vol.17 しあわせの作り方
しあわせの作り方 1
ケーキづくりで大事なのは、手際と材料のよさ。
クッキングスケールに薄力粉を、レシピどおりの分量になるまで乗せていく。
直径12cmのスポンジケーキに使う薄力粉は、60gくらい。
バターやグラニュー糖も量っていくけど、レシピに書いてある分量のグラニュー糖をスケールに盛ると、あまりの多さに気が引けてしまう。
やっぱりケーキって、砂糖でできてるんだな~と実感。
なので、レシピよりほんのちょっぴり砂糖を減らして、ささやかな抵抗をしてみたり。
別立てと共立てなら、わたしは別立て派かな。
理由は、ふんわり軽く仕上がるから。
共立ても嫌いじゃないけど、天使の羽みたいな、ふんわりと軽いスポンジが、わたしは好き。
卵白と卵黄を別々に泡立て、それを同じボールに移し、さくさくと手早くかき混ぜながら、バニラエッセンスを数滴たらし、粉をふるった薄力粉と混ぜ合わせていく。
途中、ヘラで混ぜながら指で生地をすくって、ちょっと味見。
はしたないけど、お菓子を作っていると、つい、やっちゃうのよね。
できあがった生地を型に流し込み、熱したオーブンレンジに入れて時間をセット。
あとは綺麗に膨らむのを祈りつつ、焼き上がりを待つだけ。
真っ赤な灼熱の光に照らされて、じわじわとふくれあがっていくスポンジを、わたしはオーブンレンジの前に座りこみ、頬杖つきながらじっと眺めていた。
こうやって、ケーキができあがっていくのを、ぼお~っと見てるのは好き。
遠くで電話のベルの音がする。
それに出る気もなく、わたしはずっとオーブンレンジを覗き込んでいた。
赤く熱された空気が頬に当たり、顔が火照る。
「さつき~。電話よ~」
『エリーゼのために』の保留音が聞こえて、玄関先からお姉ちゃんが、わたしを呼んだ。
「ごめ~ん。今、手が離せないの~」
オーブンレンジを見つめたまま、答える。
パタパタとスリッパの音が近づき、キッチンにお姉ちゃんが顔を出し、
「どうしたのさつき? 森田さんからの電話よ。さっきは川島君からもかかってきたのに、どうして出ないの?」
「うん… 別に」
「『別に』じゃないでしょ。あんたたち、ケンカでもしてるの?」
「そういうわけじゃないけど… 『あとでかける』って言って。今忙しいの」
「なんなの? 朝からいきなりケーキなんて作りはじめて。なにかの記念日かパーティ?」
「そういうわけじゃないけど…」
「…っとにもう、さつき、おかしいわよ」
ぶつぶつ言いながら、お姉ちゃんは戻っていった。わたしはひとり、じっとオーブンレンジを見つめたまま、昨日、地下街から川島君にかけた電話のことに、想いを巡らせた。
『行ったよ』
「長崎に… 行った? …みっこと」
そう訊いたわたしに、少し沈黙したあと、川島祐二はひとこと、そう答えた。
その言葉を聞いて、これまでグルグルと不確定なまま、心のなかで渦巻いていたいろんな疑問や妄想が、ピタリと動きを止めて、ひとつの形に固まっていくような気がして、怒りや悲しみの前に、一瞬、ほっとした安堵感を覚えた。
だけど、そのすぐあとに、『なぜ』『どうして』という想いが、とめどなく押し寄せてきて、なにも話すことができず、受話器を握りしめたまま、わたしは電話ボックスのなかに立ちすくんでいた。
川島君は、そんなわたしの状況を知ってか知らずか、言い訳するように話しはじめた。
「今、卒業展用の写真を撮っているんだけど、みっこにそのモデルをお願いして、長崎まで行ったんだよ。でも時間がなくて、みっこは本業で忙しくて、スケジュールが合う日も限られてて、急に日程が決まって、さつきちゃんに声かけられなかったんだ。ごめん。悪いと思ってるよ」
「…どうして」
「え?」
「どうして言ってくれなかったの?」
「だから、日程が急に決まって」
「電話一本かけてくれればすむことじゃない? それともなにか、わたしに言えないことでも、してるの?」
「そんなことないよ」
「川島君。みっことつきあってるの?」
「え? なに言ってるんだ。そんなはずないじゃないか」
「みっこのこと、好きなの?」
「そりゃ… 好きだけど。それは友だちやモデルとしてで、別に恋愛感情はないよ」
「嘘」
「嘘じゃない。みっこには純粋に、ぼくの作品づくりのために、協力してもらってるんだ。だから、『好き』とか『つきあってる』とか、そんな風に受け取ってほしくないんだよ」
「…」
「昔、恵美ちゃんにモデルやってもらってたの、覚えてる?
恵美ちゃんもいいモデルだったけど、恋愛関係でもめて、酷い別れ方してしまったから、ぼくはその二の舞はしたくないんだ」
「…」
「その点、みっこは一流のプロモデルで、ぼくなんかが撮らせてもらえるのは、奇跡みたいにありがたいことだよ。
彼女はカメラマンとの関わり方も心得ているし、さつきちゃんの親友だし、ぼくとさつきちゃんがつきあってるのを当然知ってるから、恵美ちゃんみたいに、恋愛絡みでゴタゴタしたりしないよ。
彼女とは、『モデルとカメラマン』として、きっちりやっていけるはずだよ」
「…」
「さつきちゃん?」
「…」
「聞いてる?」
「………わかった」
「え?」
「もういい」
「もういいって?」
「じゃあ。おやすみなさい」
「あ… ああ。ほんとにいいの?」
「うん」
「ほんとに納得してくれた?」
「ええ。おやすみなさい」
「ああ… おやすみ」
つづく
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