第47話8-6.地下から地上へ

「このゲートは監視されているんじゃないんですか? 外で食事をするのは自殺行為のような気がするんですけど」

「監視されているのは間違いないでしょうね。だが、こちらも手をこまねいていたわけじゃ無い。応急処置だが対策は立てているんですよ」

 大蔵は自信ありげな口ぶりで、志光と茜に事情を語り出した。

「門真君とクレアさんが敵方の魔物と戦った過程で、地上からゲートまでの通路に少なからぬ損傷が生じてしまったことは志光君なら覚えているね?」

「はい。その場にいましたからね」

「そこで、修理のために魔界から大工沢君と彼女の配下を呼んだ。魔界における土木工事のエキスパートだ」

「はい」

「補修作業が終わってから、彼らに別の穴を掘って貰ったんだ。地上に続く別のルートをね」

「ああ……そういうことですか」

「あくまでも、やっつけなので短期間で封鎖するつもりだが、一、二回なら使えるはずですよ」

「分かりました」

 志光が得心すると、大蔵は片手を振って警備室の分厚い金属製の扉を開けさせた。その間に麗奈が一番上に乗せたダンボール箱を開け、対戦車手榴弾を取り出すとクレアと大蔵に一つずつ渡す。

「過書町さんと新棟梁はどうしますか?」

「私は結構です。戦闘じゃ足手まといにしかならないので」

 過書町は首を振ってRKG-3の受けとりを拒絶した。志光も手を前に出して、対戦車手榴弾を拒む。

「僕も美作さんに貰った専用武器があるので……」

「分かりました」

 麗奈は頷いて残りのRKG-3を自らのスクールバックに放り込んだ。麗奈の準備が整うと、大蔵、茜、クレア、志光、そしてウニカが彼女の後を付いて扉の外に出る。

 戦闘をした通路には、出口に近づくに従って補修された痕があった。鉄扉を抜けて螺旋階段がある場所まで来ると、その脇に掘られた新しい横穴が見える。

 穴はコンクリートで固められておらず、木枠を組んで支えていた。穴の上部を補強する木材には工事用のLEDライトがぶら下がっている。

 大蔵はそこで麗奈を追い越し、先頭に立って横穴へと入っていった。残りのメンバーは中年男に続く。

 横穴の行き止まりにあったのは縦穴だった。上部は塞がれているようで光は見えないが、地上までの距離は相当あるはずだ。

「邪素を使おう」

 大蔵はそう言うと、息を止めて腹部を凹ませた。中年男の全身から、青いオーラのようなものが立ち上ってくる。残りの悪魔達も彼と同じように邪素を消費し始める。

 志光は上を向きながら、縦穴の深さと自分がジャンプできる高さを頭の中で比較した。垂直跳びの記録は覚えてていないが、恐らく四〇センチから五〇センチぐらいだろう。だとしたら、邪素を消費している今なら四メートルから五メートルは飛べるはずだ。

 この縦穴は、恐らくそれ以上の深さがある。露出した地肌に指先や足先を引っかけるのがコツになるのだろうか?

「ハニー。これをウニカに持たせて、地上まで昇らせて」

 クレアはそう言うと、太めのロープを志光に握らせた。少年は意味も分からず自動人形に命令を下す。

「ウニカ。これを持って地上まで昇るんだ」

「……」

 ウニカは無言で頷くと主人からロープの端をひったくり、後ろに下がってから軽く助走をつけ、両足で地面を蹴った。宙に浮いた自動人形は、両腕を泳ぐように宙で回しつつ、人間には到達不可能な地点まで跳ね上がり、続いて穴の壁をつま先で蹴ると、身体を反転させて反対側の壁を蹴る。

 志光はあんぐりと口を開けて、ウニカの軽業を見守った。

 残念だが、この方法で縦穴を昇れと言われたら、自分には絶対に無理だ。昼食も本部への移動も諦めざるを得ない。麻衣が保証した自動人形の身のこなしはさすがの一言だ。

 少年が見守る中でウニカは地上に達したようで、穴の上部から陽光が降り注いできた。それから数秒もすると、ロープが上から引っ張られたような動きをする。どうやら上るための準備ができたようだ。

「上りましょう。順番はどうする?」

 大蔵はロープを掴むと残りの四名を見回した。するとクレアが志光に視線を向ける。

「ハニーの好きな順番で良いわよ。私の下着が見たいなら私の次、見附さんの下着が見たいなら見附さんの次で、過書町さんの……」

「誰がそんな危険な真似をするんですか? 最初でお願いします」

 クレアの提案を遮った少年は、ロープに飛びついた。邪素を消費しているお陰で、パワーは十倍に増えたのに体重は変わらないため、腕の力だけで楽々と昇ることが出来る。これが普段のままだったら、一メートルでも上がれたかどうか怪しいところだ。

 志光は身体を揺らしながらロープを登り切り、地上に顔を出した。ロープの端はウニカが両手で掴んでいる。穴の空いている場所はどこかの敷地の隅らしく、二辺は積み上げたブロック、対角線側はトタン板のようなもので塞がれている。

 現実世界は相変わらず真夏でうだるように暑い。ただし、魔界も気温は高いのでそれほど気にならない。

 志光が地面に立つと、大蔵、クレア、麗奈、茜の順番にロープを昇ってきた。穴の周辺の面積は狭く、たちまち押しくら饅頭の状態になる。

「狭いから外に出ましょう」

 移動を提案した大蔵は、トタンで出来た衝立をずらす。そこはアスファルトで舗装された駐車場だった。すぐ前に車が止まっているお陰で、道路からは直接見えないようになっている。

「志光君。申し訳ないんだが、ウニカをこの場所の監視に使えないかな? 車は既に呼んであるから、食事をして戻ってくる頃には置いてあるはずなんだ」

 大蔵は道路に人気が無いことを確かめてから、志光に語りかけた。

「分かりました。ちなみに、車に乗ってくる人は、僕達と合流するんですか?」

「いいや。車をここに停めたら、見附君が運んできた対戦車手榴弾を車に乗せてから、大塚のゲートを利用して魔界に戻る手はずだよ。護衛用の軽トラはそのまま残るけど、合流場所は別で志光君の姿は見せない」

「なるほど……ウニカ。ここで穴を見張っているんだ。誰かが覗きに来たら追い払え。ただし殺すな」

「……」

 ウニカが無言で頷くのを確認した一行は、大蔵を先頭に周囲を警戒しつつ駐車場から通りに出た。中年男は一車線の細い道を左折し、十数メートル歩いたところでぶつかった五叉路を渡って十数メートル先の都道四三六号線を右折する。

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