第144話29-4.カルトの子

 つまり、麗奈が寝室で待ち構えている確率が高いということでもある。どうやって話を進めれば良いのだろうか?


 オラオラ系で男らしさを強調する?


 ……いや、ダメだ。彼女はボクシングトレーニング前の自分を知っている。そんな性格では無いことはバレバレだ。


 チャラ男的に振る舞って、カジュアルなセックスを演出する?


 ……それはもっと難しいだろう。あれは遊び慣れていないと無理だ。そして、自分が一番遊び慣れているのはゲームだ。処女と〝合体〟するという緊張の一瞬に、ネットゲーが如何に楽しいかを力説するほど頭はおかしくなっていない。


 無言でする?


 ……ダメどころか、最悪の選択だ。まるで約束してしまったから、仕方なくやっているようではないか。


 ……そうなると、包み隠さず今の気持ちを見附麗奈に話すことぐらいしか選択肢が残っていない。処女と関係を持つのが初めてであること、慣れていないので緊張してしまっていることを説明すれば、素直な彼女であれば納得してくれるのではないか?


 ……よし。それだ。


 方針を決めた少年は立ち上がって背伸びをすると、廊下を通って寝室の扉を開けた。予想した通り、大きなベッドの上には見附麗奈の姿があった。


 白い下着姿の少女は両目を閉じて背筋を伸ばし、きちんと正座していた。まるで、切腹する前の武士のようだ。彼女の傍らには、見慣れない小型のリュックサックが置いてある。


「あ、あの……見附さん」


 ポニーテールの放つ気に威圧された志光は、後ろ手で扉を閉めると、恐る恐る彼女に近づいた。すうっと目を見開いた麗奈は、少年に顔を向ける。


「二日間、有休をもらいました。何か大きな問題が起きない限りは、誰もここに来ません。クレアさんとソレルさんからも同意を取り付けてあります」


 麗奈は下から覗き込むような仕草をしてから、志光に向かって土下座した。


「そういう次第で、今日こそよろしくお願いします。私のことを女にして下さい。これで何もせずに戻ったら、私は死ぬまで笑いものです」

「わ、解った。解ったから、少し話をしよう。いきなりは無理だよ」


 少年は困惑した面持ちで、ベッドの端に座った。ゆっくりと顔を上げた麗奈が、彼の傍らに近づいてくる。


「クロージングって言うんですか? こういうのの日取りを決めるのは、本当は良くないって聞いたことがあるんですけど、麻衣さんやクレアさんと棟梁の関係を考えると、強引に割り込むしかなくって……ごめんなさい」

「謝らなくて良いよ。それより、見附さんには二つだけ言っておきたいことがあるんだ」

「はい。なんですか?」

「まず、一つ目。僕は童貞卒業して半年とちょっとしか経っていないし、正直言って初心者を相手にするのは全く自信が無いんだ。だから、上手くいかなくても落胆して欲しくない」

「大丈夫ですよ。棟梁は魔界でも上手い方から数えた方が早い人達と、ほぼほぼ毎週はすることしてるじゃないですか」

「え、ええ? まあ、そりゃしていないよりは良いかも知れないけど……」

「それに、アレは二人ですることだし、私が下手だから上手くいかない場合でも、棟梁の責任って変じゃないですか?」

「う、うん。そうだね」

「それで、私が原因で失敗した時の事を考えて、麻衣さんが有給を二日にしてくれたんです」

「なるほど……」

「そういうわけで、そのことは心配しないで下さい」

「解った。それでは二つ目。どうして、初めての相手に僕を選んだんだ? 僕より良い条件の悪魔や男性は沢山いると思うんだけど」

「一番の理由は真道ディルヴェです。忘れちゃいました? 私、ディルヴェの熱心な信者なんですよ。だから、ただの悪魔じゃつき合う気になれないんです」

「その話は、信川さんから聞いたと思う。確か過書町さんもそうだったとか」

「そうです。でも、詳しくではないですよね?」

「そうだね。悪魔化した人達は、それぞれ事情があるから、敢えて根掘り葉掘り聞かないのが礼儀だと思っている。だから、見附さんのことも詳しく知らないよ」

「私の家って、機能不全家族だったんです。お父さんが一回だけ宝くじに当たって、一〇〇万円貰えたら、そのお金を元手にギャンブルを始めたらギャンブル依存症になっちゃって……」

「パチンコとか?」

「そうです。それで、借金を作りまくってお母さんを無理矢理働かせて……。変なところからお金を借りたから、家にヤクザみたいな人が取り立てに来るし、もう、このままだと夜逃げするか心中するしかないってところまでお母さんが追い詰められちゃって…………その時に、近所に住んでいたのが真道ディルヴェの信者さんで、お母さんの様子を見て入信を勧めてきたんです」

「それで入信したの?」

「いえ。母はオカルト好きというわけではなかったので、最初は本気にしていなかったようです。でも、その信者さんが熱心な人で、ある日〝稀人〟を連れてきたんですよ。それが、地頭方一郎さんだったんです」

「え! 父さんが! なんで?」

「後で聞いた話だと、信川さんに会いに現実世界へ出てきたところで、その信者さんから依頼があったみたいなんです」

「はあ。それで、父さんは何をしたの?」

「ウチに来たら、まず母さんから話を聞いて、取り立てに来た危ない人たちに前蹴りを喰らわせて失神させると、その場で縛って〝マラソ〇マンだよ~〟って言いながら、骨折した顎から指でつまんで歯を抜く拷問をして色々白状させて、バックにいる893さんのところまで行って、お母さんに借金の返済を要求しないように念書を書かせてくれました。その時も、麻酔無しで歯を抜かれた人たちが二桁単位で出たみたいです」

「……予想以上に酷い解決法だな。まあ、悪魔だから遵法意識なんてゼロだろうけど」

「その次の日、一郎さんはお母さんにお金をせびりにきたお父さんを、やっぱり前蹴り一発で失神させて、今度は〝アウトレ〇ジだよ~〟って言いながら指でつまんで歯を抜いて、離婚届にサインさせてました。それから、私とお母さんを車でディルヴェの合宿所に送って、そこで次の仕事に就くまで匿ってくれたんです」

「父さん、前蹴りが好きだったんだな。初めて知ったよ。後は歯抜き拷問が好きなのも」

「あの二つは、たぶんワンセットですね。凄く慣れた感じでやってました。私、あの時の父さんの出した〝ホゲーッ!!〟っていう悲鳴が今でも忘れられません。今まで私とお母さんを無表情でバンバン殴っていたのが、嘘みたいな心のこもった声でしたね」

「そりゃあ爽快だろうね。僕は見たくないけど」

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