第三十九回 漢将は再び晋将を破る
計略により
その使者の
孟観が参拝の礼を終えると、梁王はさっそく問いかける。
「元帥はすでに齊萬年を討ち取って賊の心胆を寒からしめ、その勝勢に乗じて涇陽を抜くべきところ、この半月は陣を構えて出戦しておらぬと聞き及ぶ。どのような計略によるものか」
「先に齊萬年を討ち取ったとはいえ、涇陽城下で
「それでは持久戦となって銭糧を多く費やすことになる。また、賊に兵威を蓄える時間を与えて後患を残すようなもの、すみやかに大軍を発して涇陽を奪還すべきであろう。大晋の城池をいつまでも賊の好きにさせておくわけにはいかぬ。将軍は主帥の任を受けている以上、いささかの反攻に臆して大晋の軍威を損なってはなるまい」
その言葉に問責の色を感じ、孟観は畏まって応諾した。
翌早朝、孟観は梁王とともに涇陽の城下に到って軍営を構えた。
涇陽城内では
「北門より見張っておりましたところ、西北の空に砂塵が揚がり、一軍がこの城に向かっているようです。距離を測るにそれほど遠くはありません」
「北より兵が来るとは、
▼代北は山西北部、
劉淵が厳しい表情でそう言い、張賓は諸将とともに城門に上がって西北を見遣る。城下に姿を現したのは、
「吾らは柳林川で軍の動向を探り、その消息は
諸将が二人を慰労して情勢を説明しようとしたところ、包囲を終えた晋軍が砲声を轟かせた。張賓はすぐさま諸将の分担を定めて各門に遣わし、守りを固める。
「先の戦で
劉霊が言うと、
「孟観だけならともかく、梁王の兵も加わって戦意は旺盛です。この涇陽を落とすと決意しての出兵でしょう。籠城だけでは勝利はなく、必ず城下の陣を破って撤兵に追い込まねばなりません。しかし、力攻めでは被害が大きくなりましょう。先に策を定めて後にこれを破るのです」
それを聞いた張賓が言う。
「いや、打って出るのもよかろう。敵情を探ったところ、孟観はまだ計を定めておらず、戦意はない。出戦したのは梁王が軍営を訪ねてからのことだそうだ。つまり、梁王に責められて兵を出さざるを得なかった
劉霊は鎗を引っ提げて馬に打ち跨るや、本営の護衛にあたる三千の兵を率いて城を出た。それを見た諸葛宣于が愕いて言う。
「諸将の配置もまだ終わっておりません。なぜ劉霊の無謀な出戦を許したのですか。急ぎ人を遣わして呼び戻しましょう」
「劉霊の戦意は出戦せねば鎮まらぬ。すぐに
張賓が言うと、援軍を率いて着いたばかりの楊龍が進み出る。
「吾は着いたばかりで
そう言い終わる前には馬に乗って駆け出した。張賓は五千の軍勢を楊龍の麾下とし、後を追って走らせる。
※
劉霊につづいて楊龍が西門を出ると、晋兵が隊伍を組んで劉霊の行く手を阻み、鎗先を揃えて進ませない。劉霊は物も言わずに馬を駆り、砲声が起こるや
劉霊と李肇の二人は矛鎗を交えて戦うこと三十合、戦うほどに鎗先が鋭くなるものの互いに微塵の怖れも見せず、互角の戦いを繰り広げる。
李肇の奮戦で踏みとどまる晋の軍列であったが、横ざまからさらなる猛撃を受けて乱れ立つ。白い面に紅い唇、長い眉に秀でた目、懸けた鼓のように広い額の一将がその軍勢の先駆けに立ち、馬上で大鎚を車輪に回す。
すなわち張賓に命じられて加勢に出た
▼『後傳』では「楊興寶」と明記されていないが、
思わぬ攻撃に軍列が乱れたところに、
張實が紀詹を迎えて戦う最中、さらなる砲声が天に響く。何事かと顧みれば、東門より
三軍がそれぞれに晋軍に攻めかかって両軍の
※
その時、真北の方角にさらなる一軍が姿を現す。
先頭に立つ一将は縮れた眉に
勅命を受けて
▼右衛将軍も
その麾下には
胡延晏と祁弘は悪戦苦闘すること三十合を越えても勝敗を見ない。祁弘の戦意はいよいよ高く、強敵と見た弟の胡延攸も刀を舞わせて斬りかかる。
張敬と
頭蓋が砕かれて血煙が揚がり、周輔は一言もなく命を落とした。
張敬は逃げ出した刁闡を追って馬を馳せ、その背を一突きして討ち取る。周囲を見回せば、すでに晋兵の屍は延々と道に重なって溝を塞ぐ。
いよいよ日が暮れて夜陰が迫り、孟観、李肇、祁弘の三将は軍勢をまとめて軍営に退いた。
「今日の戦を観るところ、賊軍には驍勇の将が少なからず、祁弘の援軍が間に合わなければ、敗戦の憂き目を見るところであった。主帥はどのような策で賊軍を破るつもりか」
梁王の問いに孟観が答える。
「賊軍の士気はいまだ高く、力攻めでは降せますまい。知略で降すよりありません。明日早朝より軍勢を出してすべての城門を囲み、門ごとに数千の
梁王も孟観の意見を是とした。
※
翌日、辰の刻(午前八時)より晋兵は旗を収めて金鼓を隠し、城下に入って城の四門を包囲する。張賓と諸葛宣于は城壁に上がって守兵を点検していたが、晋兵が弓弩を城門に向けて並べているのをしばらく観ていた。
「孟観の意図がお分かりになりましたか」
諸葛宣于の問いに張賓が答える。
「昨日の戦いで晋軍は劣勢となるばかりか二将を喪った。孟観は野戦では勝てないと知るものの、兵法を知らぬ梁王が速やかな平定を命じたのであろう。これは、梁王の意を宥めるために形ばかり軍勢を出して城門を囲み、吾らの出戦を畏れて弓弩を並べているに過ぎぬ。つまり、孟観の本意ではなく、梁王の要求を容れた結果だろう。日が落ちれば陣に戻る。その後退に乗じて奇兵で攪乱すれば、打ち破ることは容易い」
それを聞いた諸葛宣于は笑って言う。
「お察しのとおりです。城門を囲む兵を破れば、孟観も計略の施しようがなくなりましょう」
二人は城壁から下りると諸将を集めて命じる。
「昨日の敗戦に懲りもせず、晋兵たちが城門を囲んでいる。おそらくは詭計を施そうというのだろう。ただ、援軍の祁弘は
各門に諸将を配置し、一隊が出戦した後にもう一隊が連繋して動き、不利な形にならないようにするなど役割を定める。それぞれが配置について合図の砲声を待った。
※
そのころ、晋の軍営では梁王が使者を遣わして孟観に攻撃を促していた。
「軍勢が城に迫っているにも関わらず、賊は軍を出さない。それならば攻撃を仕掛けよ。敵の出戦を待って戦うなどという法があるものか」
孟観はやむを得ず、四門への攻撃を命じる。案の定、城上から降る矢石を受けて多くの死傷者が出た。兵を引いても城からの追撃はなく、未の刻(午後二時)、申の刻(午後四時)になると、城門を囲む晋兵に緩みが生じる。
「ここまで城に近づいても出戦しないのは、吾らの兵威を畏れているのだろう。今日は出戦してくることはあるまい」
そう言ってその場に座り込む者、身を伏せる者も出て隊伍が乱れはじめた。
「孟観の狙いは城を攻めることではなく、城を囲んで苦しめることにある。城内の柴水が尽きて動揺するのを狙っているのだろう。それならば、晋兵がすぐに撤退することはない。この
諸葛宣于はそう言うと、
東門からは劉霊が祁弘の陣に向かって飛び出し、楊興寶が後詰となって楊龍が門を守る。北門からは張實が飛び出して李肇の陣を突き、趙概が後詰となって黄臣が門を守る。西門からは胡延攸が伏胤の陣に攻めかかり、黄命が後詰となって趙染が門を守る。南門からは胡延晏が紀詹の陣に斬りこみ、廖全が後詰となって
各軍が殺到すると晋兵は慌て騒ぎ、軍列を立て直そうとする者もない。
攻め寄せる八将は
晋軍は大いに敗れて逃げ奔り、累々たる屍が地を覆って血が池も砂も赤く染めるほどであった。
総崩れとなった軍中にある孟観は立て直しを図ったものの、大軍であるために聞く者もいない。ついに日が暮れたこともあって祁弘らとともに軍営に退き、張賓も引き鐘を鳴らして兵を城に戻したことであった。
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