第154話31-5.ノン気好き友の会
ラプターはやがて道から少し外れた場所に停車した。すると、いかにもトレッキングをしそうな格好の男性が車に近づいてくる。
「こんな時間にヒッチハイク?」
ミスグローリアスは窓を開けると登山者を手招いた。男はヒョウ柄のジャケットに近づくと小声で挨拶する。
「はい。準備は完了です」
「車はどこに停めればいいの?」
「この先は比較的人家が多いので、ここで待機が良いでしょう。今のところ、ターゲットは人間だけです。武器は必要ありません」
「集合地点は当初の計画通りで間違いない?」
「間違いありません。仲間がいます。私は後ろの車にも伝言をしてきます」
「ありがとう。後で合流しましょう」
登山者に礼を述べたミス・グローリアスは車内にいた残りの悪魔たちに告げた。
「ここで降りて。行き先はゴールドマンが知っているわ。私は車の中で待機するわ。これからは無線で連絡しましょう」
ヒョウ柄のジャケットの指示に従って、彼以外の悪魔たちは路上に降り立った。リュックサックからペットボトルを引っ張り出した志光は、邪素を飲みつつゴールドマンの後をついていく。
暗がりに慣れてきたせいか、少しずつ景色が解るようになってきた。生えている木の大半は背が低く、地面は埃っぽい。平地はそれほど広くなく、すぐに低い丘陵や山にぶつかってしまう。
一同が州道沿いに歩いていると、別の登山客が目の前に現れた。トレッキングシューズを履き、リュックサックを背負った男はゴールドマンに片手を差し出す。
「ようこそ」
「準備完了と聞いているが?」
「はい。現在でも襲撃先の監視を続けています」
「こちらが人間を襲っている間に、ホワイトプライドユニオンから攻撃される危険は?」
「こちらの襲撃が終わるまで、具体的な情報を流すことはありません」
「それじゃ、敵が襲ってこない可能性もあるんだな? その時はどうする?」
「朝になったら撤退しましょう。それまでは、人間相手にお楽しみください」
登山客の格好をした悪魔は、そう言うとゴールドマンの肩を叩いた。強姦魔は満面の笑みを浮かべて首肯する。
「それはそれでアリだな。楽しませて貰おうか」
「楽しむって何をですか?」
「もちろんレイプだよ」
志光の質問にゴールドマンは間髪入れず回答した。少年は眉毛を一度だけ上下させてから口を開く。
「以前、ネットでレイプする動機は支配欲だという話を聞いたことがあるんですが」
「支配欲? じゃあ、異性愛の男性が別の男性を支配したいと思うと、急に両性愛者になったり同性愛者になったりするのか? ある性別に対する性的欲求は、そんなに簡単に変化するものだと思うか?」
「いいえ」
「それが答えだよ。そもそも、性的欲求が別の欲求によって簡単に変化するのであれば、レイプを不快な体験だと思わないという価値観を植え付けるのも簡単なはずだ。そうなれば、レイプは違法行為にはならなくなるだろう」
「そんなことは難しいでしょうね」
「悪魔の中にはできると噂されている連中もいるけどな」
「〝夢魔国〟ですか?」
「その通り。でも、今はその話じゃない。レイプの話だ」
「はい」
「たとえば、同性愛者でかつ相手の同意が無ければ性的に興奮できない奴がいたとするなら、そいつは異性愛の男性を自分に相応しい相手とは見做さないはずだ」
「同意がとれないからですね」
「その通り。しかし、もしも同性愛者でかつ相手の同意が無い、あるいは拒絶される方が性的に興奮できるとしたらどうなるか?」
「逆ですね。異性愛者の男性なら確実に嫌がるはずでしょうから」
「その通り。いわゆるノン気好きって奴だ。俺たちのことさ」
「俺たち?」
「今回の作戦参加者は、ミス・グローリアスを除いて全員が〝嫌がる男に興奮する〟性癖の持ち主だ」
「……メイルレイプ友の会?」
「〝ノン気好き友の会〟だ」
ゴールドマンが呼称の訂正を要求していると、登山客に扮した新たな悪魔が現れた。彼は小声で強姦魔に挨拶する。
「ようこそ、遠路はるばる」
「首尾は?」
「上々ですが、ここからは邪素を使って下さい。州道は車が通る。今から川沿いのトレッキングコースに案内します」
登山客のコスプレをした男は、そう言うと全身から青い光を立ち上らせた。彼の周囲にいた残りの悪魔たちも、ただちに邪素を消費し始める。
「こちらです」
男はそう言うと、舗装路から外れた場所を勢いよく駆けだした。志光たちは彼の後を慌てて追う。
男が立ち止まったのは、川縁にある未舗装の道路だった。幅は二メートルも無く、剥き出しの地面は凸凹だらけで車も通れそうにない。
道には登山服を着た男たちは五人ほど集まっていた。どうやら、ゴールドマンが来る前から襲撃先の監視を行っていたようだ。
彼らは強姦魔と顔を合わせると、小声で挨拶した。それが済むと、今度はゴールドマンが魔界日本からの賓客を紹介する。
「魔界日本からの参加者だ。棟梁の地頭方志光氏、彼のアドバイザーのクレア・バーンスタイン氏。その小さいお人形のような女性は志光氏のボディガード役をしているウニカ氏。最後に、彼らの通訳をしている過書町茜氏だ」
志光たちはノン気好きの悪魔たちに自分たちの名前を述べた。そうしている間に、別の車に乗っていた〝キャンプな奴ら〟の悪魔たちが彼らに合流する。
当初の襲撃計画では十二名。志光たちが加わった総数であれば十六名。
人間しかいない犯罪組織を襲撃するには過大な数字だが、これは後で白誇連合の悪魔と戦う事を想定しているからだろう。だとすると、むしろ丸腰なのが気になる。
ピックアップトラックの後部に武器を積み込んできたのだろうか? しかし、その話をこの場で切り出せるような雰囲気では無い。
「牧場にいる麻薬カルテル構成員の人数は?」
「十五人です。ただ、サンディエゴから何人か売春婦を連れてきています。どうしますか?」
「今日は俺たちの客人に女性がいる。殺すな。拘束して一カ所に押し込めろ。男たちの武装は?」
「ホワイトプライドユニオンの襲撃が続いたせいで厳重です。全員が拳銃を持ってるようです。特に見張りにはマシンガンを持たせている」
「全部豆鉄砲か?」
「二十ミリ以上の武器はありません」
「爆発物は?」
「確認できませんでした」
「できるだけ短時間で拘束しよう」
〝キャンプな奴ら〟の悪魔たちは、夜間に目立たないように、日よけカバーを装着したタブレットを見ながら襲撃計画の確認を行っていた。どうやら、二人一組で麻薬組織を襲撃するようだ。
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