しあわせの作り方 6

「これから、みっこは藤村さんと、どうするつもり?」

「前にも言ったわ。『見込みはない』って」

「みっこはそれでいいの?」

「よくはないけど…」

「じゃあ、奪っちゃえば? 『恋と戦争は手段を選ばない』なんていうじゃない」

「相手のひとの気持ちを考えると、そんなこと、できない」

「どうしてそんなに、いい子ぶるの?」

「そんな… いい子ぶってるわけじゃないわ」

「だったら、そんな八方塞がりの恋なんて、もうやめちゃえばいいのに。不毛じゃない」

「不毛だなんて… ひどい!」

「素直な感想言っただけよ。男なんていくらでもいるんだから、さっさと新しい恋探せばいいのよ。みっこなら簡単じゃない」


その言葉で火がついたのか、みっこは口をとがらせて声を上げた。

「そんな簡単に言わないでよ。そうできるんだったら、あたしだってそうしたいわよ!」

感情をたかぶらせ、切羽詰まった顔で、彼女は一気に話しはじめた。


「そうしたいわよ! でもダメ。理性とはうらはらに、彼のこと、どんどん好きになっちゃって。

手に入れられない人だって… 入れちゃいけない人だって思うと、逆に想いが募ってきて、苦しいのよ。

会う度に、伝えたくなるこの気持ちを呑み込んで、胸がつかえて苦しくて、泣き出してしまいそうになるのを必死に抑えて、ふつうに接しているしかないのよ。

いっしょにどこかに行っても、いっしょになにかをしていても、ずっと相手のひとの影を、あの人のとなりにどうしても見ちゃって、申し訳ない気持ちと、罪悪感でいっぱいになって、何度も『もう会うまい』って心に決めるんだけど、それでも会えない苦しさの方が辛くて、他のなにでもその気持ちは埋められないのよ。

どうしようもないの。

どうしようもないのよ!」


溜まりに溜まった心のつかえを一気に出し終えると、みっこはその場にしゃがみ込み、ひざに顔を埋めて肩を震わせた。


「…」

わたしは黙ったまま、しゃがみこんでいるみっこの側に、立っていた。

なにも言えなかった。


『みっこは川島君のことが好き』

だなんて、疑っていた自分が、情けない。

みっこはこんなにも辛い気持ちでいたのに、自分のことしか考えられなかったわたしが、恥ずかしい。


「…ごめん」

そう言って、わたしはみっこのとなりにしゃがみ込む。

彼女の肩におそるおそる、指を触れる。

かすかに震える、細い肩。

彼女はなにも言わず、ただ、両腕を抱えて、顔を伏せたままだった。

そんなみっこを、わたしもただ、黙って見ているしかなかった。


そう…

まるで、去年のみっこの誕生日に、『Moulin Rouge』のドレッシングルームで泣いていたみっこを、なにもできずに見守っていたときのように。

それは、わたしには入ることのできない、みっこだけの心のテリトリー。




 いったいどのくらい、そうしていただろう?


「…ごめん。さつき」

かすかな嗚咽おえつのあと、ため息のように、みっこはつぶやいた。

「わたしの方こそ… なにも知らないでひどいことばかり言って。ごめん」

「…」

わたしの言葉が聞こえているのかいないのか、みっこはバッグからハンカチを取り出すと、わたしに背を向けて、黙って目頭に押し当てた。

「見ないでさつき。あたし、ひどい顔してる」

「いいよ、泣いたって」

「恥ずかしい」

みっこはすっくと立ち上がると、顔を背けたまま言った。

「あたし、もう、帰るね。今日はわざわざありがとう。じゃあ、おやすみ」

そう言い残すと、みっこは足早に歩きはじめた。


え?

なに、この中途半端な終わり方。

こんなんじゃ、すっきりしない。

いてもたってもいられない気持ちで、わたしは彼女の背中に、思わず声をかけた。


「みっこ! あなたにあげたいものがあるの」


わたしの言葉に反応し、みっこは何歩か歩いたあと、背中を向けたまま立ち止まった。

「ちょっと待ってて。すぐに家から持って来るから」

後ろ姿の彼女の頭が、かすかに下がる。

うなずいた、のよね?


「ここで待っててね。すぐ戻って来るから。どこにも行かないでね! 絶対よ!」

このままじゃ、みっこはわたしの前から消えていなくなってしまいそう。

やっぱりわたしは、みっこが好き。

なにもしないまま彼女と離れてしまうのは、いや。

重ねて念を押して、わたしは公園を駆け出た。



 わたしは走った。


みっこと川島君のこと。

藤村さんへのみっこの想い。

わたしの誤解。


モルディブから帰ってきて以来、わたしのなかで渦を巻いていたいろんな想いが、今夜のみっこの告白で、いっしょくたになって、混ざりあい、心を揺さぶる。

そんな濁った感情を振り払うかのように、わたしは夜の住宅街をひたすら走っていった。


『みっこにあげたいもの』なんて、別にそんなものはなかった。

ただ、彼女になにかしてあげたくて。

みっこを元気づけてあげたくて、咄嗟とっさに口に出た言葉だった。


 家に駆け込むと、わたしは反射的に冷蔵庫を開け、できあがったばかりのケーキを透明なケーキケースに入れ、それをトートバッグに詰めると再び家を飛び出し、できるだけ揺らさないように、でもできるだけ早く、みっこの待つ公園に戻った。


つづく

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