Double Game 2

 10月も下旬になって、いよいよ文化祭が近づいてくると、ショーの準備は忙しさを増してきた。


「今度のショーは、オープニングに凝ったものだから、人手が足りなくて、さつきに『フィッター』を頼みたいんだけど、どうかな?」

「フィッター?」

「ショーの間の衣装の整理や、着る手伝いをしてくれる人のことよ」

「うん。いいわよ。わたし、やってみたい」

というみっこの依頼で、わたしも今回のファションショーには『フィッター』として、裏方で参加することになった。


 放課後の広い被服科教室には、大勢の学生がいて、賑やかだった。

テーブルや床にはデザイン画や布地、ボタンやレースの端切れなんかが散乱していて、足の踏み場もなく、ファッションショー前の追い込みの慌ただしさを、物語っている。

みんなそれぞれ、トルソーに衣装を飾りつけたり、一心不乱にビーズの刺繍ししゅうをしていたり、ミシンでドレスを縫ったりしている。

文化祭まで時間がないせいか、みんな必死の形相で衣装製作に取り組んでいて、教室全体がピリピリした空気に包まれていた。


 文化祭のフッションショーは、去年と同じように、数人でチームを組んで、それぞれが決めたコンセプトに合わせて、数着の服を作っているという話だった。

小池さんのチーム『Misty Pink』は、デザインとパターンを彼女がやって、それをアシストする形で、縫い子さんが4人ほどついている。

出展する服のコンセプトやデザインを、メンバーみんなで決めている他のチームと違って、『Misty Pink』は小池さんのほぼワンマンチーム。

さすが学園のファッションコンクールでグランプリをとって、『毎日ファッション・コンクール』にも入賞しているカリスマデザイナーだけあって、それでも『小池さんのチームに入りたい』という学生は多く、縫い子さんのレベルは高かった。

『フィッター』とはいっても、それはショー本番のときの裏方で、服を作る技術なんてもちろんないから、製作の手伝いはできない。

だけど、服ができる過程には興味があったから、こうやって時々、みんなの邪魔にならないように、差し入れのお菓子を持ってきたり、ちょっとした雑用係をさせてもらっている。


 小池さんは、みっこに白い生地でできたドレスを着せて、服のディテールやシルエットをチェックしている。

時々、ひとりごとをつぶやきながら、待ち針や安全ピンを打っていく。それはとっても真剣な眼差しで、緊張感が漂っている姿。そのとなりでは縫い子さんに選ばれたミキちゃんが、小池さんの手伝いをしていた。


「小池さん、このドレス、まだトワルじゃないですか? 本番までもう二週間もないけど、間に合うんですか?」

みっこは小池さんに言われるまま、腕を広げたり、首をかしげたりしながら訊いた。わたしはデザイン画を見ながら、みっこに訊いた。

「トワルって?」

「デザインやサイズを調整するための、仮縫いの衣装のことよ。型紙ができたからって、いきなり本番用の布を裁断するわけじゃないのよ」

そんなトワルでできた仮縫いのドレスの袖に、レースを軽く縫いつけながら、小池さんは自信ありげに言う。

「大丈夫。これで最後のドレスだし、いざとなったら徹夜でも何でもして、絶対間に合わせるから。残りのドレスはほとんど完成してるしね」

「でも、小池さん、すごいです。今回8着も出品するなんて」

「みっこちゃんがモデルだと、いろいろイメージが湧いてきちゃってね。欲張りすぎかなと思ったけど、構成上どれも削れないし。それにアシストさんたちがみんな優秀で、仕事が速いから、なんとかなりそうよ」

そう言いながら小池さんは、となりで作業をしているミキちゃんに、微笑みかけた。

「わたし、尊敬する小池さんのアシスタントになれて、ほんとにラッキーです。こうやって小池さんのお仕事を手伝っていると、いろいろ勉強になることばかりなんです」

ミキちゃんは頬を上気させて嬉しそうに言い、小池さんのレースの取りつけ位置を見ながら、反対の袖に仮縫いしていく。


「みっこちゃんのボディラインって、ほんとに無駄がなくて、綺麗よね」

小池さんはみっこのトルソーをチェックしながら、ホレボレするように言う。みっこはちょっとはにかんだ。

「ありがとうございます。胸にもムダがないでしょ」

「あははは。わたしはこのくらいの大きさがいちばん好きだけどね。デカ過ぎる胸じゃ、わたしのデザインするようなスレンダーで可愛い系の服には、似合わないのよね」

「小池さんの服は、可愛さの中にも大人のフェミニンが漂ってて、ただの子供っぽいピンクじゃない、ミステリアスさがいいですよね」

「ありがと。今年のテーマは、『Misty Pink』にゴシックなイメージを加えて、中世っぽくしてみたのよ」

「そんな感じですね。レースとかフリルの使い方がとってもゴージャスで、お姫さまみたいで素敵です」

「ふふ。去年のネタをちょっと持ち越したんだけどね」

「去年は、すみませんでした」

「あ。いいのよ、もう。みっこちゃんは去年、モデル休業してたんでしょ? どうしてなの?」

小池さんは作業をしながら、さりげなく質問したけど、はたでそれを聞いていたわたしは、ちょっとドキリとした。みっこはなんて答えるんだろ?

しかし彼女は、口のはしに笑みを浮かべながら、あっさりとした口調で答えた。

「去年は失恋中で、『もうモデルなんてやらない』って、ふてくされてたんですよ」

「へぇ~? みっこちゃんでも、失恋なんてするんだ」

「ええ。あたしって、わがままで扱いにくい性格だから、モテないんですよね~」

「今、彼氏いないの?」

「募集中です。だれかいい人、いませんか?」

「あはは。わたしと同じね。まあ独り身同士、仲良くやりましょ!」


小池さんはみっこの恋話を聞いて、愉快そうに笑った。

そうやって、さらりと言えるみっこを見ていると、なんだか安心してしまう。

去年はあんなに引きずっていた、藍沢氏への恋も、みっこにはもう『思い出』になってしまったんだろうな。


つづく

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