第百二十七回 張軌は劉曜と戦う

 涼州りょうしゅう刺史の張軌ちょうき揚州ようしゅう刺史の陳敏ちんびん樂陵がくりょう太守の邵續しょうぞくの三人は成都王せいとおう司馬穎しばえいの命を受けて沙麓山さろくさんの救援に向かい、昼夜兼行で数日後には山上にある姫澹きたんの軍営に到着した。

 姫澹は并州へいしゅう刺史の劉琨りゅうこんの麾下にあり、夏庠かしょう滎陽けいよう太守の李矩りくの麾下にある以上、刺史、太守の官職を帯びる三人は上役の同僚となる。姫澹と夏庠が丁重に迎えたことは言うまでもない。

 張軌たちは出陣にあたって下賜された餞別をことごとく沙麓山を守る将兵に散じ、慰労したことであった。



 翌日、張軌は陳敏、邵續とその僚属に加え、姫澹、包廷ほうてい夏庠かしょう周并しゅうへいなど沙麓山を守る諸将を集めて軍議を開いた。

 張軌の参軍さんぐんを務める宋配そうはいが進み出て言う。

「聞き及ぶところ、劉曜りゅうようは力よく千鈞せんきんを挙げ、放つ箭は鉄を穿うがち、銅鞭どうべんの操法は入神にゅうしんの域にあるといいます。まともに戦って勝てる相手ではありません。それゆえ、計略を尽くして劉曜をとりことするのがよろしいでしょう」

 楽陵がくりょう太守の邵續しょうぞくに従う董鈞とうきんが憤って声を挙げる。

「宋参軍、わらの管よりひょうを窺う見解は聞くに値しない。劉曜とて三手さんしゅ四足よんそくの身ではあるまい。劉曜を褒めて味方の諸将をないがしろにするのも甚だしい。小将は不才の身であるが、堂々の野戦を挑み、一陣を斬り破って御覧に入れよう。まずは吾らの手並みを見られるがいい」

▼「藁の管より豹を窺う見解」はいわゆる管見、狭い視野またはそれに基づく見解の意。

 揚州刺史の陳敏の麾下にある白耀はくよう花如かじょも不平そうに同じる。

「公らはまず敵の士気を長じて自らの威風を落とす発言を慎まれよ。大晋は堂々たる大国であり、漢賊の一将に比肩する将がおらぬわけがない」

 宋配は諸将の不平を受けても平然と言う。

「ただ事実を申すのみである。劉曜と武勇を競ってはならん。野戦で軍功を立てたいというのであれば、まずは軍営にあって漢賊の攻撃を退けてみせよ。大晋の威名を損なうな」

 その言葉が終わらぬうちに砲声が響き渡り、鬨の声が挙がる。

 張軌が起ち上がって言う。

「漢賊どもが攻め寄せてきたらしい。吾らが到着して出戦せぬとあれば、敵に弱を示すことになろう。出戦にあたっては諸軍が一心同体となることが肝要である。我意を立てるな。妬忌ときの心を捨てよ。互いを蔑ろにして国事を誤るな。さすれば敵を退けた後には軍功を上奏し、重く報いよう」

 陳敏と邵續も張軌の言葉を受けて言う。

「詔を受けて賊を制するにあたり、命に背く者は軍法により処分する」

 張軌、陳敏、邵續は軍営の前に布陣し、漢兵の到来を待ち受ける。そこに劉曜が率いる漢兵が攻め寄せ、晋兵がすでに布陣していると見るや陣形を整えた。


 ※


 劉曜は関心かんしん支雄しゆう曹嶷そうぎょく刁膺ちょうようとともに陣頭に立って叫ぶ。

「劉曜が推参すいさんなり。一戦を望む者は遠慮なく馬を出すがいい」

 にわかに晋の陣より砲声が響く。金鼓が鳴り響く中で軍勢が披き、中央には黄金の鎧兜を着込んで赤錦の軍袍ぐんほうを身に纏った主帥の張軌が姿を見せる。

 その周囲を宋配、氾瑗はんえん北宮純ほくきゅうじゅん令孤亜れいこあが固める。左手には揚州刺史の陳敏とその麾下の白耀、花如が並び、右手には樂陵太守の邵續とその麾下の董鈞、李用りようが揃い、馬を進めて陣頭に進む。

 中央の張軌が言う。

「吾は涼州刺史の張軌である。晋漢は多年の戦をつづけてやむ時がない。そのために吾が遣わされた。すみやかに軍勢を収めて境内より軍勢を退けよ。成都王にお前たちの助命を願い、魏縣に籠城する将兵ともども故郷に還るを許してやろう。よしなく無辜むこの百姓を苦しめる汚名を免れるがよい」

 劉曜が口を開く前に曹嶷が進み出て叫ぶ。

「天下は大漢のもんだってえのに、お前らが盗んだんじゃねえか。そんなら俺らも軍勢で洛陽を落として旧土を取り返すだけのこった。今さら引き返すわきゃあねえだろ。漳水しょうすいの戦に勝った勝ったと言いふらしてるってえがよ、お前らは十のうち三、四が討ち取られてんじゃねえか。これで勝ったってんなら負け戦なんざありゃしねえ。そんなざまで武を誇るたあちゃんちゃら可笑しいってもんよ。さっさと腕利きを出してきな。どっちが強えかはっきりさせてやらあ」

 晋軍の右陣より董鈞がさくを振るって馬を出し、叫んで言う。

「そこなる劉曜とやら、吾と三百合を戦って怯え退かねば好漢と認めてやろう」

 劉曜は銅鞭を振るって馬を出し、叫び返す。

「お前のような賊でも吾が名を知るか。お前の死期はすぐそこに迫っているぞ」

 董鈞は槊を振るって突きかかり、劉曜は銅鞭を挙げて架け止める。それより二騎は陣前に戦うこと三十余合、いずれも崩れる気配がない。両陣の将兵は喚声を挙げて気勢を放つ。

 漢陣の曹嶷が馬を出して劉曜に言う。

都督ととくはちっと休んでな。俺が代わりに討ち取ってやらあ」

「こやつは三百合も戦ってみせようと大言を吐いた。吾と三百合を戦い抜けば、その後はお前たちの好きにさせてやる」

 劉曜はそう言ってさらに戦いをつづける。


 ※


 劉曜の銅鞭は雲のくかの如く自在に動き、董鈞の槊は煙霧の漂う如く変幻する。戦いがさらに三十合を過ぎると晋陣の李用が大刀を抜きつれ馬を出し、董鈞に代わろうとした。

 董鈞もまた叫んで言う。

「加勢は無用、吾が劉曜と黒白こくびゃくを付けるのを見るがよい」

 さらに三十合が過ぎても互いに鞭と槊を乱さない。劉曜が叫んで言う。

「戦はまだ十分の三に過ぎん。大言のとおりに三百合をまっとうしてみせよ。休む暇はないぞ。戦は勝敗を分かつ場、優劣は自ずから明かになろう」

 劉曜と董鈞はとも号呼して武勇を競う。李用は陣頭に様子を見ていたが、戦うほどに勢いを増す劉曜の姿から、董鈞が討ち取られはせぬかと懸念していた。ついに軍勢を差し招くと、大刀を振るって漢の軍列に斬り込む。

 漢陣からは関心が軍勢を指揮して迎え撃ち、両陣の合戦が始まった。



 その混乱の中ではさすがの劉曜と董鈞も戦をつづけられない。董鈞は百合を過ぎていささかの疲れも見せない劉曜に愕き、混乱に乗じて逃れ去らんと思い定めた。槊を振るって劉曜の銅鞭を受け流し、馬頭を返して逃げ戻る。

 劉曜は逃がすまいと追いすがり銅鞭の一閃を肩に打ちあてる。董鈞は続く一打を受けるべくわずかに槊を挙げたものの、馬を並べた劉曜が銅鞭を打ち落とす。

 董鈞の頭蓋は金兜ごと叩き割られ、馬下に転げ落ちて絶命した。

 董鈞を討ち取った劉曜がさらに李用を討ち取るべく姿を求めるところ、晋将の白耀が馬を向けて叫ぶ。

「賊徒劉曜、背後より吾が上将を襲うとは卑怯者めが。逃げようとも吾が逃がさぬ」

 劉曜はそれを聞くと馬を立てて言う。

「愚物めが死にに来たか」

 言うや銅鞭を振るって襲いかかり、三十合を過ぎるまで一瞬たりとも鞭を止めず、白耀に休む暇を与えない。

 白耀が敵し得ないと見て取るや、陳恢ちんかいが鎗を捻って加勢に向かう。二将を相手取って劉曜はいささかも怯まず、退くこともなく戦いつづける。

 晋の二将が劣勢になって花如が加勢に向かおうとするものの、奇計に陥れるのがよかろうと思い直して隙を窺う。そこに一人の漢将が大刀を手に猛虎の勢いで斬りかかった。

「小賊、どこにも逃げ場はねえぞ。この曹嶷様が相手になってやらあ」

 花如はやむなく曹嶷を相手に刃を交わし、劉曜に近づくことさえできなくなる。


 ※


 一方の劉曜は白耀と陳恢を相手に独り戦い、銅鞭で二人を左右に打ち払って片時も休まない。その鞭捌きに付け入る隙はなく、白耀は鞭先をくぐって脇下に一鎗を突き込んだ。

 右手の鞭で陳恢を支える劉曜に鎗を受ける暇はなく、左手で鎗の穂先を掴み取ると力の限りに引き寄せる。たまらず白耀は馬とともに引き寄せられた。

 劉曜はすかさず鞭で陳恢の鎗を押し返し、空いた銅鞭を白耀の頭蓋に叩き込む。白耀は馬から転げ落ちて命を落とした。陳恢は馬頭を返して逃げ奔る。

 花如が曹嶷と戦うところ、気づけば周囲に味方はなく、敵中に孤立していた。曹嶷との戦を捨てて晋陣に退こうと図る。

 曹嶷は花如が畏れて退いたと思い込み、追いすがって逃がさない。花如が左に逃れようとした時、曹嶷の大刀と拍子が合って斬り殺された。

 李用も馬を返して逃れたところ、顧みれば関心が追いすがる。馬に鞭して二十歩ほども引き離したかと思うところ、行く手を見れば花如の首級を提げた曹嶷が向かってくる。躊躇して馬足を少し緩めたところに背後から関心の一刀を浴び、首を斬り飛ばされた。


 ※


 ついに漢陣からは刁膺や支雄が軍勢を率いて攻めかかり、あたるを幸いに晋兵を薙ぎ払っていく。

 揚州、楽陵二鎮の軍勢は軍列を乱されて整然と退去できず、混乱の中で死傷者が相継ぐ。すでに晋兵の死傷者はおびただしい。ただ、張軌の陣だけは漢兵の攻撃を受けて小揺るぎもしない。

 張軌は混乱を見ると下知して言う。

「漢兵を斬り止めて二鎮の兵を救え」

 北宮純、令孤亜たちは命を受け、不用意に攻めかかった刁膺と支雄の軍勢を打ち崩す。劉曜もまた涼州兵の精強を知って兵を損なうばかりと見切り、兵を返して引き上げた。

 三鎮の軍勢もそれぞれに引き上げて死傷者を点検したところ、大将四人、副将四人、兵卒万余を喪っていた。三鎮将は劉曜の手強さを思い知り、それよりは軍営を出ずに劉曜を討つ方策を練ったことであった。

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