Lucky Lips 5

「本当のことを話すから。怒らないで、聞いてくれる?」

「え? あ… うん」

わたしがうなづくのを確かめて、みっこはおもむろに語りはじめた。

「…7月の終わり頃だった。星川センセのところで、撮影の仕事があって、スタジオで川島君とも顔を合わせて…

そのときはじめて、さつきがいない所で会ったの」

「え? どういう意味?」

「あたしから誘ったの。仕事のあとで、『お茶しない?』って」

「みっこから…」

「ええ。それから、ときどき電話するようになって、仕事のあとにふたりで食事に行ったり、川島君の写真のモデルをしたり…

スタジオでの経験で得た技術やインスピレーションを、実際に試してみたくて、川島君はモデルになってくれる人を探してた。

それで、あたしが引き受けたの」

「その頃からみっこ、川島君のモデルを…」

「ええ。最初は仕事が終わったあとのスタジオで、モデルをしたわ。

それから何回かやったけど、前にも言ったように、川島君はいつでも、どんな撮影でも、『紳士』だった」

『どんな撮影』というのに、みっこは含みをもたせた。

「…そんなに何回も、モデルやってたの?」

「ええ」

「みっこはプロモデルなのに、川島君にはタダで撮らせてたの?」

「『なにかお礼をさせてくれ』って、川島君は言ったけど、あたし、『じゃあ、ディズニーランドに連れてって』って頼んだの。あくまでモデルは、あたしの好意でやったことだったから、お金なんかもらいたくなかった」

「…川島君とみっこがディズニーランドに行ったのは、わたし、気がついてた」

「えっ? どうして?」

「みっこ、わたしの誕生日プレゼントに、ミッキーマウスの時計くれたじゃない」

「ええ。でも…」

「川島君もミッキーの万年筆をくれたのよ」

「そうなの?」

「それで、『もしかして、いっしょにディズニーランドに行ったんじゃないか?』って、ピンときたの」

わたしがそう言うと、みっこは観念したように瞳を閉じた。

「…そう。やっぱりあたしの『モデル料』は、高くついたってことね」

「因果応報?」

「そうなのかもしれない。だけど、特に相談してたわけじゃないのよ。

お互いがそれぞれ、さつきへのバースディプレゼントを買ってたってことなのね。なんだか皮肉」

「みっこも川島君も、ふたりが東京で会ってるなんてこと、ずっと黙ってた」

「…本当にごめんなさい」

「どうして言ってくれなかったの?」

「ただ… 言いづらかっただけ。

それは、別に深い意味があったわけじゃなくて… 

あたしが『川島君のことが好き』だって、さつきに知れたら、ふたりの友情にヒビが入っちゃうかもって負い目を感じてて。

だけど、さつきの言うように、そんな、嘘で塗り固めた友情って、にせものよね」

「…」

「だけど、これだけは本物よ。

あたしが川島君と会っていたのは、本当に、あくまで、『友だちとして』だったのよ」

「…でも。川島君のコーポに行ったとき、しばらく片付けで、部屋に入れてくれなかった。

もしかして、みっこの着替えとか歯ブラシとか、そんなものを隠してたんじゃないかって、勘ぐって」

「それはないけど… もしかしたら、あたしの写真とかを仕舞ってたのかもしれない」

「写真?」

「ん。人には見せにくいものも撮ってたから」

「…」

「それでも、あたしと川島君は、一線を越えたことなんてなかった」

「そうなの?」

「本当よ。それだけは信じてちょうだい。あたしはあなたを差し置いてまで、川島君とつきあいたいなんて思ってなかったし、あなたたちをつらい目にあわせるつもりなんて、本当に全然なかったの」

「…」

「あたし、男女間の友情って、あるんだと思う。

川島君とは話しをしていて楽しかったし、いろいろ共感もできた。

写真のことでも相性はよかったし、彼の撮る写真も好きだった。

確かにそうやって、川島君のことは好きだったけど、でも、独占欲なんてなかった」

「独占欲がない?」

「恋って、相手を独り占めしたいって感情でしょ?

だから、それがないってことは、『川島君に恋してる』ってのはあたしのただの錯覚で、川島君への気持ちはきっと、『親友』としての感情だったのよ。今振り返ると、そうとしか思えないの」

「そんな…」

「『適当な言い訳して』って、さつきは思うかもしれない。 だけど、そう考えないと、あたしは自分の気持ちに区切りをつけられないの」

「…」

「確かにあたし、いい子ぶってるかもしれない。

嘘つきかもしれない。

『独占欲がない』なんて言っておいて、川島君に会えないと辛いなんて、矛盾してる。

そうやってあの頃のあたしは、いろんな矛盾と葛藤でいっぱいだった。

親友の彼氏に横恋慕するなんて、最後はどうなるか、わかり切ってる。

いつかそんな、終わりの日が来るかもしれないって思ってて、あたしはいつも、怯えてた。

そしてやっぱり、天罰が下ったわ。

あの事件は、あなたに嘘をつき、騙してまで川島君への想いを隠し続けた、あたしへの罰だったのかもしれない」

「そんな。罰だなんて…」

「ううん。そう思っていた方が、逆に気が楽なの。だけど、そのとばっちりで、あなたたちが別れることになっちゃったのが、あたしはいちばん辛い。

そのことで、あなたからどんなひどいこと言われても、仕方ないって思ってる。だから、どんなことをしてでも、あなたには償いたいの」

「償う?」

みっこがなにをしたいのか、わからない。わたしはみっこの瞳を、いぶかしげに覗き込んだ。

彼女はまばたきもしないまま、わたしの瞳をまっすぐ見つめて、そして訊いた。


「さつきは今でも、川島君のこと、好きなんでしょう?」


つづく

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