第五十一回 趙王司馬倫は謀りて賈后を廃す
「あれは何という星でしょうか」
問われた張華が答える。
「あれは
翌日、同じように空を眺めると、星は見あたらない。張韙は父を諌めて言う。
「天象に異変があるのは世の人を
「吾は赤心をもって国家に尽くしているが、賈后が朝に臨んで虐を
張華がそう濁したものの張韙は諌めてやまず、ついに上表して骸骨を乞うた。しかし、晋帝と賈后はそれを許さず、身が老病であれば静養しつつ職務を執るがよいと慰留され、ついにその諌めを容れずに終わった。
※
張華が病を理由に辞職を申し出たため、晋帝は輔佐のために
司徒となった王戎は、朋党や一族を次々に高官に就けていく。手始めに
王戎が任用した者たちは、その一族や姻戚であって名門出身、当代に名を知られる者たちである。しかし、彼らは流行している清談に
司徒に任じられた王戎からして時論を離れて遠略を廻らす能はなく、ただ蓄財にのみ心を傾けて国政を省みなかった。世人は上を見てそれに倣い、誰もが私利を専らとするようになる。
清談の流行により時俗から離れるのを高尚と見なし、
※
そのような世情の中、
二人は皇太子の死を知って旧恩を思い、仇を打つために趙王に献策する。しかし、趙王は決断を下さず、二度と進言しなかった。
「諺にも『将を得るにはまず馬を射よ』と言う。吾らが事を挙げるよう勧めても、趙王は決断されない。ここは信任を得ている
そう相談すると、二人は金珠を携えて孫秀に面会した。事情を聞いた孫秀は言う。
「聖上は賈后の虚言を信じて皇太子を廃し、これを誅された。吾もそのことを知り、及ばぬながらも悔いておる。この件は政事に関わりがある者たちはすべからく憤慨すべきであろう。吾からも事をおこなうよう趙王にお勧めしてみよう」
司馬雅、士猗と孫秀の三人はさらに話し合って策を定めた。
「賈后は嫉妬に狂ってついに皇太子を殺害しました。これは国家の大罪人です。先に張華と語らって
それより、孫秀は趙王に謁見の度にそう言い、ついに趙王も決断して言った。
「
趙王に賈后の
孫秀はかつて趙王とともに
※
賈后を討つと意を定めた趙王は、
張林が勧めて言う。
「漢の
▼齊王の司馬冏は
▼淮南王の司馬允は武帝司馬炎の子、晋帝司馬衷の弟にあたる。
「誠にそのとおりである。孤が専断したという
趙王はそう言って張林の進言を納れ、閭和を齊王の許に遣わして入朝を促すとともに、
趙王自らは賈后に謁見して言う。
「先に齊王と淮南王より書簡があり、『皇太子が罪なくして
賈后は趙王の企てに気づかず、その言葉が事実であると信じた。
※
趙王はこれ以降、洛陽の王府に留まって賈后誅殺の計画を練る。数日のうちに齊王も軍勢を率いて城外に到着し、趙王は使いを出して趙王府に招じ入れ、
酒が数回行き渡り、互いに歓情を尽くしたところで趙王が言う。
「今や賈后は朝権を
それを聞いて齊王と淮南王も言う。
「孤も賈后の所行を見るにつけてそのことを思っておる。しかし、齊国の兵力だけでは事を果たせず、朝権が余人にあってはただ憂えるのみであった」
「今や三王がここにあり、いずれも宗室の重鎮である。賈后を誅殺することも難しくはない。しかし、詔を奉じることなく洛陽城に入れば、賈后が疑心を生じよう。予め備えて謀られることを避けねばなるまい」
淮南王の懸念に趙王が答える。
「孤が先だって賈后に謁見して
張林は齊王到着の報を聞き、
▼左衛督副、右衛督副は禁軍の左衛と右衛の副官の意と解するのがよいだろう。
「大王におかれては遅滞されませんよう。遅れれば事が洩れることもありましょう」
「諸賢の協力は孤も心強いが、兵権はなお
齊王が懸念すると、趙王が言う。
「それならば、孤が人を張華の許に遣わして詔書を出させよう」
閭和が趙王に反対して策を述べる。
「張司空は剛烈の人ではありません。この大事を決して主導しないでしょう。明日、趙王が賈后に見え、『
趙王は閭和の策に従い、翌日には入朝して賈后に謁見して策のとおりに談ずる。
予想とおり大いに愕いた賈后は怒って言う。
「謀叛となれば防備を固めて謀を許さぬのが上策です。王の憂君愛国の意は重々伝わりました。聖上には妾より上奏して東安王の処し方を定めます」
「齊王の司馬冏も忠正の者です。幸い、皇孫の
趙王はそう言うと城外に出て齊王を呼び寄せ、齊王はついに入朝して恩を謝した。
※
司馬雅は趙王の命を受けて張華に面会していた。
「趙王と齊王が小将を遣わした理由は、ともに皇室を輔けて
「今や天下泰平、百官は各々の職を奉じておる。賈后が朝政に関与してはいるものの、賈謐、賈模といった賢明な者に政事を委ねており、聖上を
張華がそう言って拒むと、司馬雅は怒気を帯びて退く。府門を出てから呟いた。
「刃がその頸に加わる直前になっても、あの老賊は同じ言葉を吐けるのか」
趙王は司馬雅の報告を聞いて怒り、齊王と約して
駱休、張林、
「賈后は嫉妬を懐いて賈謐らと謀り、楊太后を害して皇太子を
宮内にも皇太子の死に同情して賈后を憎む者は多い。趙王、齊王、淮南王の三王が賈后を廃する兵を挙げたと聞くと、ことごとく門を開いて軍を解散し、三王の軍勢を迎え入れる。淮南王が先頭に立って進み、三軍は鼓声とともにその後から雪崩込んだ。
※
趙王は宮内に賈后の備えがないと見ると、雲龍門を守る許超たちに命じて淮南王の軍勢と合流させた。三王の軍勢が宮城を囲み、門を打ち破って雪崩込んでいく。
各門に残っていた兵士たちも、師景の死を聞くと持ち場を捨てて逃げ出していく。それより三王の軍に歯向かう者はいなくなった。
賈后が異変を聞いて禁兵に厳戒を命じたところ、張林、卞粋、蔡璜、李儼たちが軍勢を引き連れて現れ、大呼して言う。
「聖上の密詔を奉じて賈模、賈謐らを捕らえに参った。吾に随って宮に入れ」
先頭に立つ齊王が宣する。
「賈后はどこにいる。皇太子にどのような罪があって誅殺したのか。お前は貞婦の徳を失って朝廷を汚し、朋党を招き
「聖上は妾と日夜起居を伴にしておる。宣旨はみな妾より出ているにも関わらず、この詔はどこから出たのか。この詔は偽りじゃ。みなの者、齊王の言葉に従うでない」
賈后が言うと、張林と卞粋は哂って応じる。
「それならば、先に
賈后は一言もなく宮殿の北にある楼閣に逃げ込み、晋帝のいる
「萬歳皇帝、お前は一国の主でありながら、一婦の命を保つことさえできず、詔を与えて妾を廃するとは。今日、妾に及んだ禍は日ならずお前にも及ぶことだろう。結髪の情を思い返し、早く来て妾を救え」
齊王の軍士は賈后を探したものの、どこにも見当たらない。そこに楼閣の上からこの声が聞こえた。齊王と淮南王は張林に楼閣の賈后を捕らえるよう命じたものの、軍士たちも賈后を
「お前は醜い嫉妬から吾が家を破ろうとし、数多の
淮南王はそう言って軍士に命じ、ついに賈后を捕らえて
※
趙王、齊王、淮南王は晋帝に請うて
この時、張華は末子の
「吾が早く辞職されるようにお勧めしても聞き入れられず、さらに趙王に逆らわれるとは、遠からず禍が降りかかりましょう」
張韙が言い終わらぬうちに、張林が軍勢を引き連れて現れた。
「司空の肘にこの
「卿は
「楊太后が幽閉され、皇太子が廃嫡される際、司空は一言の理も述べず、賈后に
張林の言葉に張華は一言もなく縛についた。
正殿では趙王が殿上で賈后、賈午の兇状を述べてその罪を定めるよう大臣たちに命じていた。
その様を見た晋帝は怖れ
「王らは宗室の至親、朕とは一体である。今や国のために功績を立てて悪逆を除き、法を行おうとしているのであるから、朕の宣旨を請うには及ばぬ」
この言葉により賈氏とその姻戚である郭氏の一党は捕らえられ、ことごとく斬首されて三族を夷滅された。さらに、張華とその子供二人、孫三人もみな刑戮に遭った。ただ、張韙の長子である
また、裴頠の三族を滅ぼすことを主張する者もいたが、趙王、孫秀ともに害を受けておらず、罪はその身に止められて二人の子は遠方に配流されることとなった。
さらに雍州刺史の解系も兄の
「解系は遠く雍州にあって直接関与しておらぬとは言え、誅殺せねば解結の死を恨んで謀叛を企てる虞があり、赦すわけにはいかぬ」
趙王の私怨により解結、解系の兄弟をはじめとする解氏も族滅されたのであった。
※
三王は晋帝に上奏し、楊太后と皇太子の位号を旧に復するとともに、皇太子の子の
趙王は自ら
齊王は
▼司徒は三公の一つで財政や教育を、司寇も同じく三公の一つで治安や刑罰を総覧する。
趙王は自ら政事にあたり、嫡子の
この時、
趙王は孫秀の勧めに従い、賈后を誅殺するよう上奏した。晋帝は趙王の意に逆らえず、ついに
趙王は詔書と
朝権を握って専権を振るった賈后もついに因果応報の理を逃れられず、自らの身を滅ぼした。朝野の人々は天運の誡めであろうと囁きあったことであった。
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