第62話11―2.突入

「ソレルさん」


 志光は褐色の肌を呼ぶと、小声で懸念を伝えてみる。


「未成年者が深夜に外出するのは禁止されているので……」

「大丈夫よ、ベイビー。警官のパトロールは常に見張っているわ」

「ありがとうございます」

「それじゃ、ビルに向かいましょう」


 ソレルの合図で一行は歩き出した。先頭は麗奈、二番目がウニカ、三番目が志光で、その後をソレルとウォルシンガム三世が続き、しんがりはクレアが務める。麗奈は例のバーベルシャフトを薙刀に見せかけたものを手にしているが、志光とウニカを除く三人は、一メートル弱の杖のような金属棒を持っている。


 麻布十番のゲートに備蓄されていた武器で、下刈鎌と呼ばれる下草を刈る道具を模倣したものだ。先端はL字型の鎌になっているのだが、フードが被さっており一見すると武器には見えない。


 接近戦に自信が無い悪魔は、斧や鎌のような振り回す武器を好むそうだ。手足首のどこかに刃が当たってくれさえすれば、身体から切り離すだけの威力はあるからだろう。


 悪魔と自動人形は、大塚の地理に詳しい麗奈の先導と、ソレルの監視能力を使い、細い路地を通りながら警察のパトロールを避けて目的地へと接近する。


「ちょっと待って」


 敵が使用しているビルまで十数メートルの距離に近づくと、ソレルが停止を命令した。彼女は再び全身から青いオーラを立ち上らせ、監視用の蝿を幾つか作ると、ビルの入り口に侵入させる。


「監視カメラに偽の映像が映るようにしたわ。これで中に入れるわ。でも、音は出さないで。後は指紋を消すために、手袋を填めて」


 数分後に褐色の肌から突入許可が下りた。黒い薄手の手袋を装着した麗奈は、まるでマンションの住人のような堂々とした態度で入り口をくぐる。残りのメンバーも、彼女に倣い、胸をはってビルの内側に足を踏み入れる。


 ビルの一階には人の気配は無かった。二階に続く階段は、通路奥の左手に見える。古びた木製の手すりを脇目に階段を上がると、二階の通路に続く鉄扉は既に閉ざされていた。


 ソレルは肉感的な唇の前で人差し指を立てて、他のメンバーに沈黙を要求すると、ジェスチャーでウォルシンガム三世を呼んだ。彼は無言で膝を曲げ、鉄扉のドアノブに顔を近づけると、鍵穴を丹念に調べ出す。


 その間に褐色の肌はスマートフォンを弄り、即興で文章を書き上げると残りのメンバーに回し読みをさせる。


 〝ウォルシンガムがドアの鍵を開けたら即座に攻撃。相手が潜んでいるのは、このドアの向かって左の事務所、間取り図では(C)となっているところ。ベイビーはウニカに攻撃を命令して〟


 志光は頷くと自分のスマートフォンを取りだし、テキストエディタを立ち上げると文章を書いてウニカに見せる。


 〝ウニカ。ドアが開いたら敵を攻撃しろ〟


「……」


 ウニカは文字を読むと無言で頷いた。自動人形はディルヴェ本部の時と同じように、何故か服を脱ぎ始める。


 その間にウォルシンガム三世は無言で施錠されたドアノブを握っていた。彼の手から青いオーラが立ち上っている。


 ソレルが記した〝ウォルシンガムがドアを鍵を開ける〟とは、そういう意味だったのだ。今は質問できる状況では無いので憶測になるが、彼のスペシャルには鍵を解除する能力が含まれているのだろう。


 そこで志光は、自分が攻撃に参加することを思い出し、慌てて邪素を消費しつつ腰袋からタングステンの棒を二本取りだし、それぞれを左右の手で握った。彼の隣では、布袋からバーベルシャフトを取りだした麗奈が、その先端にスパイクを装着した。クレアは下刈鎌のフードを外す。


 全員の戦闘準備が整うと、麗奈が片手を挙げた。彼女はそのまま鉄扉の前に立つ。ポニーテルの次にウニカが並び、志光は三番目のポジションを取った。最後にクレアが鎌を構えると、ソレルが無線機のボタンを押してマイクを指で叩き、それから二〇秒ほど間を置いてウォルシンガム三世がドアを引っ張った。


 陰気な青年が作った隙間に、麗奈が飛び込んだ。彼女は暗がりにカニ男が立っているのを視認するや否や、邪素を目一杯使って最初の数歩で一気に加速すると、廊下を飛びつつバーベルシャフトを突き出した。


 ポニーテールの体重にバーベルシャフトの一〇キロが加わったことで生じる運動エネルギーは、対戦車ライフルの弾丸が発射された瞬間のそれを軽々と凌駕する。カニ男は避ける間もなくスパイクに身体を貫かれて黒い塵と化した。


 麗奈が魔物を一体仕留めると、彼女に続いたウニカが事務所の両開きの扉を開けた。やや光量が落ちた、家具類が一切無いがらんとした室内には三体のカニ男が立っている。


 自動人形は迷わず向かって左端の魔物に襲いかかった。彼女は異変に勘づいたカニ男が距離を取ろうとして伸ばした手をかいくぐり、その腹部に手刀を突き立てる。子供のような腕が背中から飛び出すと、魔物は低い呻き声を上げて霧散した。残りの二体は慌てて変形を開始する。


 そこに志光が現れた。少年は腕を伸ばしタングステン棒をカニ男に向けると、歯の間から勢いよく息を吐き出した。


「シッ!」


 志光の右手から放たれたタングステン棒は、一体の怪物の頭部を貫通すると壁に突き刺さった。最後の一体はどうにか変形して脚部を武器にすることが出来たものの、少年の左手から放たれた凶器が斜め上から振ってくると、残りの三体と同様の最期を遂げる。


 魔物たちが一掃されると、ソレルは親指を立てて襲撃者を称え、続いて人差し指で階下を示した。彼女の意図を察した麗奈は、階段がある場所に足を向けた。志光は魔物を倒したタングステン棒を回収してから、他のメンバーの後を追う。


 一行はウニカが着替えを済ませるのを待って階段を降り、ビルから撤退した。監視カメラが無いエリアまで移動すると、ソレルが無線機で麻衣に呼びかける。

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