第110話22-6.美少年

 志光は手でソレルに合図しつつ、菊虎との会話を開始した。褐色の肌は少年の意図を即座に理解すると純を探しに行く。


「初めまして瀬川さん。地頭方志光です。新垣さんからお話を伺っております」

「あの、こちらこそ、その、よろしくお願い致します」

「瀬川さんは、今、どのあたりにいらっしゃいますか?」

「あの、東海道新幹線の出口にいるんですが、どの場所か上手く説明できません。東京は初めてで……」

「分かりました。新垣さんから写真をいただいているので、こちらで探します。新幹線の改札口を出たら、そのまま動かないで下さい」

「分かりました」

「それでは」


 電話を切った志光は、地下駐車場に通じる階段がある場所まで戻った。そこにはソレルと純の姿があった。


「瀬川さんが東京駅まで来た。予想通り、新幹線に乗っていたみたいだね」

「どこの改札口か分かるの?」

「いや。僕達が探す」

「分かったわ」

「とうとう美少年に会えるんだね!」


 褐色の肌と少年が会話をしていると、つい数瞬前までぼんやりとしていたはずの紫髪が目を輝かせ始めた。三人は階段を上って地下街から地上に出ると、八重洲中央口から東京駅構内に入る。


 新幹線の改札口はすぐ側にあり、そして瀬川菊虎もすぐに見つかった。


 背はそれほど高くない。ブレザー系の学生服を着ている。そして、恐らく顔見知りでも無い十七、八人の女性に取り囲まれている。まるでアイドルかミュージシャン扱いだ。


 志光は菊虎の整った顔立ちを見て、思わず「おお……」と声を上げた。実物の方が写真よりも百倍ほど美男子だ。超絶美少年の存在に気がついた美作も、魂が抜かれたような面持ちになる。


「み、見ましたか? あれ、天使ですよね?」

「悪魔ですよ」


 志光もそう断言しつつ、しかし菊虎から視線を逸らそうとしなかった。二人の態度を見たソレルが呆れ顔になる。


「男二人がこれだけ簡単にやられるんだもの、ヘテロの女性がメロメロになるのも仕方ないわね」


 彼女はそう言うと、菊虎に向かって大きく手を振った。超絶美少年は三人の存在に気付くと、小走りで駆け寄ってくる。


 菊虎を囲んでいた女性たちから、ソレルに向けて殺気が放たれた。しかし、褐色の肌はおとがいを上げて彼女たちを挑発してから志光を前に出す。


「あの、地頭方志光さん、ですか? 初めまして。瀬川菊虎です」


 肩にスクールバッグを提げた菊虎は、少年にぺこりと頭を下げた。


「地頭方志光です。よろしくお願いします。ここまで車で来ているので、駐車場に行きましょう」


 ソレルに促されて我に返った志光も、超絶美少年に挨拶を返す。しかし、純だけは催眠術にかかったような顔つきで、唐突に少年へと語りかける。


「棟梁。ボクはこれまで、魔界日本のために粉骨砕身で働いてきましたよね?」

「はい。そうですね」

「菊虎タンとトイレで一〇分間だけ二人きりにさせて下さい」

「何するつもりなんですか? それに、菊虎タンって何ですか?」

「何をするかは言えませんが、一〇分間だけ、一〇分間だけ目をつむっていて下さい」

「その、先っぽだけみたいなお願いをされても……」

「先っぽだけで終わるわけないでしょう! 全部ですよ! でも、ボクは時間制ですよ!」

「魔界日本として歓待する賓客に、先っぽはおろか全部も駄目に決まってるでしょう! 時間制が何なんですか? トイレに行きたいなら独りで行って下さい」


 志光と純が口論を始めると、菊虎はモジモジしながら二人の間に割って入ってきた。


「あの、お二人とも、僕のことで喧嘩しないで下さい」

「何か、そう言われると瀬川さんを二人で取り合っているような感じが……」


 少年がクレームをつけている間に、超絶美少年は頬を赤らめながら紫髪の肩を抱き、ノーモーションでディープキスを開始する。


「うわあ……」


 志光は顎を外さんばかりに口を開けた。


「これ、男同士なのよね?」


 ソレルは豊かな乳房の前に両手を突き出しつつ後退する。


 菊虎を囲んでいた女性陣から絶望の悲鳴が上がった。唐突に舌を絡められた純は、白目を剥いて失神する。


「あの、これで大丈夫です」


 自分を襲おうとしていた相手を気絶させ、東京駅の床に寝かせた超絶美少年は、屈託の無い笑みを志光に向かって浮かべてみせた。少年は口を開いたまま頷いてみせる。


「た、確かに大丈夫になったんだろうけど、これは一体?」

「あの、僕、色んな人から襲われることが多くて、その、いつの間にか自衛手段が身についちゃって……」

「これ、スペシャルなんですか?」

「あの、違います。元からです」

「元からって……人間の頃から?」

「その、母にまで貞操を狙われると、自然に自己防衛機能が発達しますよ」

「ママにまで?」

「はい。ママにまで」


 菊虎はそう言うと、顔を赤らめ軽く腰を揺すった。神がかった可愛らしさだ。もしも、顔に固執する性癖だったら、この場で押し倒してむしゃぶりついていたかも知れない。お相手の面相にこだわらない価値観の持ち主で良かった。


 志光が心中で胸をなで下ろしていると、菊虎は深々と頭を下げた。


「母の話はそこまでにして、今日から一ヶ月ほど東京見物をするつもりなので、よろしくお願いします。それと、新垣さんから言われてきたんですけど、地頭方さんが困っていることがあったら、お手伝いをしてこいとのことです。何でも、アソシエーションから協力依頼が来たそうで……」

「ああ、確かにそんな話はあったかもしれないですね」


 少年は超絶美少年の言葉に相づちを打った。そこにソレルがひょいと顔を出す。


「ベイビー。この子なら、六本木の件を頼めるんじゃないの?」

「六本木? あ! そういうことか!」


 志光は目を見開いて手を叩いた。菊虎は不思議そうに少年と褐色の肌の様子を伺っていた。そして、東京駅の冷たいフロアで口から泡を吹いている純は蚊帳の外だった。

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