第128話25-8.女闘美

 先ほどまで麻衣に殴られていたマゾ男性たちが、固唾を呑んで様子を見守った。やがて手が届く距離になると、麻衣がすうっとステップインして攻撃に移る。


 その瞬間に、ヘンリエットも前方へと大きく足を踏み出した。彼女は同時に左腕を突き出し、大きなライオットシールドで麻衣から全身を隠してしまう。


 赤毛の女性は左拳を突き出すが、勢いよく押し出されてきた楯に当たってしまい、ヘッドドレスを付けた少女にかすり傷一つ負わせることが出来なかった。だが、攻撃が失敗した瞬間に、赤毛の女性は大きくバックステップして敵の攻撃圏外に逃げてしまう。


「嘘! 私のシールドアタックを避けた!」


 楯についたスリットから麻衣の位置を確認したヘンリエットは驚きの声を上げた。


「〝嘘〟はこっちの台詞だ。そんな分厚い楯を軽々と振り回しやがって、どれだけ腕力があるんだ」


 赤毛の女性も呆れ顔になってから、再びファイティングポーズをとってヘッドドレスの少女に接近する。


 ヘンリエットは左手で楯を構えているので、彼女の左側、つまり麻衣から見て右サイドに入られると攻撃をすることが難しくなる。同時に彼女は右手に棒を握っているので、これで麻衣を攻撃するにはやや左側に移動することが望ましい。


 そのため、二人ともヘンリエットから見て左側に細かく動きながら、相手の隙を突いて攻撃するという流れが出来た。


 驚くべきことに、十二歳の少女は元世界チャンピオンの猛攻を一分ほど持ちこたえた。彼女は麻衣がステップインしてくるのとほぼ同時に前進して楯を前に突き出し、敵の腕が伸びきらないようして勢いを殺してしまう。


 しかし、ヘンリエットの攻撃も当たらない。ボクシングのストレートを打つように上半身を回転させ、楯を外した瞬間に棒を上から振り下ろしても、横から振り回して脚に引っかけようとしても、ことごとくバックステップだけで空転させられる。


 そのうち、戦況は麻衣が優勢になってきた。彼女はライオットシールドに連打でパンチを叩き込み、ヘンリエットがその場で固まるか、あるいは押された拍子によろけるのを狙いだしたのだ。


「助太刀します!」


 そこで、どこからか金砕棒を借りてきた麗奈が、ヘッドドレスを付けた少女に加勢した。彼女はヘンリエットの背後から少し左側に立つと、突きを繰り出して麻衣の攻撃を牽制しようとする。


「やるじゃないか、麗奈! 叩きのめしてやるよ!」


 二対一になっても、赤毛の女性はまだ余裕綽々だった。彼女は志光に教えたとおり、左右から同時に金砕棒が飛んできても、すすっと後退してあらゆる攻撃を無効化してしまう。


 少年は師匠の足捌きに唸った。本当はさっさと捕まえなければならないなのだが、思わず見とれてしまうぐらい上手い。


 すると、志光の脇腹を誰かがつついた。彼が振り返ると、そこにはウニカが立っていた。


「…………」


 自動人形は無言で己の顔を指差した。少年は深く頷いてウニカに命令を下す。


「ウニカ。ヘンリエットを扶けろ。麻衣さんを取り押さえるんだ」


 ウニカは頷くと、その場でドレスを脱いでストレッチを開始した。準備を終えた自動人形は、麻衣の横に移動すると深く腰を沈め、彼女に体当たりを試みる。


「おおっと、そうきたか!」


 赤毛の女性は更にバックステップをしてウニカの攻撃を鼻先数センチで見切った。攻撃を躱された自動人形は、地面に両手をついて勢いを殺すと、そこから身体を半回転させつつ捻って壇上に立つ。


「ウニカ様!」


 ウニカの動きを見たヘンリエットは金砕棒を斜め上に掲げた。ヘッドドレスを付けた少女の意図を察した自動人形は、短い助走からジャンプして棒の先端に乗る。


「行きます!」


 ヘンリエットは短く叫ぶと、今度は自ら前進を開始した。彼女は武器が届く距離まで麻衣に接近すると、いきなり楯を前方に放り出す。


 さすがに後退で避けきれないと判断した麻衣は、サイドステップでライオットシールドの投擲を回避した。そこに麗奈がヘンリエットを追い越す形で飛び込んできて、金砕棒を横に薙ぐ。


 驚くべきことに赤毛の女性はその場で宙を舞い、武器による攻撃をやり過ごした。けれども、その状態になるのを狙っていたヘンリエットが、ウニカのついた金砕棒を振り下ろす。


 麻衣は再びバックステップで棒を空振りさせた。しかし、ウニカは彼女の頭を飛び越して、背後に着地した後だった。


 赤毛の女性は慌てて身体を反転させようとしたが、一足先に自動人形の体当たりが炸裂した。うつ伏せに倒れた麻衣を、麗奈がすかさず取り押さえて無力化する。


「先輩! 大人しくして下さい!」

「……分かったよ。分かった」


 ポニーテールの少女に叱責された麻衣は、舌打ちしてから邪素の消費を止めた。女同士の熱い戦いを観戦していたマゾ男性の間から歓声と落胆の声が同時に湧き上がる。


「おお、地頭方志光様。こちらにお越しとは思いも寄りませんでした」


 志光が手を叩いていると、側頭部を抑えながら仕伏源一郎が現れた。


「仕伏さん。まさかここまでやるとは思ってなかったですよ」


 少年は積み重なった女尊男卑国の国民を肩越しに見るふりをする。


「いやあ、予想以上の拳でした。こめかみを叩かれたんですが、パンチが当たった瞬間にすうっと身体から力が抜けるような感覚がありまして……」

「それ、危ない倒れ方ですよ」

「面目ない。しかし、素晴らしい体験でした」

「僕には何が素晴らしいのか分かりませんね」

「ご主人様! やりました! これで私もローテーション入り確実ですね!」


 志光が偉丈夫に素っ気ない返事をしていると、戦いを終えたヘンリエットが現れた。ヘッドドレスを付けた少女は、満面の笑みを浮かべつつ少年に抱きついてくる。


「……ごへっ!」


 志光はヘンリエットに労いの言葉を述べようとしたが、彼女の超怪力が少年の肋骨と背骨を粉砕し、彼から意識を奪いとった。

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