12月のダイアリー 11

11月30日(土)曇り時々雪


今日で11月も終わる。

どうやら寒波がきているらしく、とっても寒い一日だった。

窓の外にはチラチラと、雪が舞っている。

初雪だ。


いろいろあった11月。

本当に辛くて、心が寒い一ヶ月だった。


夜、久し振りに絵里香さんから電話があった。

沢水絵里香さんは、『志摩みさと』というペンネームで、小説や詩を書いている人で、川島君が主催している同人誌で知り合ったんだけど、時々こうして電話がかかってきたり、いっしょにお茶会したりして、小説や文学の話だけじゃなく、お互いの学校とか恋愛とか、プライベートな話も割としている。


そういえば同人誌も、10月はじめに薄いコピー本を出したっきりで、最近は活動してない。

どうやら絵里香さんたちも、卒業制作や就職活動なんかで忙しく、同人誌までは手が回らないらしい。


『最近、川島君の様子がおかしいけど、あなたたちどうなってるの?』

って、絵里香さんが訊いてきた。

わたしは素直に、川島君と別れたことを話したけど、絵里香さんは残念そうにしていた。

彼女を通じて、川島君の近況を訊くことはできるだろうけど、わたしは敢えて、それをしなかった。

というか、するのが怖かった。


『川島君に新しい彼女ができたみたい』


なんて、耳にするのがいたたまれない。

そして、その『彼女』が森田美湖だったりしたら、わたしは気が狂うかもしれない。

絵里香さんも、そんなわたしの気持ちを察してくれているみたいで、川島君のことはそれ以上話さず、小説や作品の話だけして、電話を切った。


だけど、電話をしてるときも、切ったあとも、なんだか胸の奥にものがつかえているみたいに苦しくて、しかたなかった。

本当は知りたい。

川島君の様子が、どう、『おかしい』のか?

川島君は今、どうしているのか?

みっことは今、どうなっているのか?

だけど、怖くて訊けない。


…わたし、ちっとも成長してないな。

『真実を知るのが怖い』って言って、絵里香さんの言葉に耳を塞ぐなんて。


『ターニングポイント』を迎えても、わたしは現実に立ち向かおうとはせず、言い訳ばかり並べて真実に背を向けて、逃げてばっかりだった。

ディズニーランドのことも、みっこの好きな人のことも、『真実を知るのが怖い』って言って、敢えて触れないようにし、そのツケはどんどん膨らんでいった。

そして最後は『もういい』って言って、思考停止。


そうやって、何回もおんなじ過ちの繰り返し。

この、過ちの螺旋階段を、どこかで断ち切らなきゃ、わたしはずっと、失恋からなにも得ることができないでいるわよね。






12月1日(日)雪


昨日から降りだした初雪は、とぎれとぎれに今日も降り続いている。

わたしは漠然と、9月のあの海での、川島君との約束を思い出した。


『12月になって、雪が降ったら、また今日みたいに海を見て、このホテルに来て、暖めあいたいな』


って、約束を。

海に降る雪が見たくて、わたしはそんなわがままを言ってみたんだけど、本当は約束で、川島君を縛りたかっただけ。

窓の外にチラチラと舞い降りる雪を見ながら、わたしはふと思い立ち、鉄道とバスを乗り継いで、9月に川島君と行った海に、ひとりで出かけた。


もしかして…


川島君はあのときの約束を覚えていて、あの海でずっと、わたしのことを待ってくれてるかもしれない。

去年の文化祭のときだって、お別れの電話をかけていたにもかかわらず、川島君は約束通り文化祭に来てくれて、一日中わたしのことを捜してくれた。

そんなやさしさ、情熱が、今でも少しは川島君の心に、残っているかもしれない。

もしそうなら、わたしと川島君は、今日からでもやり直せるかもしれない。

そんな淡い期待を胸に秘めながら、わたしは海に向かった。



海には、だれもいなかった。


ただ、わたしの心を映すように、水平線の向こうに鉛色に低く垂れこめた雲が、あの日、わたしたちの見た海を覆っている。


海に雪が降っているところなんて、少しも綺麗じゃなかった。


せっかく、長い時間をかけて地上にまで降りてきた雪は、ただ、波に呑まれて、溶けていくだけ。

そんな惨めな結末も知らないで、雪は降り続ける。

地上に降れば形をとどめ、積もることもできるだろうに、ほんのちょっとの運命の違いで、海に降る雪はただ、はかなく虚しく、溶けてなくなるだけ。

なんでわたし、こんな景色が好きになりそうだなんて言ったんだろう。

ばかみたい!



それでもわたしは日が暮れるまで、この寒い海の前に、佇んでいた。

ありえない運命の再会を、期待していたから?

それがわたしの、一縷いちるの望みだったから?

なんだか、惨め。


つづく

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