第123話25-3.ヴィクトーリアとの約束
「地頭方志光殿。お着替えを。娘はいつもの格好をした貴殿と話がしたいと所望しておる」
「ありがとうございます」
礼を述べた少年は、籠の中に入っていた服を着直した。その間に麗奈がソフィアに許可を申請する。
「見附麗奈です。私も棟梁に同行して良いですか? 普段から棟梁の警護を担当しています」
「ご自由に。案内はヴィクトーリアに任せてあるので、彼女に従うように」
「ありがとうございます」
ポニーテールが志光と同行する許可を得ると、続いて茜も手を挙げる。
「過書町茜です。私も棟梁に同行させてください。ヘンリエット様とお話がしたいのです」
「ご自由に。娘も喜ぶであろう」
「ありがとうございます」
「……」
茜も無事に許可を得ると、最後にウニカが手を挙げた。着替えを終えた志光が自動人形に気付いて口添えする。
「ウニカも連れて行って良いですか? 彼女も僕の護衛係なんです」
「その魔物が? ご自由に。娘はフィギュアなるものにも興味があるそうだから、歓迎するであろう」
ソフィアは面倒臭そうに手を振って許可を出すと、同行を申し出なかったクレアと麻衣に向き直る。
「それでは、残った者で親睦を深めようでは無いか。仕伏。宴席の準備を頼むぞ」
「はっ!」
仕伏は顔を輝かせると、中腰の姿勢で部屋から出て行った。その途中で少年と一瞬だけ顔を合わせた偉丈夫は、満面の笑みを浮かべてみせる。
「志光様、ありがとうございます。魔界の猛女が三人もいる場所に同席できるなど、天にも昇る気持ちです」
「いや、あの、そのうちの二人はウチの関係者なんですが……」
偉丈夫は志光の返答を聞かず、通路へと消えていった。少年の脇でやりとりを聞いていたヴィクトーリアは、片手で口を押さえて笑い声を殺す。
「仕伏の奴、本当に嬉しそうだけど、貴方の言ったとおり二人は魔界日本の関係者なのよねえ」
「……何か言いたいことでも?」
「あるわよ。妹のところに行くまでに話すわ」
ツインテールはそう言うと、志光の左腕に自分の右腕を絡めてきた。二人はそのままソフィア女王の執務室を後にする。
麗奈、茜、ウニカを背後に従えた少年は、ヴィクトーリアに言われるまま歩を進めた。執務室が見えなくなると、ツインテールが可愛らしい声で笑い出す。
「ねえ、地頭方。どうやってクレアさんと麻衣さんと知り合ったの?」
「僕が人間だった時に、最初に会った悪魔があの二人だったんだ。僕が悪魔化したのも、あの二人のお陰というか陰謀というか……」
「それで、今でもつき合ってるの? マゾでもないのに?」
「いけないかい? 二人とも有能だ。肉体関係を持ったのは成り行きかなあ?」
「あの二人の押しが強くて負けたんでしょ? それぐらい、見当付くわよ」
「まあ、否定はしないけど……」
「それで、私からのお願いなんだけど、有能そうなマゾで男の悪魔がいたら紹介して。悪魔化していなくても、日本人男性のマゾヒストなら良いわよ」
「ひょっとして、僕をスカウトに使うつもりなのかい?」
「ええ。母様も、有能なマゾ男性を従えたから〝女王の中の女王〟になれたのよ。私も母様みたいになりたいの」
「野心家なんだね」
「そうよ。強欲な女は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないよ。でも、僕への見返りは?」
志光が片手を突き出すと、ヴィクトーリアは目を丸くしてから悪戯っぽく笑う。
「肝が据わっているわね。私も貴方のことを嫌いじゃ無いわ。いいえ、むしろ好きな方ね。私の見返りは、貴方が戦争をする時に女尊男卑国の指揮官として真っ先に駆けつけることよ。どう?」
「その条件を呑もう。有能そうなマゾ男性が見つかったら、必ず君に紹介するよ」
「やった! 約束よ、棟梁」
ツインテールはそう言うと、少年の頬にキスをした。背後からその様子を見ていた麗奈がむっとした顔つきになる。
「麗奈! ちょっと!」
ポニーテールの異変に気付いた茜が、小声で彼女に注意した。麗奈は眼鏡の少女に顔を向けると、不満そうな表情を無理矢理引っ込める。
「ごめん。つい」
「顔に出しすぎよ。まだ、お手つきされてないの?」
「うん。ほら、列の先頭にいる三人が凄いから、なかなか思い切りがつかなくて……OKだってことは、棟梁には何度も言ってるんだけど」
「はあ……私には理解できないなあ」
「茜は戦闘に参加しないからだよ。この前の襲撃作戦の時だって、棟梁は麻衣さんと一緒に一番深いところまで入って敵を倒していたんだよ。あんなの、怖くて普通は無理だから」
「私には怖いという感情が麻痺しているようにしか見えないなあ」
「そんなこと無いよ。でも、行くときには行く。やっぱり、一番槍を自分で買って出られる人って根性が違うんだよねえ」
「違うのは分かるけど…………」
二人の少女がやりとりをしていると、ヴィクトーリアが鉄扉の前で歩を止めた。彼女は志光に絡めていた腕をほどき、背後を振り返る。
「ここよ。部屋に入る前に注意しておくわ。ヘンリエットには迂闊に近寄らないで。あの子は触られ慣れていないの」
「ヘンリエットさん、引きこもりなんですか?」
「まさか! 魔界で引きこもったら、アニメも漫画も見られないに決まってるでしょ。定期的に現実世界まで出て行くぐらいの行動力はあるわ。インドアからインドアへだけど」
ヴィクトーリアは苦笑いしながら鉄扉に手をかけた。志光は首を捻りながら彼女の後に続く。
ヘンリエットの部屋は、他の悪魔の私室と同じように鉄扉の奥に一般的なドアがあるという構造になっていた。ただし、ドアの装飾は日本ではあまり見られない凝ったものだった。
「ヘンリエット。地頭方志光さんをお連れしたわ。彼の護衛も一緒よ。入るわね」
ヴィクトーリアはそう言うと内扉を開けた。中はそれまで見てきたダンジョン風の内装と異なり、白木の板が貼られた床と漆喰が塗られた壁になっている。玄関に続く部屋の家具は質素で、テーブルと何脚かの椅子、そしてかなり大きな金属製のロッカーがあるだけだ。
ヘンリエットとおぼしき少女は、手前と奥の部屋を繋ぐ間仕切りに半分ほど身を隠すような格好で立っていた。彼女の背丈は仲間内では一番低いウニカよりも高いが、二番目に低い過書町茜より低い。母親譲りのピンク色をした長髪の上から、金色のヘッドドレスを装着しているのが見える。
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