが部屋に現れる。


 既に坑道の中へと入っていった門真麻衣と見附麗奈、大工沢美奈子、別の部屋で休息中のソレルなど、湯崎武夫が率いる別動隊を除くと、魔界日本の重鎮たちが、このラブホテルに集結していることになる。仮にこのホテルが白誇連合に襲撃されて、中にいる悪魔たちの多くが殺傷されれば、魔界日本は立ち直れない危険すらある状況だが、誰も志光の命令に異議を唱えない。


 全ての幹部が、勝負所は今だと理解しているからだ。


「お疲れ様」


 目の端に二人と一体の姿を捕らえた志光はソファから立ち上がり、両手を開いて歓迎の挨拶をした。


「遅れてごめんなさい。大塚ゲートの後片付けに時間がかかったの」


 クレアが悪びれた様子もなく謝罪するが、少年も特に怒った素振りは見せない。


「無事に到着して何よりです。ヘンリエット、君は大丈夫だった?」


 志光は続いて許嫁に声を掛けた。彼女は大きく首を振って室内の内装を観察する。


「はい! 今まで写真でしか見たことが無い、日本のラブホテルに初めて来られて大感激です。ここはSMプレイ用の部屋だと伺っていたんですが」

「床に穴を掘るために、道具類は全部撤去したみたいだよ」

「ああ……その前に来たかったですね」

「ソレルが管理しているゲートも、ラブホテルの駐車場にあるから、この一件がすんだら見学に行こう」

「はい!」


 少女との会話を終えた志光は、最後にウニカ自動人形と視線を合わせた。少年は無表情な人形に命令を下す。


「ウニカ。僕の警護を頼む」

「…………」


 ウニカは黙って頷いた。その間にテレビの画面を見ていたクレアが、志光に冷やかしの言葉をかける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る