第二十回 張賓と趙染は齊萬年に会す
その時、砲声が地を震わせて金鼓の音が鳴り響き、居合わせた民は羌賊が来たと騒いで逃げ惑う。ほどなく前駆の軍勢が姿を現して関塞に殺到する。晋兵はことごとく逃げ散り、踏み止まって防ぐ者もない。
一行は悠々と関を抜けると羌賊から逃げるでもなく、道傍に並んで進軍を見物した。
前駆を務める遊軍の
これが
「
「あなた方は齊萬年将軍の軍勢ではございませんか。将軍にお会いしたいのです」
張賓が羌兵に願うも、羌兵は鼻で
「この軍勢は前駆の遊軍、齊将軍はまだ関下に留まっておられる。お前たち莫迦者は吾が軍の行路を阻んで捕らえられ、これより斬られるだけのことだ。将軍が来られるまで待ったとしても、斬られることに変わりない。それまで待つのも時間の無駄だ」
馬上の喬晞はそう言うと、張賓の一行を斬るよう羌兵に命じた。
「将軍、吾らを妄りに斬ってはなりません。吾らは齊将軍の同郷の朋友、出迎えるために敢えて道を避けなかったのです。将軍が来られる前に吾らを殺しては、かえって罰を受けることになりましょう」
張賓が声を張り上げると、羌将の中には待つべきという者もあり、羌族と漢族は南北に土地を異にして朋友があるなど聞いたこともないという者もあり、意見が割れる。そうこうするうちにふたたび砲声が響き、齊萬年が率いる本軍が到着した。
※
関上に兵馬を留めて軍営を設け、中央の
張賓が窺いみるに、将軍は頭上に銅を打って造った兜を戴いて眼光は金色に輝き、銀の甲冑と紅袍が陽を照り返す。
その様たるや威風凛々として殺気が漲っている。これが齊萬年であろう。その威風に一驚を喫する間に喬晞が進み出て報告した。
「関塞を抜いた際に晋人数人を捕らえましたが、到着されるまで処置を待っておりました」
「捕虜を得たのであれば首を斬り、軍旗に血塗って祭っておけ」
齊萬年がそう言うと、声に応じて左右に控えた羌兵が一行を引き立てる。
「
その声がわずかに耳に入り、字を呼ばれた齊萬年は側近に仔細を問うよう命じた。側近は慌てて一行に走り寄り、処刑を押し止めて一行の姓名を問う。
「吾らは蜀漢の張、黄、趙の三家の兄弟、齊萬年将軍が挙兵したと知って来たのだ」
張賓がそう告げると齊萬年は大いに愕き、立ち上がって一行を眺めればまさに張賓たちである。床几を立って駆け寄ると羌兵たちを退け、手ずから縄を解いて再拝する。
「知らぬこととはいえ、ご無礼をいたしました。平にご容赦下さい」
「永齢の忠義は
張賓がそう言うも齊萬年は
周囲の将士は愕いて一行を眺め遣る。
「齊将軍が礼を尽くされているとはいえ、席がなくてよいはずがない。床几を持ってきて将軍のお席を用意せよ」
趙染は軍士にそう命じ、軍士が床几を用意する。齊萬年は罪を謝して席に着き、軍士はそれぞれの隊に戻っていった。
「皇子はいま何処におられるのか」
張賓の問いに齊萬年が応じる。
「皇子は
それを聞いた張賓たちは、ここに到るまでの苦労を話して聞かせ、中でも
齊萬年は約して言う。
「明日には柳林川にみなさんをお送りし、皇子とお会い頂けるようにいたしましょう。これこそ、虎は羽翼を得て敵はなく、国は英雄が集って興隆する、というものです」
この後に劉淵が成し遂げる中興の兆しは、この時まさに象を結ぼうとしていたことであった。
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