第183話36-5.過書町を探して

「新垣さん。補給だけでなく、敵の探索にもお力添えをお願いできるかしら?」

「もちろんですとも。喜んで協力させていただきます。しかし、その前に手順を教えていただけますかな?」


 新垣は背の高い白人女性の申し出を快諾したが、同時に条件を付けるのも忘れない。志光はクレアと目を合わせてから、禿げた中年男性に大まかな計画を説明する。


「敵が警官を襲っているなら、僕たちは警官を監視していれば良い。敵の数がどれぐらいかは不明ですが、こちらの状況を確認できるほどではないなら、せいぜい悪魔が数人でしょう」

「魔物ではないという根拠は?」

「警察への密告という複雑な仕事が、魔物に出来るとは思えないからです」

「その仮定が正しいなら、確かにあなたの言うとおりでしょう」


 新垣は得心した面持ちで首を縦に振った。志光も彼に頷き返してから話を継続する。


「問題はこちらの編成だ。一人一人バラバラに動いた方が、より敵を補足しやすいが、その分だけ返り討ちに遭う危険がある」

「私なら三人から四人一組にします。仮に奇襲されても、一人は仲間に報告できる。男女比にもよるが、それ以上の人数だと目立つでしょう」

「でしょうね」

「後は外見の問題も考えねばならないでしょう。区役所爆破事件は、オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件との関連性を指摘されている。しかも、日本の警察は元から外国人嫌悪(ゼノフォビア)の傾向がある」

「つまり、クレアさんやヘンリエットは不向きだと?」

「私ならそう判断するが、ここを仕切っているのは貴男だ」

「…………」


 口を閉じた志光は最初にクレア、続いてヘンリエットと目を合わせた。


 二人は魔界日本にとって重要な戦力だが、今回の即興的な計画に欠かせないのは索敵を得意とするアニェス・ソレルと彼女の部下たちだ。そして、警察が外国人をより疑うだろうという新垣の懸念は恐らく正しい。


 そうなると、捜索部隊は基本的に元日本人、あるいは日本人に見える悪魔たちで構成せざるを得ない。


「クレアさん。今回は裏方に回ってください。それにヘンリエット。君はクレアさんの側にいて、いざという時には僕を助けてくれ」


 志光は二人の白人女性に向かって頭を下げた。まず、クレアが少年のお願いとも命令ともとれる発言に反応する。


「私はこのままで良いのかしら?」

「はい。作戦が始まるまでは、この監視室で指揮を執って下さい」

「敵を上手く駆除できたらどうするつもり?」

「補給を継続して十分な量を確保するか、それともすぐに池袋ゲートを襲撃するかという判断ですか?」

「ええ、そうよ」

「それは……実際に始めてみないとと解らないですね。クレアさんに何か良いアイデアはあるんですか?」

「ないわ」


 背の高い白人女性は微笑みつつ否定の言葉を述べた。


「警察に気づかれず戦争を始めるのが目的である以上、そのタイミングは警察の動向次第になるわ。そして、それは私たちが自由に決められるわけではないのよ」

「ですよね……」

「ハニーの囮計画を否定しているわけではないのよ。ただ、それだけで状況が劇的に変わるほど、日本の警察は甘い相手ではないはずよ」

「はい。肝に銘じておきます」


 クレアに相づちを打った志光は、続いてヘンリエットと目を合わせた。少女は屈託のない笑顔を浮かべつつ、少年に向かって口を開く。


「私はご主人様の仰せのままに動きます」

「ありがとう。ヘンリエットはクレアさんと一緒に動いてくれ。もしも、このまま池袋ゲート奪還作戦が始まった時には頼りにしているよ。よろしく頼む」

「もしも池袋ゲートを奪還できて、この戦争に勝てたら、前に約束したとおり池袋にあるお店を案内して下さいね」

「もちろんだ。アニメイトでもメロンブックスでも、とらの穴でもK-BOOKSでも、どこでも連れて行くよ」

「あの、エムズ……」

「正気を疑われるからエムズは駄目だ。ちなみに明治書店もだ」


 少女のリアクションを先読みした志光は、彼女にぴしゃりと言い付けると、続いて索敵に都合の良い人材を見つけるべく周囲を見回した。


 新垣はかなり前に自分が虚栄国で出会ったヨーコという東洋系の中年女性と談笑している。恐らく、彼女と屋外に出るつもりだろう。


 それに対して自分はどうするのか? 理想は麻衣とタッグを組むことだが、魔界有数の戦闘力を有したこの女性は、現在スピリタスを痛飲しており、あまりにも危険で近づくことすら憚られる。


 次に選びたいと思っていた麗奈は、アル中上司をなだめるので手一杯らしく、現実世界に来ていないようだ。だからといって彼女の次に位階の高い隊員となると気が引ける。


 クレアにせよ麻衣にせよ、自分と〝合体〟した女性たちは異様に物わかりが良く、こちらが煽っても決して嫉妬しようとしない――そのせいで、どんなに経験人数が増えても女性にもてたという実感が持てないのだが――が、だからといってハーレム要員を更に増やそうという気にはなれない。とてもではないが、精力が続かないことが判明したからだ。


 そうなると、残っているのは男か自分と〝合体〟することを嫌がっている相手しかない。しかし、新垣のパートナーが女性である以上、出来れば自分も同じ方向性で相手を選びたい。


 つまり、今回の作戦に相応しいのは過書町茜だ。


「過書町さん!」


 志光はそこで眼鏡の少女の名を呼んだ。ところが、先ほどまで警備室にいたはずの彼女の姿は見当たらない。


「おかしいわね。さっきまで、男尊女卑国のメンバーと打ち合わせをしていたはずなのだけれど」


 少年が茜を探していると、椅子に腰かけたクレアが小首を傾げた。そこで、状況を認識した志光は、ゲートのある場所に足先を向けつつヘンリエットに命令する。


「ウニカ! ヘンリエット! 一緒についてきてくれ。過書町さんが逃げたかも知れない」

「はい!」


 許嫁の返事を背中で聞きつつ、少年は警備室を出た。茜の姿はすぐに見つかった。ゲートのある部屋の片隅で、彫像のように固まっている。ゲートの出入り口である合わせ鏡の前では、麗奈の部下たちが頻繁に台車の交換をしていたため、彼女たちに露見せず魔界への通路に入ることが出来なかったようだ。


「……過書町さん」


 志光は眉間に皺を作ながら、眼鏡の少女に近寄った。彼女は少年と目を合わせようとせず、正面を向いたまま回答する。

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