第98話20-3.援助要請
「その、聞きづらいことなんですけど、父さんのことは未だに恨んでいたりしますか?」
「もちろん恨んでおるよ。だが、もう昔の話ではあるし、貴公とは関係の無いことだ」
「解りました。それでは、クレアさんの話に入って良いですか?」
「もちろんだとも。アソシエーションには、それがしのような輩が多い。かつて、魔界の軍勢を率いながら、諸々の事情で身を引かざるを得なかった立場の者だ」
「はい」
「それがしもそうだが、みな既に往事の権勢はない。だが、未だに知り合いは残っておるし、そうした縁を用いれば今の王に助言をするぐらいの事はできる」
「相談役みたいなものですね」
「相談役というのは御伽衆のようなものか?」
「すみません。御伽衆のことはよく知らないんですけど、多分そうだと思います」
「もしも、貴公がクレアの奉公を望むのであれば、それがしらの助言はクレアを通して行われることになる」
「はい」
「俸禄はクレアの分とそれがしら数名の分を払ってもらう。金額に関しては請文(うけぶみ)に書いてある通りだ」
「うけぶみって……契約書のことですか?」
「そうよ」
クレアの雇用話が具体的になってきたところで、オレガが初めて口を挟んだ。彼女はクレアとソレルに向かって、英語ではない言語で何かを早口で喋ってから、改めて志光に語りかける。
「日本語は難しいわね」
「今、オレガさんが話されたのは何語ですか?」
「ロシア語よ」
「僕にはそっちの方がさっぱりなんですが……」
「ごめんなさい。契約の話に戻りましょう。これが契約書になるわ。もっとも、悪魔同士のものだから、法的根拠も拘束力もありません」
「約束は守ります」
志光は青いパンツスーツの女性がビジネスバッグからテーブルの上に出した契約書に軽く目を通した。契約に必要な金額は思っていた以上に安い。むしろこれで助言が得られるなら儲けものだ。しかし、それ以外で気になる項目がある。
「すみません。このアソシエーションによる援助要請というのは、具体的にどのような事態を意味しているんですか?」
少年は契約書の該当箇所を指で示しながらオレガに質問した。青いパンツスーツの女性は微笑を絶やさずすらすらと回答する。
「アソシエーションには魔界で実力を持つとされる団体の互助会としての一面があります」
「それは聞いています」
「その中で最も重要視しているものの一つが現実世界との関わり合い方です」
「関わり合い方というのは?」
「分かりやすく言うと、悪魔は現実世界で目立った行動を控え、人間に疑念を持たれないようにすべきという考え方ね」
「ああ、そういう意味だったんですね。それと援助要請の関係は?」
「悪魔の中には、現実世界で目立ちたいと考える、私達とは相容れない考え方を持つ個人や団体がいます。人間よりも力が強く寿命も長いので、万能感に酔ってしまうのでしょうね。牛や豚のように、悪魔が人間を飼育すべしという主張をしている者もいます。しかし、現実には悪魔の数は人間よりもはるかに少なく、魔界に逃げ込めるという利点を活かさない限り、人間の軍隊が所持している兵器と互角に渡り合うのも難しいのです。つまり、悪魔というのはシナントロープの一種に過ぎません。にもかかわらず、人間と家畜の区別がつかず、誇大妄想に浸っている悪魔を排除するために、アソシエーションの参加団体や個人には協力を要請する場合がある、という条項です」
「魔界日本はある宗教団体と協力関係にありますが、それも目立つ行為に含まれますか?」
「いいえ。私達が想定しているのは、もっと激しいものです。これをご覧になって下さい」
オレガはビジネスバッグの中からクリアファイルを取りだした。ファイルの中にはネット上のニュースを印字したような印刷物が入っているが、英語なので速読できない。
「これは?」
「殺人事件の記事ね。場所はマイアミだわ」
少年の隣から印刷物を覗き込んだソレルが記事の概要を口にした。オレガはうんうんと頷いて先を続ける。
「被害者は五人でいずれもヒスパニック系のギャングです。殺害方法は撲殺で凶器は発見されていません。ちなみに、被害者が拳銃で応戦した痕跡が残っているそうです」
「……なるほど。犯人は拳銃を撃っているギャングに近づいていって彼らを殴り殺した、ということですね?」
「そうです」
「僕が知っている限り、そんなことが出来るのは悪魔だけです」
「私もそう思います。しかし、問題はそれだけではありません。まず、犯人は殺人現場にカードを残していきました。そこには〝アメリカン・ジャスティス〟と書かれていたそうです」
「…………それで仰りたいことが解りました。アソシエーションでは、この事件の黒幕をホワイトプライドユニオンだと考えているんですね? それで、この記事を僕に見せた?」
「はい。拳銃を撃たれても傷一つつかない正義のヒーローが出現しただけでも十分問題ですが、別のトラブルの種もあります。襲われたギャングのアジトは麻薬密売の拠点で、そこにあったはずのコカインも消えて無くなっているのです」
「同様の事件は起きているんですか?」
「マイアミ周辺だけで四件ほど。他にも全米で数十件の規模で起きていますが、これらの事件には共通点があります」
「共通点とは?」
「事件の大半はサンクチュアリシティの近辺で起きているんです」
「サンクチュアリシティとは何ですか?」
「不法移民にも行政的な保護を受けさせている地方自治体のことよ」
オレガの解説を補足したのはクレアだった。
「不法移民は低賃金労働に従事せざるを得ないケースが多いから、近隣の労働者と対立関係になりがちだし、正規のルートで移民してきた人達には不平等感を与えるので以前から問題になっているの。言うまでも無いことだけど、犯罪者として生活している人達もいるわ」
「予想通りと言えば、予想通りになるのかな?」
背の高い白人女性とソレルの顔を見た志光は、得意げな面持ちでオレガに向き直る。
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