Double Game 3

「よしっ。こんなもんかな。ちょっと回ってみて」

仮縫いしていたレースの糸をハサミで切ると、小池さんはポンとみっこの背中をたたく。

みっこはクルリと回った。

シーチングの生成りのトワルは重くて、のっそりと広がるだけだった。

「うん。いいわよ。じゃあ、待ち針が刺さってるから、怪我しないように脱いでね」

小池さんは注意深くドレスを脱ぐみっこを手伝い、補正と仮縫いの終わったトワルのドレスを、トルソーに着せた。


そこまでやって『ふぅ』とため息つき、小池さんはわたしの持ってきたクッキーをつまみながら、ようやく緊張から解き放たれたようなゆったりした表情で、みっこに言った。

「お疲れさま。今日はだいぶはかどったわね」

「お疲れさまでした。小池さんはこのあと裁断に入るんでしょ」

「まあね。今日も午前様かなぁ」

「大変ですけど、頑張って下さい」

「そう言えばみっこちゃんも、この衣装合わせのあと、夜はアリーナでリハでしょ? ステージの方も大変そうね」

「そんなことないですよ。楽しいです」

「それにしても今回のショーは、面倒な演出考えたわね~。そりゃ、派手でいいでしょうけど。モデルさんや裏方さんの負担も考えてほしかったわね。みっこちゃん、もうダンスの振りは覚えた?」

「バッチリですよ。期待してて下さい」

「さすがね~。みっこちゃんって、小さい頃からバレエやってたんでしょ」

「でも今回のダンスは、バレエとは全然違うんですよ。手の振りとかが独特で、最初はちょっと戸惑いました。なんでも元は、ゲイのダンスなんですって」

「ゲイか~。そりゃ本番が楽しみね。わたしたちは衣装製作で修羅場ってるから、リハは見に行けないけど、頑張ってね」

そう言って小池さんは、自分の服に着替え終えたみっこに、ニコリと微笑んだ。




「もうすぐ文化祭かぁ」

衣装合わせが終わり、アリーナでのリハーサルまでは少し時間があったので、わたしとみっこはいつものカフェテリアで、暇をつぶしていた。

みっこは『午後の紅茶』を飲みながら、テーブルに肘をついて、窓の外の紅葉を眺め、感慨深げに言った。

「あれから一年、か…」

「去年、みっこが小池さんのモデル、頑固に断ってから、一年よね」

「…あの頃はあたし『絶対モデルなんかやらない!』って、意地になってたから」

「去年の秋は、ほんとにいろんなことがあったわね~」

「そうね。あたしにも… さつきにも」

「うん…」

「さつきは去年の今頃、『川島君とはもう会わない』って大騒ぎしてたわね」

「ううっ。それを言わないでよ。恥ずかしいじゃない」

「ふふ。まあ、いいじゃない。今はこうして、川島君とラブラブなんだから」

「ラブラブ、かぁ…」

「なにか、不満でもあるの?」

わたしがため息つくのを見て、みっこは訝しげに訊く。

「う、ううん。別に…」

「そう。ならいいけど…」

「でも、最近は川島君、卒業制作とかで忙しくて、あまり会えてないの」

「そうなの?」

「うん」

「川島君、もうすぐ卒業だしね。いろいろ忙しいんでしょうね」

「…みたい」

「これからみんな、どうなるのかなぁ…」

みっこはちょっと憂いのある表情で、窓の外の夕暮れを見ながら、ひとりごとのようにつぶやいた。

「そう言えば、最近はみっこもすっかり忙しくなっちゃって、学校休むことも多くなったね」

「そうね」

「モデルの仕事と掛け持ちって、大変でしょ?」

「そうなのよ。週に二日くらいは東京に戻ってるし、向こうのアクターズスクールにも通っているし、忙しくって、目が回りそうよ」

「でも、ちゃんと学校には来ないと、卒業できないわよ」

「…ん。そうね」

そう言ってうなずいたみっこは、『午後の紅茶』をコクンと一口飲み、なにかの想いにふけるかのように、しばらく黙った。

「実は… そのことであたし、考えてることがあるの」

「なにを?」

「…まだ、話せる段階じゃないけど…」

「いいじゃない。言ってよ」

わたしの言葉に目を伏せながら、みっこは迷うようにつぶやく。

「そう… もう少し自分で考えて、相談したいし… ショーが終わるまでは慌ただしいし、そんなに急ぐことでもないから、文化祭が終わって、ゆっくりしたときに話すね。他にもいろいろ、話したいこと… ううん。話しておかなきゃいけないこともあるし…」

「…話しておかなきゃいけないこと?」

「…ええ」

みっこはそう答えて、視線を窓の外に移す。

釣られてわたしも、外の景色を見ながら考えた。

みっこの『話しておかなきゃいけないこと』って、なんだろ?


窓の外のキャンパスには、色とりどりに着飾った女子大生たちが、行き交っている。

その中で、数人の女の子が黄金こがね色の銀杏の樹の下に立って、なにごとかささやきながら、チラチラとこちらを見ている。

そう言えば最近、そういう女の子が増えたな。


モルディブで撮った、森田美湖のアルディア化粧品サマーキャンペーンCMが、ちまたで注目を浴び、彼女の出演してるコマーシャルや広告が、ブラウン管や街角、雑誌のページを華やかに飾るようになってくると、学校のみんなのみっこに対する反応も、微妙に変わってきた。

学校に来る雑誌のインタビュアーやカメラマンを見ながら、女の子たちはみっこのことを、遠くから指さして噂話をし、なかにはサインを求めにやってくる子もいる。

いっしょに講義を受けている女の子たちにも、みっこがモデルをやってることは、すっかり知れ渡ってしまい、今まで気安く話しかけてきていた子が、近寄り難そうに遠巻きにしていたり、話したこともなかった子が、やけに馴れ馴れしく近寄ってきたりと、みっこのまわりもなんだかギクシャクしてきた感じ。


つづく

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