第百十回 晋の王侯は先鋒を択ぶ
かねて約した期日には十四路の諸侯の軍勢が
儀礼を終えると成都王は
日が暮れるとそれぞれ官職により定められた軍営に戻って休み、夜が明けると七人の親王も鄴に入った。成都王は
諸親王と諸侯は官位に従って席次を定め、儀礼を終えると陸機が諸侯とともに諸親王に拝礼する。
二十一路の軍勢からは
鄴に軍勢を会する親王は次のような顔ぶれであった。
軍勢六万、糧秣五十万
本人は長安に留まり嗣子の
軍勢八万、糧秣四十万
部将は
軍勢四万、糧秣三十万
司馬、参軍は
軍勢四万、糧秣四十万
部将は
軍勢二万、糧秣十万
部将は
軍勢二万、糧秣八万
部将は
軍勢三万
これらに加え、成都王自らは九人の将官に十万の軍勢を伴っている。齊王の
※
一堂に会した諸親王と諸侯を前に成都王が言う。
「各地の軍勢が到着したにも関わらず、五路の夷族ども、
▼「南中郎将」は征討に
「彼らに参集の意志があれば、すでに到着しておりましょう。おそらくは遠境にあることを恃み、遅参したところで罪を問われるまいと侮って参集しないつもりでしょう。そもそも、
祖逖の言を聞いて成都王は言う。
「卿の言を肝に銘じよう。まずは盟主を定めねばならん。長沙王の勇は三軍に冠たり、その才は盟主たるに足る。まさに盟主に推して全軍の指麾を委ね、
「そうではありません。古より『事の大小に関わらず、練達した者を尊重するのがよい』と申します。成都王の智謀は深遠にして見識は広く、その才は衆人を統べるに堪え、先には逆徒の
成都王は再三にわたって謙退したものの、諸侯は等しく盟主の座を勧めて言う。
「齊王は洛陽にあって朝政を輔けておられ、王を措いて盟主の任に足る者はございません」
長沙王は殿上に盟主の座を置き、諸侯とともに成都王をその席に着かせた。成都王はついに盟主の任を受けて言う。
「諸親王と諸侯の推挙を受けては固辞もできず、盟主の任にあたらせて頂く。諸王侯は謹んで各々の任に勤めて
諸王侯は一人残らず応諾した。
※
成都王は諸王侯を順に席に着かせ、そのまま軍議の場とした。
「朝廷はすでに
盧志がそれを阻んで言う。
「軽率に事をなしてはなりません。今や天下の軍勢はこの鄴に会しており、元帥の着任にもしかるべき儀礼が必要です。そもそも元帥とは諸軍の服するところであり、儀礼を盛大におこなわねば元帥が尊い存在であると諸軍に知らしめられません。昔、燕の
成都王は盧志の言を
陸機は軍勢が並ぶ中で壇に上り、成都王は裁可の権限を示す印綬と軍法の所在を示す剣を奉じて元帥の任命を進めようとする。
壇上の陸機が言う。
「臣は
▼「三略」「六韜」はともに兵書、『三略』は
成都王が言う。
「今や天下は乱れて胡賊は横暴をおこない、万民は塗炭の苦しみに喘いでいる。大丈夫たるものは時世を救う一念を持ち、才ある身は徒に謙遜して能を隠すようであってはならぬ」
傍らの諸王侯も同じて言う。
「元帥は
陸機はそれでも再拝して謙譲し、ついに盧志たちが扶けて壇上の台に上がらせ、成都王は印剣を奉げ持つ。陸機が
「朝廷は民が胡族の横暴に晒されていることを痛ましく思われ、特に
成都王が壇を下りると、代わって陸機が壇に上がる。諸将を前列に召集して命じた。
「吾が晋帝は漢賊の横暴を怒られ、成都王を拝して
諸将はその命に応諾し、陸機は壇を下りた。
※
翌日、陸機は早朝から成都王の軍営に入り、成都王に謁見して言う。
「本日は諸王侯にも壇上に上がって頂き、全軍の先鋒を定めねばなりません」
「軍勢を集めることは難しくない。適した将に任じることが難しいのだ。
「将たるものはみな武芸に練達しており、にわかに優劣を決しがたいものです。そのため、講武場には百四十斤(約83.5kg)の
成都王はそれを聞いて頷いた。
辰の刻を前に砲声と金鼓の音が響く中、諸将が続々と講武場に参集してきた。諸将が揃うと諸王侯は壇上に上がり、順に席に着いて講武場を見下ろす。
陸機は最前列に坐し、その左には
▼「軍政司」は軍令を記録する官、「紀功主簿」は軍功を記録する官と考えるのがよい。
居並ぶ諸将に陸機が言う。
「
▼「掌軍元帥」は前段では「點兵元帥」となっており、別に「惣兵元帥」という語も用いられている。用語に異同があるが、大意は同じであるためそのままとした。
「必ずや軍令に従います」
「軍事はただ紀律の遵守にある。これより軍勢を進めるに先立ち、
諸将は高札に従い、馬を引いて進み出た。
※
陸機が軍政の官吏に命じて合図の鼓を打たせると、第一隊の中から一将が飛び出してきた。
熊の如き
「先鋒の印は吾がいただく」
その言葉が終わらぬうちに第八隊から一将が駆け出す。身の丈八尺(248.8cm)の
「銅標を担いだところで先鋒など務まるものか。吾の演武が終わるのを待っておれ」
馬上に鎗を振るって場中を一周すると、硬弓を執って三矢のすべてを銅標に射中てる。さらに銅標を抜き取ると、両手で持ち上げたまま場中を一周した。
銅標を担ぎ上げたままに叫ぶ。
「先鋒に相応しいのは吾を措いて他にない」
見れば、それは荊州刺史の劉弘麾下の
そこに第三隊の軍旗の下からまた一将が飛び出した。黒々とした面に釣りあがった眉と車輪のように丸い両目、
「先鋒の印はまだ置いておけ」
壇前に突き進んで
▼「宣花矛」は不詳、
東海王が悦んで言う。
「先鋒は何倫に決まった」
そこに
「吾が先鋒の印を掛けるのを見ておれ」
大刀を車輪のように回すと一転して
▼「飛鎚」は通常小ぶりの
成都王も悦んで言う。
「先鋒は石超とほぼ決まったか」
「まだ吾が将帥が演武を終えていません。それを待ってもっとも優れた者を択ぶべきです」
「元帥よ、納得したなら先鋒の印を吾に与えよ」
石超はそう叫ぶと、銅標を左右に二度ずつ打ち下ろすようにした。それを見た軍士たちも大喜びで叫び足を踏み鳴らす。講武場はまるで地震のように揺れた。
陸機は成都王の意を迎えて印璽を取り、石超を先鋒に任命しようとした。その時、第十二隊から一将が駆け出て壇前に踊り出る。
「この程度では奇となすに足りん。先鋒の印を与えよなどとよく言えたものだ」
一将は徒歩で講武場に立つところ、軍士は二頭の馬の尻を鞭打って追い放つ。抜き身の大刀を振るいながら、一丈ほども離れたところから奔馬に飛び乗った。
それでも刀を振るう手元に狂いはなく、いつの間にやら刀を一丈八尺の
場内を一周すると、もう一頭の馬に乗り換え、すでに手は蛇矛から
軍士たちは歓呼して口々に叫ぶ。
「この将軍は神業だ」
「この将軍こそ先鋒に相応しい」
演武を終えて壇下に立つ将を見れば、劉琨麾下の姫澹であった。
軍士の歓呼が終わらぬ中、第九隊から北宮純が斧を手に飛び出す。
「武芸は将家の習い、奇とするにあたらぬ」
硬弓を執ると三矢を放って銅標を射中て、さらに背面から三矢を放って同様にする。銅標を抜いてゆっくりと輪を描くように一周回すと、元の場所に突き立てて言う。
「盟主、元帥はこの硬弓と銅標で先鋒を定めようとされている。諸王侯は吾に先鋒の印を与えるのが当然であろう」
その言葉が終わる前に、廣州の呉寄、滎陽の郭黙、范陽の王曠たちが一斉に演武場に飛び出し、これまでの演武に勝るとも劣らぬ武芸を披露する。
これらの将の中でも抜群の武芸を見せたのが、河間王麾下の張方と王浚麾下の祁弘、字は
そこに斥候が報告する。
「漢賊は
「狡猾な賊徒どもめ、見下しているつもりか。孤が自ら天下の軍勢を会したと知りながら、逃げもせずに漳水に拠って争うつもりとは。すぐさま軍営を踏み破って
報告を聞いた成都王は怒りを籠めて言ったことであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます