第六十六回 齊王司馬冏は政を専らにす

 齊王せいおう司馬冏しばけい成都王せいとおう司馬穎しばえい)の願いを容れて挙兵に従った者たちの功を論じた後、腹心の者たちを朝政の要路に置いた。それにともない、董艾とうがいが政事の枢機を握って万機を統べ、葛旟かつよ孫洵そんじゅんが参謀を務めて王義おうぎ郭鎮かくちんとともに縣公に封じられる。

 時人はこの五人を「齊腹せいふく五公ごこう」と称し、齊王は世人がそう呼んでいることを知るや、私党を布いたとのそしりを受けるかと懼れ、盛んに名士を登用した。

 劉殷りゅういん軍諮ぐんし祭酒さいしゅに任じ、曹櫨そうろ記室参軍きしつさんぐんに任じ、張翰ちょうかん孫恵そんけい掾属えんぞくに任じ、顧榮こえい王豹おうひょう主簿しゅぼに任じ、何勗かきょく中領軍ちゅうりょうぐんに任じた。

▼軍諮祭酒は三国時代に魏におかれた軍祭酒に同じ、参謀や軍事監察を担う。

▼中領軍は領軍将軍と同じく禁衛兵を統べる。

 その一方、鎮所の山東さんとうについては苟晞こうきを府の参軍に任じて刺史を兼ねさせ、齊地の留守を委ねる。その弟の苟暉こうき臨朐りんくの令として留守を任せられた。

 その傍ら、王催おうさいせつ宣旨せんしを授けて金墉城きんようじょうに向かわせ、王号を奪われた司馬倫しばりんに薬酒を届けさせた。つまり、死を命じたのである。

 宣旨が読み上げられると、司馬倫は大哭だいこくして言う。

がどうしてこのようなことを思いつこうか。今日の事は孫秀が孤を誤らせたのだ」

 幾度かそう言いながら徘徊したが周囲には親しい者もおらず、ただ雨のように涙を落とすだけであった。そうするうちに時を移し、王催が催促する。

 司馬倫はやむなく酒盃を手にして溜息を吐き、王催に願った。

「孤は小人に誤られて背逆の罪に陥ってしまった。何の面目があって黄泉の祖宗に見えられようか。孤が死した後、布帛ふはくで顔を覆って祖霊に面を見せないようにしてくれ」

 言い終わると薬酒をあおって命を絶ち、王催はその屍を収めて朝廷に復命ふくめいした。


 ※


 成都王をしりぞけて趙王を殺した後、齊王は国政を専らにして「齊腹の五公」を重用し、五人の威権をはばかおそれない者は朝野になくなった。

 世人はこれよりどのような災異があるかと囁き交わしたが、ほどなくさまざまな変事が起こり始める。

 河間かかんの州境では頭に四本の角を持つ獣が現れ、その身は八尺(約2.48m)、頭は火のように赤く、誰もその名を知る者がない。三日ほどいなないた後に走って河間の関を越え、さらに三日すると掻き消したように姿を消した。

 廬江ろこうでは何旭かきょくという者の家で突然地下から豚の鳴き声が聞こえた。どこから聞こえるか探して土を掘り返してみたところ、色が青白く痩せ細った一匹の母豚が出てきた。土から出すと走って草むらの中に隠れ、探しても見つからない。しばらくすると草むらから二匹の子豚が走り出てきた。雌雄一匹ずつあり、雌は七日して死に、雄はよく餌を喰らって数月すると自分で餌を獲るようになった。

 ある日、何旭が客を接待して宴を開いた際、その豚が座敷に駆け上がって椅子に座った。満座の人々は愕き怪しんで追い出そうとしたが、豚は鳴き声を上げるだけで出て行こうとしない。何旭が大喝すると、すぐさま走り出て行方知れずとなった。

 齊王が襄城じょうじょうに出向いた際には、州境の近くで一人の小児が現れて道に立った。人々が見れば体も髪もすべて白い。何者かと問えば、「八歳八歳」と呼ぶ声が聞こえ、掻き消したように姿が見えなくなった。

「孤の眼が曇ったわけではない。なぜこのような怪異が起こるのか。不吉な事が起きなければよいのだが」

 齊王が嘆息して先に進むと、小児が消えた場所に詩を書き付けた一箋が落ちている。

  三八年来太平を見る 再び一八を過ぎて紛更ふんこうを致す

  五八の中の南と北 八王の取り次ぐを自ら相尋あいたづ

▼詩意は不詳、晋建国からの年数などを調べれば意味が取れると推測されるが、八王の乱を予言する詩にすぎない。

 齊王はこの詩を見て大いに愕き、鬱々とした気分で洛陽に戻った。すると、近侍の者が次のように報告する。

「昨日、洛陽城の東北で広さ一里(約560m四方)ばかりの地が陥没し、その穴中より二羽の鵞鳥がちょうが出てきました。一羽は白く、一羽は蒼く、捕らえようとすると蒼い方は飛び去ってしまい、白い方は飛べないようで捕らえられて東海王とうかいおう司馬越しばえつ)に献上されました」

 齊王が見てみようと東海王の許に使いを出すと、使いが戻って報告する。

「どこかに飛び去ってしまったようで、姿がありません」

 この頃は、このような怪異が毎日のように起こっていたことであった。

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