第165話32-6.秋葉原への散歩
志光は麻衣の指示に深く頷いた。こうして、少年が新たなコンビネーションに取り組んでいる間に、ヘンリエットの突発的に怪力を発揮してしまう問題に目処が立った。彼女が腹式呼吸をマスターすることによって、症状が緩和されたのだ。
少年は少女との契約を果たすべく、彼女を伴って大塚のゲートから現実世界に出た。二人の護衛には、見附麗奈とアニェス・ソレルが付いた。
一同は大塚駅から山手線の外回りに乗り、鶯谷駅で降りた。目的地は、上野桜木にあるマンションだった。
その物件は、真道ディルヴェの信者で、なおかつ教団の裏事情を熟知している不動産業を営む初老の男性が探してくれたものだった。
「池袋にも秋葉原にも等距離で、山手線で移動できる場所というと田端駅近辺がベストなんですが、住環境を考えたら上野桜木か池之端でしょうね。歩いて上野公園に行けるのが魅力です。園内や付近には、上野動物園や国立博物館、東京大学をはじめとする学術機関など、お子様の情操教育に相応しい施設がたくさんあります。また、勉学や芸術に興味の無い大人の皆さまにも、先ほど通りました鶯谷のラブホテル街、鶯谷駅から送迎で吉原のソープランド、湯島のラブホテル街、上野公園脇の風俗街などなど、遊びの手段はよりどりみどりです。ちなみに、私のお勧めは上野公園での青姦鑑賞です。なにせ、あの公園は都内最大の青姦スポットでして……」
隙間が無いほどラブホテルが林立した、怪しさ満点の鶯谷駅の北口から、陸橋を渡って上野桜木方面に向かう途中で、不動産業者から説明を受けた志光はヘンリエットの顔色をうかがった。物珍しそうに現実世界の風景を見回していた少女は、少年に単語の意味を尋ねてくる。
「アオカンというのは?」
「外で〝合体〟することだと思う」
「外で! それは露出プレイのことですか?」
「多分、近いね」
「アオカン、是非視てみたいです!」
「ヘンリエット。ちょっと声が大きいよ……」
「どうしてですか? 他人のセ×クスを見たくない人っているんですか?」
「それが結構いるんだよ。それどころか、合体そのものも嫌いだって人もいるよ」
「嘘!」
目を丸くしたヘンリエットの意識を青姦から逸らした志光は、残りのメンバーにも目配せして、どんどん話題を性的なものから遠ざけていく。
「着きました。ここですよ」
それから数分も経たないうちに、不動産業者は比較的新しいマンションの前で立ち止まった。事前に渡された間取り図によると、部屋の面積は八〇平米以上で3LDK。立地条件を考えると大きな部類に入る。
一同は業者の案内でマンションに入り、内部見学をした。その結果、三部屋の居住権は、それぞれヘンリエット、麗奈、ソレルの三人が獲得することになった。
「あの、僕の部屋は? ここは僕がお金を出して借りるはずなんだけど……」
志光が小声で自己の権利を主張すると、三人の女性は信じられないという顔つきになった。彼女たちを代表して、ソレルが口を開く。
「ベイビーは、私たちの部屋のどれかに泊まれば良いでしょう?」
「そんなことをしたら、他の女性との関係が悪化するんじゃ……」
「するでしょうね。妻妾同居なんだから、それは避けられないわよ。それとも、儒教みたいに〝嫉妬しないのが良い妻〟と言いたいの?」
「僕の部屋があれば、そういう問題は解決するような気がするんだけど……」
「ベイビーの部屋にお呼ばれしなかった女が嫉妬するだけだから同じよ。諦めなさい。嫉妬されるのは男の甲斐性よ。殺し合いになるぐらいの大きな摩擦が起きないように、事前にちゃんと調整しておくから安心して」
「ソレル、ちょっと待って。僕の意志は?」
「尊重しないわよ。解っているくせに、今更何を言っているの?」
褐色の肌はそこで話を打ち切ると、部下であるウォルシンガム三世に電話をかけ、マンションの住人の身元調査を命じた。一行はそこで内見を中断し、東京見物を兼ねて歩きながら秋葉原を目指すことにする。
志光、麗奈、ヘンリエットはソレルの案内で都道四五二号線沿いに歩き、東京芸術大学を抜けて国立博物館の正面で右折して上野恩寵公園に入った。平日の昼間だったこともあってか、人形のように可愛らしいヘンリエットの姿が公園を歩く人々の注目を集めたが、彼女は泰然自若とした様子で志光と腕を組んで歩きながら、彼の耳元で周囲の状況とは全く無関係な話題を囁いた。
「ご主人様は、どこがアオカンスポットだと思いますか?」
志光は微笑みつつ彼女に返答する。
「外でしたことが無いから分からないよ。ちなみに、ヘンリエットとここでしたら、露出で逮捕されるだけじゃなくて、法定強姦でも逮捕されるから絶対にしない」
「日本の法律は面倒臭いですね。でも、安心して下さい、ご主人様。私、見るだけなのも好きなので」
「WPUとの抗争が終わらない限り、夜間外出は禁止だから」
少年が少女と青姦と夜間の覗きについて議論を戦わせている間に、一同は花見で有名な〝桜の並木道〟を進み、やがて右折して階段を降り、不忍池の周囲を回って『黒船亭』という老舗の洋食屋に入って昼食をとった。
そこでビーフストロガノフやビーフシチューで腹を膨らせた一行は、都道四三七号線を南下して、地下鉄銀座線の上野広小路駅、末広町駅の上を通って秋葉原に到着した。
途中で寄り道をしたために正確な時間は分からないが、紹介されたマンションから秋葉原まで、徒歩で一時間もかからなかったはずだ。さすがはプロ。不動産屋の見立ては正しかった。少なくとも、ヘンリエットは大はしゃぎしている。
志光は彼女の要望で、漫画専門店、アニメグッズ店、ホビーショップなどを中心に様々な店舗を回った。しかし、アダルトグッズを販売している『ラブメルシー』、『エムズ』、SMグッズとDVDの専門店である『サンショップ』、そしていわゆるブルセラ系のコスチュームを販売している『ワルキューレ&プティッシュ』の四店舗には拒否権を発動し、足を踏み入れなかった。
にもかかわらず、ヘンリエットの買い物はとんでもない量になった。電車での帰宅を諦めた志光は、ソレルに頼んで彼女の部下を車に乗せて秋葉原まで呼び寄せた。
帰りの車中で遊び疲れた少女が眠りに落ちると、志光は黙って窓に顔を向けた。
今日は楽しい一日だった。しかし、穏やかな日はこれまでだ。
戦争が始まる。いや、始めると言うべきか?
「ベイビー。恐い顔をしているわね」
志光の心境の変化に気づいたソレルが、苦笑しながら冗談めかした口調で声をかけた。
「ということは、次の遊びは当分先になりそうですね」
麗奈も少年の意識がどこに向いているのかに気づいたようで顔を引き締める。
「そうかもね」
曖昧な返事をした志光は、そのまま黙りこくった。車は出発から二〇分も経たないうちに大塚のゲートに到着する。
「着いたよ。降りよう」
ヘンリエットを起こした少年は、運転をしてくれたソレルの部下に礼を述べて車を降りた。彼は少女の荷物を両手に持ち、駐車場から螺旋階段を使って地下通路に降り、監視部屋に向かう。
室内にはクレア・バーンスタインの姿があった。背の高い白人女性は、志光の姿を見つけると真顔で近寄ってくる。
「ハニー、お帰りなさい。ホワイトプライドユニオンと人質交換の件で進展があったわ。金銭での人質交換に応じるそうよ」
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