第55話9-6.白いライダースーツ
鶏男は三人と一体の姿を認めると、ライフルの銃口を志光に向けた。魔物に狙われていると悟った少年は、手にしていたタングステン棒を敵に向け、前歯に隙間を作って一気に息を吐き出した。
「シッ!」
弾丸よりもはるかに重い棒は急激に加速して鶏男の手に当たり、胴体を貫通した。魔物は銃の引き金を引くこと無く、その場で黒い塵と化す。
鶏男のいた場所に残ったのは、金髪のカツラだけだった。
「危なかった……」
気が抜けた志光は、その場でしゃがみ込む。
「すごっ……」
少年のスペシャルを見た麗奈は、その破壊力に絶句した。クレアは銃を持ったまま、腰が抜けた志光に声を掛ける。
「ハニー、怪我は?」
「先に撃てたので大丈夫です」
「良かった。でも、まさか集会場にまで乗り込んでくるとは思ってもいなかったわ」
「これで残りは二体ですか?」
「ソレルの情報が正しければね」
「彼女の情報は正確なんですか?」
「ほぼ正確ね。外れたことはほとんど無いわ」
「じゃあ、そろそろ彼女が加勢してくれるはずなんですが……」
少年がそこまで言いかけたところで、クレアのスマートフォンが鳴った。背の高い白人女性は携帯電話を耳に当て、短い言葉を交わしてから顔を上げる。
「ソレルが上のエントランスまで来ているそうよ」
「敵はどうしたんですか?」
「駐車場付近にいた魔物は、RKG-3の爆発に引っ張られて、最初の敵がいた場所に移動したらしいの。ソレルはその隙に入ったようね」
「なるほど」
「どのみち、ここにいるとまた魔物から襲撃される危険があるから、階段を上がったところにあるエントランスに出ましょう」
クレアはそう言うと、対戦車ライフルを抱えて階段を上り始めた。
「志光さん、ウニカさん、お先にどうぞ」
麗奈は銃を構えたまま背後を向いて、敵の襲撃に備えてみせる。
「ありがとう」
ポニーテールの少女に礼を述べた志光は、クレアの後を追いつつ腰袋から新たなタングステン棒を取りだした。少年の両手は、未だに青い輝きを帯びている。
彼はそのチェレンコフ放射に似た光を眺めつつ悦に入った。
これで自分が魔物を仕留めたのは三度目だ。一度目はまぐれとして、二度目は狙い通りに当て、今回は唐突な事態に対処できた。ボクシングの練習がどうなるか分からないが、とりあえず特殊能力に関しては使いこなせそうだ。
少年が心中で自画自賛していると、階段上部の大きく分厚い扉に辿り着いた。クレアが扉を開けると、白く広いエントランスが出現する。
両サイドに休息用のソファが置かれ、正面には幅広の階段があるエントランスの中央には一台の大型バイクが停まっていた。バイクの色は白、ライダースーツとヘルメットの色も白で、エントランスの白い床と合わさって、まるでモノクロの写真を見ているような錯覚に襲われる。
ライダースーツの背丈はそれほど高くなく、せいぜい一六〇センチを少し超えたぐらいだろうか? ただし、乳房の大きさはクレアと良い勝負で、そのアンバランスさが目立つ。
「志光君ね。ソレルよ。早く乗って」
ヘルメットの奥から、ややくぐもった女性の声が聞こえてきた。電話で聞いたものとほぼ同じだ。
「乗るって……どういうことですか?」
志光は用心しながら大型バイクに跨がったライダースーツに近づいた。ソレルは手の平で後部座席を叩く。
「ここに乗って、私とここから外に出るのよ」
「いや、どうしてそんなことを……」
「残りの二体を私と一緒に倒すからよ。人生初の協同作業になるわ」
「それは、もの凄く危ないんじゃないんですか?」
「もちろん。でも、ベイビーは新棟梁になるつもりなんでしょう? まさか、リスクは自分の部下に取らせるタイプ? それじゃ、誰もついてこなくなるだけだと思うけど」
ライダースーツはそう言うと大げさに両手を広げた。志光は背後を振り返り、首を振ってから回答する。
「乗ります」
「決断力が早いのは父親譲りね。そう来なくちゃ。クレア。五分ほど志光君を借りるわよ。見附。RKG-3の残りは?」
「二本あります」
麗奈は床に対戦車ライフルを置くと、大型バイクに駆け寄った。少年は彼女の態度から、ソレルが上位関係にあったことと、二人が袂を分かってからそれほど時間が経っていないことを理解する。
「ありがとう」
麗奈から対戦車手榴弾を受け取ったライダースーツは、バイクのハンドルについたドリンクホルダーのような器具に固定した。続いて彼女は志光に乗車を呼びかける。
「早く乗って。邪素は消費し続けるのよ。それと、片手は空けて例の棒を持って」
「はい」
大型バイクに跨がった志光は、邪素を消費しつつライダースーツの腰に片腕を回した。
「行くわよ」
出発の準備が整うと、彼女はアクセルをふかしてバイクを発進させる。
二輪車は集会場の階段を一気に駆け下りた。後部座席に座った少年は恐怖のあまり声も出ない。
一階に到着したバイクは前輪を僅かに上げて直進し、屋外に飛び出した。堀にかかった石造りの橋を渡って駐車場に出ると、右手の空間に鶏男の背後が見える。
ソレルはバイクを加速させつつ、ハンドルから左手を離してRKG-3を掴んだ。彼女は魔物が背後を振り向く前に対戦車手榴弾を投げ、その脇を通り過ぎる。
鶏男の頭部に当たったRKG-3は轟音を立てて爆発した。志光は背後を振り返り、ソレルの手並みに圧倒される。
バイクはそこでUターンをすると、再び駐車場を抜け、集会場の反対側の堀に沿って疾走した。エンジンが唸り声を上げる中で、鶏男と白人女性らしき人物の姿が急速に迫ってくる。
「シッ!」
バイクが一人と一体の脇を駆け抜けた刹那、志光の手から二本目のタングステン棒が飛び出した。鉄よりもはるかに重い金属体が、魔物の胴体を貫通する。
恐らく魔物を統率していたとおぼしき女性の悪魔は、呆気にとられた顔で立ち尽くしていた。そこに、ソレルが宙に放り投げた二本目の対戦車手榴弾が降りかかってくる。
白人女性の頭部で爆発が起きた。魔物も悪魔も塵と化すと、大型バイクは動きを止める。
志光は二輪車の後部座席から地面に降りた。ライダースーツもエンジンを止め、バイクから身体を離す。
彼女の両手がヘルメットを掴むと、中から現れたのはウェーブがかかった長いアッシュブラウンの毛髪だった。続いて見えた顔は、目鼻立ちは日本人とも白人とも言えない感じだったが十分に美しかった。
しかし、なにより特徴的なのは褐色の肌だった。しかも、ナチュラルと言うより日焼けマシーンで焼いているような質感だ。
いわゆる黒ギャルというのだろうか? まさか父親の愛人が、ここまで派手な外見だとは思ってもいなかった。
志光はソレルに話しかけるための言葉が思いつかず、その場で固まった。黒ギャルはバイクのハンドルにヘルメットを引っかけると、暑そうに髪の毛を振ってからライダースーツのジッパーをヘソのあたりまで引き下ろす。
ソレルはライダースーツの下に何も身につけていなかった。彼女は豊かな乳房を見せつけるような格好のまま、少年に手を差し出した。
「改めまして。アニェス・ソレルよ。一息ついたら、貴方ときちんとお話をしたいのだけれど、お時間をいただけるかしら?」
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