Lucky Lips 2

わたし、素直じゃない。

彼女の微笑む顔を見れて、嬉しかったのに。

そんな気持ちとはうらはらに、わたしは渋い顔を作っている。

そうしながら、わたしはニッコリと微笑みを浮かべたみっこの綺麗な顔を、こっそりと見た。

あの、文化祭の夜にできた頬の傷は、もうわからなくなっている。

いつもと変わらない…

ううん。

それ以上にチャーミングな笑顔。


どうして?


あれだけのことがあったというのに、さらに輝きを増したような素敵な笑顔で、どうして森田美湖は微笑むことができるんだろう?


わたしは爽やかに微笑む、みっこの口元を見た。

冴えたロゼカラーの口紅が、とっても印象的。


あ…


そう思ったのは二回目。

最初はもう、一年以上も前。

はじめてふたりで海に行ったときだった。

なんでそんなこと、憶い出しちゃったんだろう?

もう、すっかり忘れていたことなのに。

今の彼女の微笑みが、わたしたちが出会った頃のように、作られたようなよそいきの美しさだから?


「さつき。かけない?」

彼女はわたしにベンチを勧めると、自分から先に座る。わたしも黙って、みっこのとなりに腰を降ろした。


そのまましばらく、わたしたちはなにも話さなかった。

みっこはただ、ひざの上に手を置いたまま、少し伏せ目気味にして黙っていた。

わたしもなにも言わないまま、目の前を通り過ぎる旅行者たちを、ぼんやりと眺めていた。

吹き抜けになっている空港の高い窓からは、12月の明るい日射しが差し込んできて、ロビーの所々に、真っ白な陽だまりを作っている。

そこを横切る人たちは、一瞬、光のシルエットになって、白く透きとおっていく。


「…あたしね」

長い沈黙のあと、ようやくみっこが口を開いた。


「東京に、帰ることにしたの」


ひとことそう言うと、みっこはまた、ひざの上で両手を組み、首を少しかしげて彼方かなたを見つめ、まるでなにかを思い出しているような、遠い目をした。


「…そう」

無関心を装ったような返事をしたけど、わたしは動揺した。


みっこがいなくなる?

どうして?

わたしのせい?


いろんなことを訊いてみたかったけど、昨日と同じように唇が凍りつき、わたしはなにも言葉を発することができない。


みっこと最後に電話で話した日。

あの日の記憶が、いつまでもわたしを縛っていた。


あれだけみっこのことをののしって、絶交宣言までしておいて、自分から口をきくのは、なんだかみっともないし、恥ずかしい。

みっこに別れを告げたのは、わたしの方。


『みっこみたいにワガママで嘘つきで、親友の彼氏でも狙うような女。友だちなんかできないわよ!』

って、引導を渡したのは、わたし。

そんなつまらない、とるに足らないプライドと見栄に、わたしはがんじがらめにされていた。


そんなわたしに構わず、みっこは話を続けた。

「大学にはもう、退学届を出したの。だから今のあたし、もう、さつきと同じ、西蘭女子大生じゃなくなっちゃった」

「…」

「仕事も順調になってきたし、向こうのアクターズスクールに入って、本格的に演劇の勉強もはじめたし、これからはモデルとして、そして女優として、バリバリ頑張っていくつもり」

「…よかったじゃない」

「ありがとう」

「…」

「さつきにはこの2年近く、本当によくしてもらった。あたし、心からお礼を言いたかったの」

「別に… そんなの、いいけど…」

「あたし、今でもときどき、思い出すの」

「…なにを?」

「去年の春。あなたとはじめて会った日のことを」

「…」

「入学式のときも、そのあと、学科に分かれてのオリエンテーションのときも、あなたはわたしのとなりで、熱心に教授たちの話を聞いていた。

これといった目的もないまま入学してきて、なんとなくそこにいるだけの他の女の子たちと違って、あなたは生き生きと、輝いた目をしていた。

そんなあなたを見て、あたし、

『この人はきっと、ほんとにやりたいことがあって、この学校に来てるんだろな』

って感じて、とっても羨ましかったの」

「…」

「ふつうの新入生なら、期待と不安の入り交じった気持ちで、新生活を迎えるんだろうけど、あの頃のあたしには絶望しかなくて、大学生活も乾燥した、全然無意味な日々の繰り返しになるとしか、思えなかった」

「…」

「そんなあたしを救ってくれたのが、あなただったの」

「…」


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る