十三章 晋漢大戦:両道並進

第百十八回 曹嶷と夔安は平陽に上って救兵を乞う

 張賓ちょうひん平陽へいように糧秣を求める使者を遣わすと聞くや、曹嶷そうぎょく夔安きあんの二人が進み出て言う。

「噂じゃあ、平陽に使者を出すってえじゃねえですか。俺ら二人が昼夜を分かたず向かやあ、行って返って一月も要りやせん。万一期限に遅れようもんなら、どんな罰を貰っても構いやせんぜ。上奏文を書く間に出立の準備を終わらせまさあ」

 劉聰りゅうそうはその言をれ、上奏文を急ぎ認めると胡延顥こえんこう張敬ちょうけいを護衛につけて送り出した。

 城から五里(約2.8km)の地点まで送り出すと、護衛の二将は引き返していき、曹嶷と夔安は平陽へと道を急ぐ。張賓は諸将に命じて防備を固め、晋軍の到来に備えて厳戒を布いた。

 翌日には晋の諸王侯の軍勢が漳水しょうすいを渡って魏縣ぎけんに入り、城の包囲を始める。

 成都王せいとおう司馬穎しばえい)は軍営を定めた後、陸機りくきの幕舎に入って軍議を開く。簿冊を取り出して確認するところ、これまでに三万の兵士と七百余の軍馬を喪い、負傷者は一万を超えている。さらに、丘文きゅうぶん岑瑞しんずい董拱とうきょう臧琦ぞうき柳緯りゅうい蔣中しょうちゅう魏正ぎせい刁魚ちょうぎょの八名が戦死し、副将の戦死者は十余人に上る。

 成都王は彼らの屍を収めて韓陵山かんりょうさんの麓に葬り、酒食を供える。その後、将士に賞をおこなって慰労した。

 成都王は軍議の席に着くと問いかける。

「漢賊どもは魏縣に逃げ込んで城に籠もった。どのようにしてこれを破るべきか」

 陸機が進み出て言う。

「一計がございます。諸侯に令して二軍を一営とし、六つの城門を防いで逃げ道を断つのです。また、八親王の軍勢も同じく二軍を一営として四営となし、中軍の下知に従って動くようにし、城外との連絡を断ちます。こうすれば一月もせぬうちに城内の兵糧は尽き、漢賊どもは残らずとりことなりましょう。今や漢賊は籠の鳥、吾らは厳しく籠を閉ざせばよいのです。張賓に詭計があったとて施すところはございません」

「勲功はこの一挙にある。諸侯は協力して忠義を顕す働きをせよ」

 諸王侯は成都王の檄をうべなってそれぞれの軍営に戻った。

 翌日、晋軍は軍営を移して包囲を開始する。張賓は防備を固めて厳戒態勢をつづけ、晋将たちが見る限り隙は窺えなかった。


 ※


 一方、平陽に急ぐ曹嶷と夔安は昼夜兼行の旅をつづけて平陽にたどりついた。その足で漢主の劉淵りゅうえんに謁見し、上奏文を諸葛宣于しょかつせんうに呈して言う。

「今頃、魏縣の城は晋の大軍に囲まれちまってまさあ。俺らは太子に言われて急を告げに参じたってわけで。一日も早く援軍と糧秣を送らねえと、太子も将兵も干上がっちまいますぜ」

 そう言うと、韓陵山の戦いから始まる晋軍との戦を詳しく報告した。

 それを聞いて陳元達ちんげんたつが言う。

「これは尋常の戦ではございません。晋は天下の軍勢を掻き集めて魏縣を囲んでおります。陸機は必ずや吾らの糧道を断とうと企てているはずです。知略の士と勇猛の将に大軍を与えて兵糧を送り届けねばなりません」

 諸葛宣于が言う。

「兵糧はすでに整い、十五万の軍勢が調練を終えて出発に備えております。しかし、誰を将帥に任じたものかと迷っておりました。孔世魯こうせいろ孔萇こうちょう、世魯は字)は驍勇ぎょうゆうとはいえ実戦の経験を欠きます。それゆえに躊躇ちゅうちょしていたのですが、この期に及んでは他に人はありますまい」

 その時、程遐ていかが報告した。

「ただいま、門外に四人の者が来て『蜀より遥々訪ねてきた』と申しております。その口ぶりから縁故の者ではないかと思われますが、いかがいたしましょうか」

 劉淵が招じ入れるよう命じると、いかにも好漢と見える男たちが現れた。拝辞はいじの礼を終えると劉淵が問いかける。

「蜀漢所縁の者たちとも別れて久しく、忘れている者も多い。由来を聞かせて欲しい」

 進み出た男が言う。

「臣は大将軍を務めた姜維きょういの子、名をはつ、字を存忠そんちゅうと申します。これなる弟の名は、字は存義そんぎ、伴う二人の一人は征南せいなん将軍を務めた関索かんさくの末子で名をしん、字は継忠けいちゅう、最後の一人は廖全りょうぜんの兄の廖會りょうかいの子で名をちゅう、字は鳳起ほうきと申します」

 それを聞くと劉淵は余人を退けてともに後殿に入り、涙を流して言う。

「父君はかつて一計により三将をちゅうして蜀漢を救おうと試みたが、天はそれを許さず、ついに空しくその身を終えることとなった。これはすべての者が恨み嘆いた痛恨事であった」

 姜發を幼い頃から知る諸葛宣于が言う。

「存忠の来着は幸いです。魏縣に援軍と糧秣を送るにあたり、存忠を大将に据えれば何の心配もございません」

「まずは酒宴を開いてこれまでの艱難を労い、その後に官職を授けて任を委ねよう」

 劉淵はそう言うと座を定めて酒宴を開く。そこに急報が飛び込んできた。

「正西の方角で塵埃じんあいが天に揚がり、軍勢がこちらに向かっております。いずこの軍勢であるかは分かりません」

 劉淵は大いに愕いて諸葛宣于に様子を見に行くよう命じた。城壁に上がった宣于は塵埃を見て言う。

慕容部ぼようぶ段部だんぶの者たちが変心して攻め寄せてきたのやも知れぬ。鮮卑せんぴなど畏れるに足りぬが、魏縣に救援を送らねばならぬこの時期に戦うのはいかにも厳しい。救援が遅れれば事態はいよいよ切迫する。まずは城門を固めて様子を見よ」

 刁膺ちょうよう支雄しゆう、孔萇、桃豹とうひょうが二万の軍勢を率いて各城門を固める。諸将も城壁に上がって様子を見ていた。

 ほどなく軍勢が門外に到り、一人の大将が進み出て叫んだ。

「吾は西蜀の牧馬帥ぼくばすいを務めていた汲桑きゅうそうである。趙勒ちょうろく公子とともに二万の軍勢を率いて参った。門を開いて城に入れて頂きたい」

 城門上より孔萇が言う。

「しばらくそこに留まれ。目下は戦時、軽々に城門を開くことはできぬ。主上に申し上げた上で城内より人を遣わし、真偽しんぎを確認した後に城門を開く」

 孔萇は馬を駆って殿上まで乗り付けると報告する。

「軍勢より一将が現れて自らを蜀人の汲桑と名乗り、趙勒とともに二万の軍勢を率いて加勢に参ったと申しております」

 劉淵が言う。

「汲桑が来たとあれば、兵糧を魏縣に送る心配はいらぬ。誰ぞ面識がある者を遣わして城内に召し入れよ」

 それを受けて馬寧ばねい劉和りゅうわが向かった。

 城壁より見れば疑いなく汲桑その人であった。城門を開いて軍勢を迎え入れると、一同ともに朝廷に入って劉淵との謁見となった。

 汲桑が拝礼すると、劉淵が問うて言う。

「かつて互いを失った後、廖全りょうぜんを遣わしてお前たちの行方を求めさせたが、ようとして知れなかった。今になって何ゆえにこれほどの軍勢を引き連れて現れたのか」

▼「張将軍」は張實または張敬を指すと思われるが、不詳。実際には廖全が各地を訪問して遺臣を探した筋になっているため、それに従って改めた。

 汲桑はかつて黒莽坂こくもうはんで一同からはぐれ、趙勒とともに辛酸を嘗めた後に石大夫せきたいふ石莧せきかん、大夫は尊称)の養子となり、石崇せきすうの仇を報じて孫會そんかいを殺すまでの経緯を半刻ほどかけて話して聞かせた。

 それを聞いて劉淵が言う。

「お前たちが忠心を抱いて旧主を忘れなかったことは、実に国士無双というべきであろう」

 その軍勢にも銭糧を与えて賞し、その後に諸将に官位を与えて禄を定めたことであった。

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