第七十八回 曹嶷と夔安は徐玖舒と戦う
「お前たち二人は
曹嶷たちは恩を謝すると、二万の軍勢とともに汲郡を目指して出発した。
漢主は別に使者を兗州に遣わし、軍を労うとともにさらに軍を進めるように命じる。劉聰は漢主の命を受けると、諸将を集めて軍議を開いた。
劉聰が口火を切る。
「主上は曹嶷を汲郡に遣わされたと聞く。吾らも軍勢を発し、汲郡に向かう晋兵を阻まねばなるまい。
「青州攻めを軽率に決してはなりません。青州は二人で百人にあたり得る山河の険があり、古より
▼「二人で百人にあたり得る山河の険」は『後傳』では「百二山河之固」、『
▼「三齊」は『史記』項羽本紀の注に引く『
各人がそれぞれ是非を述べるところに急使が駆け込んで報じる。
「曹嶷の軍勢が汲郡に入りましたが、守将の
この徐玖舒という者は、
▼徐晃の子は
▼郭淮の子は
劉聰は報を受けて一驚し、張賓に方策を問うた。
張賓は言う。
「曹嶷はすでに交戦しており、
劉聰は張賓の献策に従い、鉅鹿には
張賓が進言する。
「兗州は要害の地、諸郡を防ぐ防波堤にあたります。守りが薄くては苟晞が青州より攻め返してきた際に耐えられません」
その意見により、
劉聰は守将たちを厳しく戒めると、自らは主力を率いて汲郡を目指す途についた。
※
曹嶷は汲郡に到った後、徐玖舒と郭戎が智勇に優れていると聞き知り、その計略に嵌らぬように注意して対陣をつづけていた。
徐玖舒が郭戎とともに軍議を開き、曹嶷を破る計略を練っている最中、州境付近に放った斥候が馳せ戻って報せる。
「漢賊の劉聰が兗州から軍勢を率いて加勢に向かっており、日ならずこの地に到ります」
徐玖舒は郭戎の顔を見ると、歎じて言う。
「曹嶷率いる二万の軍勢さえ退けておらぬというのに、劉聰が加勢に来るとなれば、さぞかし多くの謀士勇将を引き連れておるだろう。まさに虎に翼を生じるというものだ。さて、どのような計略によればこの窮地を切り抜けられるだろうか」
「劉聰の軍勢が到るまでに曹嶷を
「どのような計略で曹嶷を擒とするつもりか」
「この
徐玖舒はその献策に従い、副将である
▼張郃の子は
さらに、
「吾が谷口を抜け出るのを待ち、砲声を聞けば一斉に伏兵を起こせ」
そう約すると、それぞれに軍勢を率いて伏所に向かった。
※
翌日、徐玖舒は軍勢を率いて出戦し、漢の軍営に攻め寄せる。
夔安も出戦して迎え撃とうとしたが、曹嶷が止めて言う。
「お前はここに留まって軍営を守れ。桃虎は二千の精鋭を率いて遊軍となり、吾が賊を擒とするのを待っておれ」
それを聞いて夔安が言う。
「一軍の大将は進退を慎んで軽率に動かねえもんだろう」
「重々承知しておるわ」
曹嶷はそう言うと、一万の軍勢を率いて軍営を出た。両軍が陣を整えると陣頭に出て言う。
「お前らは先の敗戦にもまだ懲りねえのか」
同じく陣頭に立つ徐玖舒も言い返す。
「妄言を抜かすな。お前が勝ったところなど見たこともない。吾に勝てると言うならば、今日こそ見事に勝敗を決してみせよ」
曹嶷が攻めかかり、刀を回して晋の軍勢に斬り込んでいけば、徐玖舒も刀を抜いて迎え撃つ。二人は馬を馳せて戦うこと三十余合に至るもなお勝敗を決さない。
徐玖舒は曹嶷が計略を警戒していないと見て取るや、わざと刀を受け損ね、東を指して逃げ奔る。計略があるとは露知らず、曹嶷はひたすら跟に追いすがる。
前方に陥虎山が見えた頃、徐玖舒は軍士に叫んで言う。
「この賊の凶猛は尋常ではない。お前たちは早く城に戻って郭参軍(郭戎)に伝えよ。吾はこれより洛陽に向かい、援軍を連れて戻ってくるとな」
それを聞くや晋兵たちは四散して姿を消し、徐玖舒は単騎で谷中に駆け込んだ。
跟を追う曹嶷は計略とは夢にも思わず、洛陽に行かせまいとつづいて谷中に駆け込んでいく。谷中に入れば、左右に崖が屹立して道は曲がりくねり、先を行く徐玖舒の姿はすでにない。
「この地形はまずい」
計略に気づいて馬頭を返し、谷中より逃れ出ようと図った時、砲声が響き渡った。それを合図に晋軍の伏兵が発し、郭戎が高台に姿を現すと叫んで言う。
「漢将よ、よく聞くがよい。この谷から逃れる道はない。すみやかに馬より下りて投降し、擒となるを免れよ。投降すれば、胡族の中に身を落としたとの汚名を避けられよう」
それを聞いた曹嶷が言い返す。
「賊はお前らのことだろう。魏に叛いて晋に仕える裏切者が正道を説いたつもりかよ。死んで恨みが残るなら、司馬氏を族滅できなかったことより他にねえ」
言うや軍勢を率いて郭戎に攻めかかるも、
東の谷口も張駑に塞がれており、進もうとすれば西の谷口と同じく箭が乱れ飛び、進退に窮まった。軍士が言う。
「東西の谷口を塞がれては、にわかに脱け出ることはなりますまい。軍勢を空き地に移して火攻めを避けねばなりません。しばらく耐え凌げば必ずや援軍が参りましょう。援軍が来れば鬨の声が挙がるはずです。その声を聞いた時に谷中より内外呼応して敵を打ち破れましょう」
曹嶷はその言に従って谷中に堅陣を敷き、晋軍の襲来に備えた。
※
この頃、曹嶷に遅れて谷中に入れなかった漢兵たちは、軍営に馳せ戻って夔安に事の次第を報せていた。夔安は一驚すると軍勢を率いて救援に向かおうとし、桃虎がそれを止めて言う。
「いけねえよ。吾らがここを出れば郭戎は奇兵を出して兵糧を焼く。兵糧を焼かれちゃあ退くより他に仕様がねえ。将軍は留まって守りを固めてくれ。吾が太子の許に行って救援を呼んでくらあ。援軍さえ来りゃあ、囲みは自ずから解けるってもんだろ」
夔安は桃虎の意見に従うこととし、桃虎は馬を飛ばして夜明け前には劉聰の軍勢に行き会った。桃虎はただちに劉聰の前に向かい、曹嶷が晋軍の包囲を受けた事情をまくしたてる。
それを聞いた劉聰が一驚して言う。
「兵糧も帯びずに包囲を受けて一昼夜を経ているならば、曹嶷の困窮は甚だしかろう。今すぐ軍を発して救援に向かう。手遅れになっておらねばよいのだが」
桃虎を
張賓が言う。
「徐玖舒にはかつての徐晃の勇猛があり、郭戎もまた郭淮の智謀を受け継いでいる。無闇に曹嶷を救い出そうとすれば、かえって死地に追いやる虞もあろう。そうなっては一人の良将を失うことになる。まずは王先鋒(
張賓の計略を聞き、劉聰が懸念を口にする。
「郭戎は祖父に勝る
「それは殿下の思い過ごしというものです。まずは徐玖舒を破って曹嶷を救い出し、その後に余事を議するのがよろしいでしょう」
張賓は劉聰の懸念を打ち消すと、
「お前たち二人は二千の精鋭を率いてこの通りにおこなえ」
言い終わると計略を記した札を渡す。ついで
「晋兵が曹嶷に攻めかかっていなければ、この計略はおこなうな。その時には砲声を挙げて谷口を防ぐ敵に攻めかかり、打ち破って谷中より曹嶷を救い出せ」
四将は命令を受けて陥虎山に向かった。
さらに王彌と
「お前たち兄弟は三千の軍勢を率いてただちに徐玖舒の軍営に攻めかかれ。救援が来るようであれば、打ち破るように勉めよ。救援がなければ、糧秣を奪って敵を誘き出し、奇兵を出して救援を破れ。仔細は先鋒の裁量に委ねるが、軍勢を弱兵に見せかけて徐玖舒を釣り上げ、その隙を狙って奇功を挙げて見せよ」
王彌は徐玖舒を欺いて破れという張賓に抗言する。
「徐玖舒は驍勇を知られており、救援に来れば好敵手となりましょう。たとえ一騎打ちにて斬り得ぬとしても、百歩先から敵を撃ち殺す
劉聰は王彌の言に喜び、激励の後に送り出した。
張賓はまた
「お前たちは二万の軍勢を率いて汲郡の境上に駐屯し、威勢を張って城兵を威嚇せよ。城中より救援が出るようであれば、行く手を阻んで進ませるな」
それぞれに命令を受けると、明日には徐玖舒を破ると約して陣を発った。
※
徐玖舒もまた漢軍の救援が来たと聞き、甥の
徐玖舒が言う。
「曹嶷が陥虎山に窮して一日と半ばを過ぎており、もはや人馬ともに飢え疲れていよう。曹嶷を棄てて救援の軍にあたっては先の功が無に帰する虞もある。まずは曹嶷を破ってから救援の軍にあたるとしよう。夜陰に乗じて柴草と火具で谷中に火を放ち、焼き払うのがよかろう。たとえ生き残ったとしても、両谷口より攻め込めば曹嶷を擒とすることも容易い」
郭戎が反対して言う。
「そのような必要はありません。兵法に『士卒を全うするのが仁であり、惨殺するのは暴である』と言います。吾らには十分な兵糧があり、曹嶷にはありません。ただ谷口を防ぎ止めておれば、自ずと餓死しましょう。放って置けば死ぬ者たちに意を用いるには及びません。将軍の策をおこなえば、士馬を損なう虞がある上に、闇夜の戦いは吉凶を測れません。昼間におこなえば、立ち登る煙を見て漢賊が殺到しましょう。ただ兵を控えて様子を窺い、救援が谷口に寄せればそこを救い、城を囲めば城を救えばよいのです」
「参軍の言には理がある。吾が軍勢を率いて張駘を助け、漢賊の救援を退けて谷口を塞ごう。参軍は一軍を率いて城の付近を警戒し、漢賊が攻め寄せられぬようにせよ」
徐玖舒と郭戎は策を定めると、軍営には弱兵を留めて糧秣を守らせ、それ以外は谷口と城に向かって軍を発した。
軍営を発ってほどなくすると、哨戒の兵が馬を馳せて報せる。
「西北の方角に漢賊の一軍があります。その兵を見るに精鋭ではないようですが、軍営を攻めて糧秣を奪おうとしているようです。急ぎ救援して下さい」
徐玖舒は
「吾らを釣ろうとしているだけであろう。些少の糧秣など意に介するにもあたらぬ。奪うなら奪えばよいのだ。その間に曹嶷も飢え死にすることとなろう」
張駘が反対して言う。
「いけません。漢賊に糧秣を奪われて軍営を焼き払われれば、軍の士気を挫きます。たとえ空営であっても軍の拠点である以上、救わないわけには参りません」
その言葉を聞いて徐玖舒は翻意し、張駘に五千の軍勢を与えて救援に向かわせた。
※
張駘はただちに軍営を指して進み、風のように王彌の軍勢に襲いかかる。
「斬り殺されたいと願う愚か者め、吾らの軍営に攻め寄せるとは大胆なものだ。徐、張の二将軍が名将の家柄であると知らぬのか」
王彌はまず王如に張駘と戦わせ、自らは門旗の下に馬を立てて成り行きを見守っていた。
二人の戦いが十合に及ぶ前に強敵ではないと見切ると、馬に鞭打って張駘に迫り、大喝一声とともに
王彌は張駘を投げ捨てると、晋の軍営に討ち入って糧秣を運ぶ輜重車を奪い取り、張駘を車に縛り付けて蒼山に向かうよう見せかける。
晋兵たちは急ぎ戻って徐玖舒に報せた。
「漢賊どもが張将軍を擒にして軍営より輜重を奪い、蒼山に向かって曹嶷を救い出すつもりのようです」
徐玖舒は問い返す。
「敵将は黄色い眉と緑の眼の夔安という男だったのではないか」
「そうではありませんでした。何者かは分かりませんが、出戦した者を見る限りそれほど雄偉な体躯ではなく、ただ『鹿を獲るつもりで犬を獲ってしまったか』と呟いておりました」
それを聞くと徐玖舒は怒り、馬に打ち跨って刀を抜くと、ただちに
輜重を取り返そうと王彌の陣に追いつき、その様子を見れば隊伍は乱れて足並みも揃っていない。先頭に立つ王如は刀を提げて進み、徐玖舒の軍勢を見て迎え撃つ動きもない。
己を軽んじるような素振りに徐玖舒はますます怒り、馬を
王如も刀を抜いて接戦すること二十合ほどで、車を押して逃げ出した。徐玖舒は逃がすまいと追いすがり、王如はただ車の後を追って奔っていく。
その車の上に張駘が縛り付けられているのを見ると、風を捲くように馬を馳せて漢軍を半ばまで追い抜いた。その時、王如は馬を返して叫ぶ。
「お前がこの者を救い出したいというなら、吾のこの刀に勝ってからにするがよい」
徐玖舒はそれを聞くと大いに哂って言う。
「逃げようとして道がなく、やむなく引き返した割りには大言を吐く。吾がお前の首を斬り落とすのを待つがいい。それから輜重を取り返したところで遅くはない」
言うや刀を抜いて王如に斬りかかる。
数合にもならないうちに王彌が後ろから馬を馳せ到る。迫り近づくと大喝して徐玖舒に襲いかかった。徐玖舒が慌てて頭を回らせると、早くも王彌が放った飛鎚がその背に打ちあたり、馬から地面に叩き落とされる。王如はそれを見ると
「さすがは王飛豹将軍の名人芸、と言わねばなるまいな」
言うが早いか、馬より下りて首級を挙げた。百戦練磨の猛将も両断されて
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