第23話4-2.現れた幹部達

「そういえば、魔界って女性が多いんですか? クレアさんも麻衣さんも麗奈さんも女性だし、亡くなった花澤さんという方も女性ですよね?」


 室内を動き回る警護役を見ていた志光の口からふっと疑問が漏れた。麻衣は苦笑いしながら、少年に向かって首を振る。


「いや、そんなことはないよ。ただ、この魔界日本では女性の方が棟梁の配下になりやすい、ということかな?」

「どういうことですか?」

「金だよ」

「金ってマネーのことですか?」

「そうだよ。魔界は現実世界ほど貨幣制度に多様性がない。そもそも、悪魔の数が少ないんだから、経済が発展しようがないということさ」

「人間が増えすぎただけじゃないですか?」

「そういう見方も出来るね。とにかく、我々悪魔は貨幣制度を現実世界に依存している。円やドルなどの不換紙幣、金や銀などの貴金属の二つがメインかな? ちなみに、ビットコインのような仮想通貨は使われていない。電力がそれほど使えないし、ネット環境も充実していないのが原因だ」

「それが女性とどんな関係があるんですか?」

「悪魔の世界では、棟梁が邪素を配布して悪魔たちの歓心を買うのが常套手段という話はしたよね?」

「はい。覚えています」

「ただし、金を払うことは滅多にない」

「税金もないんですよね?」

「行政制度がしっかりしていないから、納税のために国民を管理することが不可能だからね」

「無理っぽいですよね……」

「そこで、悪魔が金を稼ぐなら、現実世界との接点が多い棟梁に直接仕えるのが手っ取り早いと手段と言うことになる。具体的には建設関係の作業とか、麗奈の部下のような護衛役だ」

「でも、魔界でお金を使う機会なんてあるんですか?」

「いいところに気がついたね。実はほとんど無いんだ」

「なんとなくそう思っていました。悪魔化を維持するための邪素をただでもらえるなら、わざわざ働かなくても生きていけますもんね」

「そうなると、残っているのは嗜好品だよ。酒、タバコ、オモチャ、それに衣類や化粧品あたりが人気じゃないかな? それを現実世界から持ち込んで貰うか、自分で買いに行くわけだ」

「麻衣さんも、お酒飲んでますからね」

「アタシの場合は好きで飲んでいると言うよりアル中だね」

「……その話は前にもしていましたね」

「そうそう。アル中になったから悪魔になったんだよ。飲み続けていたらアルコール性肝硬変になっちゃってさあ。色々あって、このまま死ぬか悪魔になって酒を飲み続けるかという選択に辿り着いたわけだ。どっちを選ぶかなんて、考えるまでもないだろう?」

「悪魔化ですね」

「解ってくれて嬉しいよ。アタシの話はさておいて嗜好品だ。邪素さえ採れば飢える心配が無いとなると、だらしのない生活になるか、嗜好品に金を掛けるかという二択になってくるわけだけど、悪魔の世界では何故か女性の方が現実世界の嗜好品を欲しがる傾向がある。一説によると、魔界の国々は総じて狭い上に他の移動手段があるため、車やバイクの所有率が極端に低いというのも原因の一つらしい」

「ああ、それで女性の方が働きたい人が多いということになるんですね?」

「あくまで魔界日本ではね。違う場所もある。たとえば、ゲイだけが集まって作った国とかね」

「ゲイだけが集まった国?」


 志光が麻衣の言葉をオウム返しにしていると、麗奈が間に割って入ってきた。


「お話のところ申し訳ないのですが、そろそろ準備が整いました。いつまでも皆さんを外で待たせるわけにはいかないので……」

「ああ、そうだったね。いいよ。みんなを中に入れて」


 麻衣は制服姿の少女に入室の許可を出した。口を閉じた志光は、執務室を見回した。


 机の上に三角錐の頂点を切り取ったような、黒い卓上用名札が置いてある。また、各々の名札には名前が書かれているいようだ。


 これなら、顔と名前が一致する。恐らくクレアか麻衣が考えたのだろう。助かった。これで会議中にパニックになる可能性がだいぶ減った。


「こっちに来て」


 志光が胸をなで下ろしていると、麻衣が彼を手招いた。赤毛の女性は少年を一番奥にある段に上げ、そこに設置された木製の椅子に座らせる。


 椅子の底面と臀部の間にあるソファの位置を調整していた少年の眼前に、最初に現れたのはクレアだった。彼女は無言で微笑むと段に上り、彼の隣に用意された椅子に腰かける。


 クレアの後に続いてきたのは、異様な格好をした人物だった。身長は160センチぐらいだろうか? 頭に黒いガスマスクを被っているため、顔つきはおろか性別すらよく判らない。恐らく同じ素材で出来たエプロンをつけているが、その下は青い漁師合羽を着用し、ゴムの長靴も履いている。


 魔界の海で漁業でも営んでいるのだろうか? だとしたら、あのガスマスクは何の役目を果たしているのだろう?


 怪人物はシューコーという呼吸音を鳴らしながら、〝窪〟と書かれている卓上用名札のある場所に座った。麻衣からは聞いたことが無い名前だ。


 ガスマスクの後に来たのは痩せぎすな少女だった。年齢は10代前半ぐらいだろうか? まっすぐで長い髪毛は紫色で日本人どころか外国人でも見たことが無い。また、彼女の着ている白いドレスはまるで陶磁器のような模様が施されている。


 少女は〝美作〟と書かれている卓上用名札のある場所に座った。やはり麻衣からは聞いたことが無い名前だ。


 三人目は中肉中背の男性だった。年齢は四十代ぐらいだろうか? 今まで見た悪魔の中でも最も歳を取っているように見える。黒い髪をオールバックになでつけているが、着ている黒いスーツはヨレヨレで、だらしがない感じがする。


 男は〝大蔵〟と書かれている卓上用名札のある場所に座った。麻衣が自分の新党領就任に反対すると言っていた名前だ。なるほど、この年齢の男性であればそれなりの社会経験があるだろうから、簡単に首を縦に振らないはずだ。


 四人目も男性で紺のスーツを身にまとっていた。ただし、大蔵と違って一分の隙もない着こなしだ。男の背はクレアほどで、しかし異常なまでに痩せている。まるでジャコメッティの彫刻だ。


 紺スーツの男は〝記田〟と書かれている卓上用名札のある場所に座った。麻衣が自分の新党領就任に反対すると言っていた名前だ。顔つきからしても三十代以上だし、やはり社会経験がそれなりにありそうだ。

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