第114話23-4.命令
「話が合ったな」
「さすが女王様」
「それでは次の質問。地頭方志光は今の地位を守ることが出来ると思うか?」
「恐らく偶然ですが、彼には一つだけ良い事があります。お家騒動が起こらない」
「なるほど。二代目は手駒無しで棟梁に就任したので、父親の配下と上手くやっていく以外の選択肢がない。だから、内紛が起こる可能性が低いということか」
「仰る通りです」
「では、次だ。地頭方志光は棟梁の器だと思うか?」
「就任したばかりの経歴もはっきりしない人物を即断するのは危険でしょう」
「慎重なお前らしい考えだな。ただし、ヒントとなるものはある」
ソフィアはそう言うとソファから腰を上げた。段を降りたギブソンタックは、テーブルの上にあったコントローラーを拾って操作する。
すると室内の照明が暗くなり、同じテーブルに置いてあったプロジェクターが作動した。投影機は白い壁に映像を投射する。
それは、地頭方志光が胸につけたアクションカメラで、ホワイトプライドユニオンの空港襲撃の様子を録画したものだった。
「これは?」
仕伏は四つん這いの姿勢で女王様に近寄ると、解像度が低い画面を見ながら眉根に皺を寄せた。
「魔界日本で新棟梁就任式を開いた際に、地頭方志光がホワイトプライドユニオンという白人至上主義者の団体からテロを受けたことは知っているな?」
「はい。悪魔になったのに、まだ肌の色でどうこう言っている連中ですな」
「志光は、報復としてその連中の拠点まで殴り込み、十数人の悪魔を殺害したそうだ」
「…………ほお。これは、その時の映像ですか?」
「そうだ」
「この何人も殴り倒している女性は?」
「門真麻衣。魔界日本の副棟梁で〝同族殺しのマイ〟や〝九天玄女〟というあだ名がある。噂に寄れば、同族を一〇人以上殺害しているそうだ」
「やはり、この女性が門真麻衣でしたか。彼女に殺されたいという、我が国の男は数知れず。ちょっとした有名人です」
「マゾヒストの血が騒ぐか?」
「少なくとも、殺害数一〇人が過小なのは分かります」
「私もだ。この手慣れた様子なら、三桁を殺めていても不思議はあるまい。この女は、新棟梁に戦闘訓練を施しているらしい」
「…………ほお。それは、ヘンリエッタ様の一件で、我が国の住民を説得するのに十分な理由になりますな」
「さすが我が子房だ。話が見えてきたか?」
「多少は」
「それでは、次の質問だ。地頭方志光が報復攻撃にも先陣を切るような性格だったとしたら、お前はどう評価する?」
「黙ってやられっぱなしになるよりはマシですが、命知らず、あるいは無謀というのが妥当な評価でしょう」
「つまり、いつ死んでもおかしくない」
「なるほど……なるほど。つまり、ヘンリエッタ様が結婚するのであれば、早い方が良いということになりますな」
「あくまでも仮定の話だ。決して我が娘を不幸にしたいわけではない」
「この仕伏、女王様のお気持ちは痛いほど解っているつもりです。しかし、某かの不幸が起きて地頭方志光が死ねば、その権利の一部が妻のものになるのはごく自然な流れでしょう」
「それでは、最後の質問だ。お前なら、ヘンリエッタと地頭方志光の婚約をどう思う?」
「まず、本人の性癖でしょう。ヘンリエッタ様は御年十二歳。喜んで飛びついてくる男は、避けた方が無難かと。逆に女性に対して極度に潔癖なのも避けた方が良いでしょう」
「その点は踏瀬に調べさせている。あくまでも噂話でしかないが、地頭方志光は同性愛者でも女性嫌悪症でも無く、定期的に三人の女性と肉体関係があるそうだ」
ソフィアはそう言うと再びコントローラーを操作した。プロジェクターは映像を切り替え、門真麻衣、クレア・バーンスタイン、アニェス・ソレルの三名の写真をランダムで投影する。
「一人は先ほど見たばかりの門真麻衣。もう一人はアソシエーション所属のクレア・バーンスタイン。彼女は地頭方一郎の遺言執行者だったそうだ。そして、最後の一人はアニェス・ソレル。地頭方一郎の元愛人だ」
「二人目は見覚えがありますが、名前はクレアではなかったような……」
「ドイツ語の方が馴染みがあるはずだ。クララ・ベルンシュタインと言えば思い出すであろう」
「……! ひょっとして、ドイツ・ゲマインシャフト崩壊事件の主要人物の一人ですか?」
「その通りだ」
「門真麻衣もそうですが、地頭方一郎は猛女が好きだったようですな。しかし、ヘンリエッタ様が彼女らのような海千山千を相手にするのは少々荷が重いかと……」
「我が娘に主導権を握れなどという高望みはしない。大切なのは、婿が男性としてちゃんとしているかどうかだ。娘ももうすぐ思春期。〝王と結婚したと思っていたら修道士だった〟では哀れであろう?」
「〝ヨーロッパの祖母〟と呼ばれるアリエノール・ダキテーヌが、前夫であるルイ七世について語った言葉ですな。今のところ、その心配はないでしょう。年齢相応で、お盛んのようだ」
「となると、後は持参金をどうするかだな?」
「はい。相手が小児性愛者では無いのであれば、ヘンリエッタ様の年齢を聞いて躊躇するはず。そこを押し切るだけのメリットが無ければ、縁談をまとめるのは難しいでしょう」
「妾に策がある」
ソフィアはクスクス笑いながら、正座をしている仕伏の隣にしゃがみ込み、彼の耳元で何事かを囁いた。高位のマゾ男性はギブソンタックの女王の言葉を聞いて目を丸くする。
「なんと! そこまで思い切りましたか! そんな持参金を提示されれば、地頭方志光は嫌でもヘンリエッタ様と婚約するはずです」
「で、あろう? そこで頼みがある」
ソフィアはそう言うと脚を伸ばし、仕伏を見下ろした。
「妾の意を書状にまとめ、魔界日本と交渉をするのだ。ただし、すぐに取りかかる必要は無い。お前は現実世界から戻ってきたばかりだから、二、三日は休むがよかろう。その間は、お互い大いに戯れようではないか?」
「有り難きお言葉」
仕伏はそう言うと、ソフィアの足の甲に口づけをした。ギブソンタックは返事の代わりに足を抜き、彼の頭部を軽く踏みつけた。
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