第171話34-2.開戦宣言

「ご主人様、大丈夫ですか? 現実世界で大変な事件が起きたとという話で持ちきりですが……」

「白誇連合が池袋のビルを爆破した。大騒ぎになっているよ」

「まあ! それで、ご主人様はご無事で?」

「この通り、ピンピンしているよ。心配をかけて悪かったね」

「良かった!」

「ただ、当分の間はヘンリエットを現実世界に連れて行けなくなっちゃったね」

「どうしてですか?」

「戦争が始まるからだよ」


 志光の説明を聞いたヘンリエットは小首を傾げた。


「それなら、なおさら私が必要ではありませんか?」

「君が闘う必要は無いと思うけど」

「母も私にそう仰って下さいましたが、私はご主人様に同行します。戦争が始まれば、援軍として姉がこちらに送られてくるでしょうから」

「ヴィクトーリアか。こういう質問をして良いかどうか解らないけど、お姉さんとの仲は悪いの?」

「いいえ。でも、姉はご主人様を気に入っています。放っておくとM男性として調教しようとするはずですから、それを阻止したいのです。私、マゾの殿方には興味がありませんので」

「……なるほど。切実な問題だね。助かるよ」


 志光はヘンリエットの頭を撫でた。ヘッドドレスを付けた少女は、嬉しそうに微笑んでから、池袋という単語から連想した事柄を口にする。


「戦争が終わったら、メロンブックスの池袋店と、とらの穴の池袋店、それからアニメイト本店につき合って下さい。私の外見では十八禁コーナーには入れないようなので、お買い物もよろしくお願いします。出来ればアダルトショップの池袋エムズでバイ……」


 志光はヘンリエットに微笑み返しつつ、少女を抱えて彼女の部屋に押し込むと、自室に戻ってシャワーを浴び、明日に備えて一、二時間ほど考え事をしてから、邪素をたっぷり飲んで寝た。


 翌朝、目を覚ました志光を迎えに来たのは麻衣だった。赤毛の女性は、クレアとソレルが既に現実世界へと出立し、大塚のゲートで会議の準備を始めている旨を少年に報告した。


 ボクシングの師匠の前で、いつもの服装に着替えた志光は、彼女と連れ立って自室を出た。二人はドムスの中庭に出ると、そこでウニカ自動人形と麗奈を従えたヘンリエットに遭遇した。


 一同は倍の数の警護に囲まれドムスを出て、邪素の雨の中を歩いてゲートの出入り口に辿り着いた。現実世界へと通じる両部式の鳥居の前では、湯崎が彼らを待っていた。


 ごま塩頭は彼の部下の一人に、書類がケースごと入ったツールワゴンを押させている。透明なケースに入った紙の束を一瞥した志光は、それが戦争計画に必要なのだろうとあたりを付けた。


 これから始まるブリーフィングだけでも、幹部連に配られる書類は相当な数に上るはずだ。戦争に至る道は、面倒臭い手続きが必要なのだと実感せざるを得ない。


 一行は無駄話をする事も無く「魔界でも現実世界でもない空間」に作られた道を歩いた。やがて気温が下がり、人工的な光が先方から見えてくる。


 大塚ゲートを出て通路を通り、監視室に入った志光が目にしたのは、魔界日本の幹部連と真道ディルヴェの教祖である信川周が、折りたたみの椅子に座っている姿だった。少年は白髪の老人に歩み寄り、深々と頭を下げる。


「信川さん。わざわざお越し下さってありがとうございます」

「ソレルさんの手引きで追っ手は撒いたはずなんですが、もしもの時は対処を頼みますよ。本部襲撃事件以来、私は警察の監視対象だ。白誇連合の連中も私を見張っている可能性があると聞きました」

「お任せ下さい。今日はどうしても、信川さんに来ていただきたかったのです」

「重要な発表があると伺っているのですが」

「はい。直ぐに解ります」

「それにしても、壮観ですな。この狭い場所に、魔界日本の支配者が勢揃いしているのでは?」

「幹部会議ですから」


 志光が信川と言葉を交わしている間に、湯崎の部下が悪魔たちに資料を配付した。会議の準備が整うと、ごま塩頭が大きな咳払いをして少年の注意を惹く。


「そろそろ会議を始めよう。司会は、この湯崎武男が務めさせてもらう。今日の議題は、ずばり〝白誇連合との戦争〟だ」


 湯崎はそこで一旦言葉を句切り、周囲を見回した。


「まずは、この戦いの目標だ。棟梁に説明して貰おう」


 彼はそう言うと、志光に視線を送る。


 軽く頷いた少年は、ごま塩頭のすぐ側に移動すると、背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取った。彼は大きく深呼吸してから、昨日の段階で練っていた演説を淀みなく口にする。


「今日はわざわざ集まってくれてありがとう。今から、僕たちは白誇連合との戦争に突入する。宣戦布告は特にしない。魔界の国同士の間には、現実世界では結ばれている国際条約のようなものはないからだ。僕たちの目的は一つ。父の失踪で混乱した時期に占領された池袋ゲートの奪還だ。間違いなく、その過程で戦闘が起こるだろうが、敵の殲滅は副次的なものに過ぎない。敵が自分たちの領土に逃げ帰ったら、それ以上の追撃をするつもりは無い。今回の目的は、あくまでも池袋ゲートの再占領だ。そのことによって、僕たちは魔界日本の力が衰えていないことを、他の悪魔たちに証明しなければならない」


 志光がそこで一呼吸を置くと、椅子に座っている悪魔たちの間から拍手が起きた。少年は笑って片手を挙げてから、話を再開する。


「ただし、ここで大きな問題が一つある。皆さんも既に知っているはずだが、先日、ホワイトプライドユニオンが豊島区役所を爆破した。現段階では爆破方法も死傷者も不明だが、もの凄く大きな被害が出ているのは間違いないだろう。昨日の段階で湯崎さんと話をしたのだが、ホワイトプライドユニオンの目的は僕たちの行動を阻害することだと思う。何しろ、池袋ゲートは名前の通り豊島区の池袋にある。そこで爆破テロが起きればどうなるか? お察しの通り、池袋近辺は警官で埋まっている。とても大型の武器を運搬できる状態では無い。そうなると、魔界内部と池袋ゲートからという二正面作戦が出来なくなるので、敵は魔界内部に戦力を集中することが出来る。これは、僕たちにとってあまり望ましい状況では無い。島は大陸では無いから、敵の防衛拠点を迂回することが出来ない。魔界の海を渡って池袋ゲート近辺に上陸してからは、ひたすら正面からの叩き合いになる。防御側が有利だ。もちろん、いずれ現実世界での騒動は終息するだろう。でも、それまでホワイトプライドユニオンは時間稼ぎが出来る。そこで僕は湯崎さんと作戦についても簡単な打ち合わせをした。攻撃というのは、基本的に相手の意表を突くものだ。今回であれば、敢えて池袋ゲートから攻撃することができれば、敵の裏をかくことが出来るだろう。これが二人の出した結論で、魔界日本の基本方針となる。後の細かいことは、もう一度湯崎さんに説明して貰う」


 志光が基本方針を説明し終えると、再び監視室内に拍手がこだました。続いて湯崎が彼の話を継ぐ。

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